第45話
ロゼットの実家に初訪問した翌週。
シャルロットたちは大通りの交差点の一角にそびえる建物の前に来ていた。
「ここが妖精新聞の本社ですか」
首が痛くなりそうなほど見上げながら、シャルロットが呟く。
「そうそう。ソフィ・ヴァリー商会のお向かいにあるんだよね」
「さすがは一等地。一流のお店や会社しか建てられないもんね」
ジャネットとエミリーが頷く。ゴシップ新聞の会社は果たして一流なのか。と思ったが、世界中に支社があり、各国の情報を握っているのだからそうなのだろう。
だって精霊と言う見えない諜報員が飛び交っているのだ。どんな秘密も駄々洩れである。それを使って世界を掌握しようという動きがないあたり、ラシガムが他国にどれほど興味を持っていないかが窺える。
そんな彼らが動いた。シャルロットと言う半人前の魔法使いが、生まれ故郷を飛び出したというだけで。
しかもインタビューには、妖精新聞の社員を束ねる社長自らが出てくるのだ。
「時間です。行きましょう」
エリックに促され、シャルロットは建物に入る。
(どんな人たちだろう……)
「おまたせしました。今日はよろしくお願いしますね」
そう言って現れたのは、四十代ほどの女性だった。
大人数で来てしまったシャルロットたちは、普段会議などで使われているらしい広い部屋に通された。
お茶が順番に出されている間に自己紹介が行われる。
「私は妖精新聞社の社長、ノエルと申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
「シャルロット・ド・アルヴァリンドと申します。こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
一通りの挨拶を済ませてから、社長――ノエルは話題を切り替えた。
「今日はシャルロットさんへのインタビューをメインにしております。皆様へのご質問や追加情報の提供は、その都度行われます。シャルロットさんは、憲兵にした話をもう一度、より詳しく語っていただくことになります」
「知っているのですか? 私が憲兵さんに話したこと」
「仲のいい人が憲兵にいるんです。……あ、これ秘密でお願いしますね?」
ノエルがエリックに向けてウィンクする。エリックは肩をすくめるだけだった。
「あ、あの、インタビューの前に、一つだけ質問をいいですか?」
「どうぞ」
「なぜ、私や侯爵家のことを取り上げるのですか? たしかに父は宰相ですが、こちらにしてみれば他国の一貴族にすぎません。どのような利益があるのですか?」
シャルロットの問いに、ノエルは微笑んだ。
「簡単なことです。あなたが魔法使いだからですよ」
「……半人前、ではありますが」
「それでもです。ラシガムはすべての良き魔法使いの故郷。そして、すべての良き魔法使いの幸せのために動く国です。……シャルロットさん、あなたはどうやって王都を出て、こちらへ来られたか覚えておいでですか?」
「はい。隠蔽魔法で姿も気配も消して、風魔法で王都を出ました」
「では、ラシガムの書に書いてある、『危機を覚えた際はラシガムへ逃げるように』との一文は読まれましたね?」
「はい。最終的な目的地はこちらにしようと考えておりました。私が思っていたより、ずっと早く来ることになりましたが」
「十分です」
ノエルは頷いた。
「身の危険を感じたら、なにを差し置いてもラシガムへ逃げるように。これは良き魔法使いたちを守るためのラシガムの措置です。魔法使いというのは、いまだにその存在が希少です。迫害する者もいれば、悪用する者もいる。その悪意が拡大する前に、ラシガムはそれらに対抗するのです」
「対抗……?」
「そう。一般的な例ではありますが、相手が個人であれば、所属していた国にも要請して下手人を捕らえるなど、身の安全の確保に尽力します。それが難しければ、ラシガムへ亡命していただきます。我が国に直接手を出す愚か者は、総力を持って叩きのめしますから。国が相手となれば、まずは経済制裁などを講じて出方を見ますね」
「ということは、私の場合は亡命扱いと言うことになるのでしょうか」
シャルロットが訊ねると、ノエルは難しい顔をした。
「うーん……。そこがちょっと難しいところですね」
「なぜですか?」
「先ほど、一般的な例と申し上げましたよね。それは旅行客を装ったり、風魔法による飛行で比較的穏やかにこちらへ避難してきた場合です。ですが、シャルロットさんは隠蔽魔法を使って王都から逃げ出した。……正直、それはとても重いことです」
「え、つ、使ってはいけなかったのですか?」
「いえ、必要だったことですから、そこは大丈夫です。ですが本来、隠蔽魔法というのはとても高度な技術です。いくら守護精霊様がそばにいたとしても、未契約の状態で魔法を行使するのはかなりのハイリスク。そうまでして逃げなければならないほど、フレイジーユは危険な場所だった。――という風に、ラシガムは解釈します」
「そんなことは……!」
《実際、それで合っていると思うわよ》
シャルロットを遮ってロゼットが言った。
《だってシャーリー、あなたあのまま婚約破棄を受け入れていたら、身一つで国外追放処分だってありえたのよ? 近くに街も馬宿もないからあっという間に死んでいたかもしれないわ》
「……それは、否定しません。事の次第を知ったお父様が、探し出してわざわざ捨てるかもしれませんし」
「……シャルロットのお父さんって国の宰相だよね? ナンバーツーなんだよね?」
「ないわー……」
ジャネットとエミリーが絶句する。
「つまり、国を挙げてシャルロットさんを殺そうとした、と受け取られかねない状況なんですよね。悪し様に言えば。しかもかつて〝ルビーの夜〟が起こった場所ですし」
「三百年も前とはいえ、いまだに魔法使いに対して悪い感情を持っている人がいないと言い切れないですね」
エリックの言葉にノエルも頷いた。
「で、ですが、そういうことをしていたのは主にあの家の人たちだけで、他は……」
「でも、差し出された手をことごとく振り払うように仕向けたのも、その人たちなんですよね?」
「違います。それは違います。私が愚かにも気付かなかっただけなんです」
《シャーリー》
ロゼットから低い声が出た。隣にいた彼女がシャルロットの正面に移動する。
《この際だからはっきり言うわ。あなたが孤立するよう、あいつらが仕向けたの。あなたは悪くない》
「……違います、お母様。私が、消えなかったのが悪いんです」
シャルロットは首を横に振る。
「はやく、はやく消えれば……死ねばよかったんです。そうすれば、みんな幸せに……」
ダァン!! とテーブルが悲鳴を上げた。
その場にいたほぼ全員が飛び上がる。思わず音の出所を見れば、エリックがテーブルの上でこぶしを握り締めていた。
「……死ねばよかった? それでみんなが幸せになれると?」
伏せていた顔がゆっくりと上がる。その目があまりにも殺気立っていて、シャルロットは謝らなければと思った。
「あ、あ、あの、す、すみま……」
それを遮るように、エリックは彼女の肩を力強く掴んだ。
泣きそうな視線から、目を離せない。
「いいですか、シャルロット。よく聞きなさい。あなたは、生きるんだ。生きて、幸せになる権利がある。連中はあなたが死んだってなにも困らない。なにも変わらない。幸せにもならない。不幸にもならない。あなたが生きて、ここで幸せになればなるほど、あなたがフレイジーユでどれほど辛い思いをしていたのかが知られれば知られるほど、連中は苦しむ。それでいい。そうでなきゃならない。いいですかシャルロット。これ以上あなたが不幸を望むのは、俺が許さない」
あまりにもまっすぐな言葉が、胸の奥に染み込んでいく。
(幸せを、望んでもいい……?)
涙が零れ落ちた。
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