第44話
やや小ぢんまりとしたダイニングテーブルに、カップが所狭しと並べられる。すべてのカップに紅茶を注ぎ終えたところで、精霊の男性が口を開いた。
《改めて、自己紹介しよう。私はウィリアム。こちらは妻のパメラだ。ロゼットの祖父母に当たるから、君にとっては曾祖父母と言うことになる。こっちの頑固者たちはマルコとミーシャ。君のおじいさんとおばあさんに当たるな》
「改めて、……ええと、名乗っても大丈夫でしょうか。契約になりませんか?」
《ああ、その心配はないよ。ここで暮らすために、息子と契約しているからね》
「そうでしたか。では改めて、シャルロットと申します。先ほどは失礼な発言をして申し訳ありませんでした」
《いやいや。君の怒りはもっともだ。こいつらも君たち母娘を見てある程度察すればいいのに、それを認められないからこんなややこしいことになったんだ》
「いや……まあ……」
老人――マルコが反論しようとして、尻すぼみになる。先ほどまでの勢いはどこにいったのか、二人とも小さくなっていた。
ウィリアムはそれを無視してロゼットを見る。
《ロゼットも、会いに行けなくてごめんな。異国で一人心細かっただろ》
《魔法使いのコミュニティはどこにでもあるわよ、おじいちゃん。だから寂しくはなかったけど……。そうね、会いに来てくれないのをちょっと恨んだことはあるわ》
ロゼットはそう言って肩をすくめる。
《すまなかったなあ。けれど、一人でよく、ひ孫を守ってくれた。ありがとう。本当に、ありがとう》
《よく頑張ったわね》
ウィリアムがロゼットの手を硬く握る。老婆の精霊パメラも、彼女の背中を優しく撫でる。ロゼットがなにかをこらえるように、唇を変な形にした。
《うん……うん》
ひとしきり握手をして、ゆっくりと手が離れた頃にジャネットが手を挙げる。
「それで、さっきの話なんですけど、聞いていいでしょうか?」
《ああ。なんでも聞いておくれ》
「結婚式の招待状や、子どもの出産報告が来なかったって本当ですか? 手紙の紛失事故とかじゃなくて?」
たとえば手紙を乗せた船が転覆した。荷馬車や郵便屋が盗賊に襲われ、焚火の材料にされた。そんな事故を減らすため、手紙を届ける業者は護衛を付けたり船の操縦に細心の注意を払うなど警戒を怠らない。
《その可能性は否定できないけど……。少なくとも、結婚式の返事は来ているから、そちらで紛失があったなんてありえないわ》
「娘の晴れ舞台を見られなかったのは、今でも心残りだ」
マルコがぽつりと言った。
《それから、郵便物の配送状況は新聞で毎日更新されているわ。どこかで事件や事故があれば、すぐに問い合わせができるように。招待状も出産報告も、私は逐一確認していたわ。だからどちらともきちんと届いたんだと思っていたんだけど……》
「だとすると、考えられるのは偽装や意図的な紛失ですね」
エリックが言った。
「どちらもロゼットさんの手紙だけ故意に外へ出さなかった。そして、怪しまれないように招待状の返事だけは事前に用意したものを、さも他の返事と一緒に返ってきたかのように見せかけて渡す。そうすれば、表面上は手紙は紛失していません。だってどこにも出されていないんですから」
「うげー。セコいことするねー」
エミリーが口をへの字に曲げる。
「実家にバレた時とか考えなかったの?」
「バレても困らないと思ったからやったんでしょう。物理的にも距離がありますし」
「転移魔法陣使えばいいじゃん」
「あれいくらすると思っているんだ? 俺の給料が三ヵ月分吹っ飛ぶぞ」
「うえっ」
驚きすぎてエミリーから変な声が出た。
それまで黙っていたミーシャが口を開く。
「こちらからも、近況を訊ねる手紙は出していたのよ。でも全然返ってこなかったから、貴族の生活で忙しかったのかもと思っていたの。そうしたら、急に亡くなったって手紙が来て……。いてもたってもいられなかったのに……」
《……そんな手紙、一通ももらっていないわ》
ロゼットが青い顔で首を振る。
《おかしいわ。私宛の手紙が来たら必ず寄こすように、執事に言いつけていたのよ?》
「……あまり考えたくはありませんが、侯爵家全体が、あなたを毛嫌いしていたとか?」
《それは………………》
ロゼットが明後日の方を向いた。
《ロゼット、そんなに庇うような相手かい?》
《いや、いやいやいや、ちょっと待って。あの、誤解しないで? たしかに否定できないけど、少なくともシャーリーのようにあからさまな差別は……されてたけど! けど! 本気で心の底から嫌っているわけじゃないっていうのは本人たちから聞いてわかっていたから!》
「それって同情できること?」
《うぐっ》
エミリーに問われ、ロゼットは言葉に詰まる。
「好き合って結婚したくせに、それはひどくない?」
《あのね、貴族社会で恋愛結婚ってまずないわよ》
「そうなの?」
驚くエミリーにシャルロットも苦笑する。
「領地の繁栄や貴族社会での地位向上が主な目的です。爵位が高いのは揺るがないステータスですし」
《それも王命だったら逆らえないじゃない? 無事にシャルロットが王妃になれば、アルヴァリンド侯爵家も王家の外戚になってさらに地位が盤石なものになるし、次の世代以降で王家の子どもを婿入りさせれば公爵になるし。……って考えると、なんでそれを捨ててまで私たち母娘を迫害したのかしらあの×××は》
聞いてはいけない単語が、ぼそっと零れ落ちた気がした。思わず全員がロゼットを見て、慌てて視線を逸らす。
ウィリアムがわざとらしく咳払いをした。
「えー、オホンッ。見えてきた問題は山積みだけれど、これからどうしようかね? 無策で乗り込むわけにもいかないだろう」
「そのことについてですが」
エリックが手を挙げた。
「数日後に、妖精新聞本社でシャルロットがインタビューを受けることになっているんです。その際、皆様もご参加いただくのはどうでしょうか」
「妖精新聞? なぜ?」
「バックナンバーを取り寄せればわかりますが、今フレイジーユはもっぱらアルヴァリンド侯爵家の不祥事でもちきりです。シャルロットが不慣れな魔法で姿を消したのをきっかけに、侯爵家でメイドをいじめていたとか、学園での騒ぎとか、まあちょっと叩いただけで咳き込むくらい埃が出ています」
エリックの言葉にパメラが頷いた。
《そこに、満を持してシャルロットちゃんがとどめを刺すのね》
「そ、そこまでは……」
「いやもうとどめでしょ」
及び腰のシャルロットをジャネットが制する。
「ちょっと話を聞いただけのあたしらでも滅茶苦茶怒っているんだもの。しかも王太子妃候補でしょ? 未来のお妃様を食事も与えず放置とか狂ってるわよ」
「いざとなったら酒の力も借りましょう。二日酔いの看病くらいはできますよ」
《これで大バッシング間違いなしなんだから、あっちが乗り込んでくるまでせいぜい魔法使いとしての腕を磨きましょう。シャーリーだったら二ヶ月もあれば大丈夫よ》
「う、うん」
なんだか話が大きくなってきた気がする。
いや、もしかしたら自分が消えたあの夜から、これほどまでの大騒ぎになるのは必然だったかもしれない。
王都を出て、国を出て、出会う人々の様子を見て思う。
自分の環境は、周りが怒り、涙するほど酷いものだったのではないか。
それを異常だと思わないほど追いつめられていた自分は、やはりおかしかったのではないか。
美味しいご飯。暖かいベッド。新品の服。
どれも王都では手に入らなかったもの。
それを当たり前に享受できる今、シャルロットの胸はひどくざわついている。
それは幼子のように泣き叫びたい衝動。可能なら手当たり次第の物を投げつけたくなるようなもの。
なんで? どうして? そう叫び、真意を知りたい。いや知りたくなどない。どうせくだらないものだから。それよりも、わかってほしい。
私の気持ちを知って。感じて。理解して。
人はそれを、〝怒り〟と呼ぶ。
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