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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第43話

「ロゼット? ロゼットなの!?」

《お母さん!》

 住宅街の一角にある家から現れた老婆を見て、ロゼットが飛び出した。実体の有無に関係なく、二人が固く抱きしめ合う。

 遅れてやってきた老人が、信じられないものを見るような目でロゼットを見つめる。

「……ロゼット、なのか?」

《ええ、お父さん。帰るのが遅くなってごめんなさい》

「ああ、まったく……まったくだ……!」

 老人が歯を食いしばり、目を覆う。小さく嗚咽を漏らす彼を、ロゼットと老婆が優しく寄り添った。

「そっかー。十年だっけ? 実家に帰ってないの」

「フレイジーユに移民してからと聞いたので、十五年以上は帰っていなかったのではないでしょうか」

 エミリーの言葉にシャルロットはそう返す。隣でジャネットはハンカチで顔を覆っているし、エリックは優しい顔で親子を見つめていた。

《そうだ、お母さんたちに紹介したいの。娘のシャルロットなんだけど……》

「まあまあ、積もる話もあるでしょう。うちでゆっくりしましょう」

「そうだな」

 老人が頷き、シャルロットたちを見た。

「お嬢さん方、娘をここまで連れてきてくれて、ありがとうございました」

 そう言って背を向け、ロゼットを屋内に導こうとする。

「ん?」

「え?」

 ジャネットの涙が引っ込んだ。

「ちょ、少々お待ちを!」

「わっ」

《ちょちょちょ、お父さんお母さん待って!》

 エリックが慌てて門を開け、シャルロットを引っ張り込む。ロゼットも異変に気付いて後ろに大きく下がった。

「まあロゼット、どうしたの?」

《どうしたの、じゃないわよ! ナチュラルにシャーリーを無視しないで!》

「シャーリー? ああ、そちらのお嬢さんかな?」

「そうです、あなた方の孫にあたります。シャルロット、挨拶を」

 エリックに小声で促され、シャルロットはぎこちなく礼をする。

「お初にお目にかかります。シャルロットと申します」

 なんとなく、苗字は名乗らない方がいい気がした。

「まあ、初めまして。素敵なお嬢さんね」

 老婆がにこやかに言った。

「娘をここまで連れてきてくれてありがとうね。さあロゼット、中に入りましょう」

《いや、だーかーら! この子! 私の娘! そして私は! 娘の守護精霊なの!!》

「そうかそうか。そいつはすごいな」

 老人も朗らかに笑う。

「じゃあ、もう契約を切っちまってもいいな」

「《……は?》」

 エリックとロゼットが同時に言った。

「帰り道がわからなくて、このお嬢さんと契約したんだろ?」

「そうよね。でなかったらこんなに長い間帰ってこられなかったはずがないもの」

《……話聞いてた? 私は守護精霊になったのよ。いつでも契約を切れる他の精霊とはわけが違うわ》

「はっはっは。ロゼットも嘘が上手くなったな」

「意地を張らなくていいのよ、ロゼット? さ、お嬢さんにお別れの挨拶をして」

《…………》

 ロゼットはゆっくりと首を横に振って下がる。

 怒り、悲しみ、困惑、嫌悪。引きつった顔にそれらの感情を内包させて、言葉にならない恐怖を飲み込んだ。

「ねえ、シャルロットもなんか言ってよ」

 追いかけてきたジャネットがシャルロットを揺さぶった。

「というか、なんとも思わないの?」

「え……と」

 シャルロットは口ごもる。

「母とこの人たちの問題ですよね? ですから、思うもなにもないのですけど」

「「違う!」」

「シャルロット」

 エリックが言った。

「ここまでこれほど無視されて、思うところはないんですか? 彼らはあなたとロゼットさんの親子関係を否定しているんですよ」

「あ、そうだったのですか?」

「「「《おい》」」」

 シャルロットと老夫婦以外が突っ込んだ。老夫婦もなぜかギョッとした顔をする。

 だがその瞬間、シャルロットの中でなにかが灯った。

 真っ暗闇の中で唐突に見つけた光。それが蝋燭程度なのか、太陽ほどもあるのかわからない。

 けれど光はどんどん強くなる。胸を中心に体が熱くなる。全身の血が熱くなっていくのを感じる。

(そういえば)

 今更気づく。

 この老夫婦は、一度もシャルロットをまともに見ていない。

「お二人にとって、私は赤の他人なのですね」

 気付けばシャルロットはそう口走っていた。

「え?」

「私はこちらの守護精霊様と赤の他人であると。私はこの人のお腹から生まれたわけではないと。そうおっしゃるのですね」

「そ、それは……」

「違うとおっしゃるのなら、それはなぜですか? 私を認めたくないなら、今すぐ『消えろ』とおっしゃればいいのです」

 エリックとロゼットが息を飲む。それに気付かない老人が、まごつきながらも反論する。

「いや、お嬢さん。君はなにか勘違いしているね? 私たちの娘はそちらにいるロゼットであって、君ではないんだ」

「それは理解しております。そして私はそのロゼットさんの娘であるはずです」

「そんなはずないわ!」

 老婆が金切り声で叫んだ。

「証拠がどこにあるの!?」

「……それは」

 シャルロットが言葉に詰まる。フレイジーユの教会を頼れば、出生の記録を取り寄せることができる。だがラシガムから海を越えるほどの距離だ。何ヵ月かかるのだろうか。

《私の記憶じゃ駄目かしら?》

 ロゼットが口を挟んだ。

《私はこの子を身ごもった時から、この姿になって今日この日まで、この子の傍を離れたことはなかった。それに、あなたたちもわかっているでしょう? 守護精霊は家族や恋人といった近しい間柄でなければなれないこと。おじいちゃんがおばあちゃんの守護精霊になるのを、お父さんたちははっきり見ていたはずよ。守護精霊になった私は、娘を生涯守るためにここにいるの》

「け、け、けど……」

《フレイジーユに移住したこと、侯爵と結婚したこと、子どもを産んだこと、そして死んだこと。ぜんぶ手紙で伝えてしまってごめんなさい。でもね、私はシャーリーを産んで後悔したことなんてない。魔法使いとして今は半人前でも、ここで立派に育ててみせるから。だから、これ以上私の娘を侮辱しないで》

 はっきりと言い切るロゼットの目には、悲しみと、それに勝る怒りが宿っていた。

「ロゼット……」

 それでもなお、老婆は言い募る。

「じゃあ、どうして結婚式に呼んでくれなかったの?」

《え?》

 老人も言った。

「子どもを産んだなんて手紙はもらっていない。訃報は聞いたが、門前払いされたんだぞ」

「あんな香水臭い家で暮らしていたと知っていたら、もっと早くこちらへ連れ戻したのに」

《は? ちょっと待って。結婚式の手紙なら侯爵との連名でちゃんと出したわよ? 都合がつかなくて欠席するって返事をくれたのはそっちじゃない》

「いやいやいや。一人娘の結婚式に参列しない親がどこにいる?」

「子どもが生まれた時も同じよ。初孫を楽しみにしないなんて!」

「……つまり」

 エリックがゆっくりと言う。

「なにかしらの手違いが起った。あるいは、侯爵が妨害工作をしたってことでしょうか」

 沈黙が落ちる。全員がなんとも言えない顔でお互いを見た。

《マルコ、ミーチェ》

 その時、別の誰かの声がした。老夫婦が振り返る。

「父さん……」

 老人が呟く。玄関に、半透明の夫婦が立っていた。若い男と老婆の組み合わせだが、仲睦まじそうに腕を組んでいる。

《話は聞いていたぞ。だいぶ込み入った話になりそうだ》

 男はロゼットやシャルロット、エリックたち兄妹を順番に見た。

《可愛い孫よ、おかえり。そして初めまして、愛しいひ孫。お客人の皆さん、お茶を出すからこちらへどうぞ。思ったよりも長い話になりそうだ》

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