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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第42話

 モンバートン一行が去った後、シャルロットはエリックたちのテーブルに移動し、深く息をついた。

「はあ。久しぶりに疲れました」

「お疲れ様です」

《近衛騎士団が来るとは思わなかったわね。それだけ本気だったんでしょうけど、よく頑張ったわ、シャーリー》

 エリックとロゼットがねぎらう。

「追加のケーキ代を貰ったんだし、なにか頼もうよ」

「ここのチーズケーキ、美味しいわよ」

「では、それを」

 エミリーとジャネットに勧められ、ほぼなにも考えずに頷いた。

 少しして運ばれてきたのは、クッキー生地に白いケーキ生地が乗ったお菓子だ。すっかり冷めてしまった紅茶のおかわりを貰って、おそるおそるフォークを入れる。

 上の白い生地は弾力があるのにとても柔らかい。下のクッキー生地は硬く焼きしめられていて、ちょっと力を入れてみた。

 カンッ! とフォークと皿が響く。勢い余って打ってしまった。

「す、すみません」

「平気よ。こういうタルト生地あるあるだから」

「力を入れるとねー、こうなるんだよねー」

 と言いながらエミリーも真似をする。ちゃっかり自分の分もオーダーしていた彼女の皿からも、同じ音が響いた。

「なかなか難しいですね」

「フォークを垂直に立てると、音は響きにくいですよ」

 エリックのアドバイスに従って、もう一度切ってみる。フォークがサクッと音を立てて、ゆっくりクッキー生地を割った。

「すごい、できました」

「やったね。さあ、食べてみてよ」

 促されるまま口に入れる。ほろほろと崩れる、バターの風味が効いたクッキー生地。舌で押し潰せるくらい柔らかなケーキ生地。口の中に広がるのは爽やかな酸味とクリーミーなチーズの風味だ。

「どう? どう?」

 エミリーが身を乗り出す。

「美味しいです。すごく」

「でしょ!?」

「自分の手柄みたいに言うな」

 エリックが突っ込むが、その表情は優しい。

「時間が空きましたし、せっかくならこの後、図書館に行きませんか?」

「いいんですか?」

「ラシガムや魔法使いについて、より見識を深めるならあそこが適しています。来週は妖精新聞の本社にも行きますからね。事前知識は多い方がいい」

「……はい」

 調書を取った翌日からエリックが動いてくれたおかげで、妖精新聞社にアポイントを取ることができていた。

《あそこの社長が直々にインタビューしたいなんて言い出した時は、びっくりしたけどね》

 ロゼットがため息をつく。

「ある意味、渦中の人が来るわけですからね。しかも元王太子妃候補。すでに埃は出まくっていますけど、これがトドメになりそうですからね。あちらも気合が入るでしょう」

 社長の都合がなかなかつかず、悔しさと苛立ちのあまりハンカチを噛んでいた。というのは、取材の日程を伝えに来てくれた社員(人間)の言だ。

 妖精新聞は不定期発行なんて言っているが、それは出せるだけのまとまったネタが溜まりにくいというだけの話。フレイジーユ王国発の妖精新聞は、このところ週に一度という異例(!)のペースで発行されている。

 失踪したシャルロットの行方を案じるのはほんの数行だけで、残りはアルヴァリンド侯爵家――特にアデルとジゼル母娘に関連した醜聞である。

 ちなみにエリックの一家も、情報収集と称してこれを欠かさず読んでいる。

「継母が貴族御用達の高級娼館出身と知った時は驚いたわあ。貴族の血が一滴も入っていないじゃないの」

「それを言ったら、私も妹も貴族の血は半分程度ですけど」

「あれを〝妹〟と呼んじゃ駄目よ」

「そうそう。せめて〝あのブス〟くらいにしときなさいよ」

「それは、ちょっと……」

《気にしなくていいんじゃない? 散々いじめられていたんだし》

「い、いじめ?」

《れっきとしたいじめよ? なんなら虐待って言ったっていいんだけど》

「えー……。じっとしていればなにもしてこなかったから、そこまでじゃ……」

「あなた下手したら死んでいたってこと、まだ自覚していないんですか?」

 さすがにエリックも呆れて半眼になる。

「話を戻すけど、同じ家にいて、シャルロットの方がろくに教育を受けていなかったのに成績優秀だって知った時は引っ繰り返りそうになりましたよ。あっちの方は毎回下から数えた方が早いって、どういうこと?」

《そりゃあ、殿下を始めとした殿方に色仕掛けをするのに必死だったから》

 ロゼットが笑う。

《時間があれば『私の王子様、助けてぇ~♡』なんてやってたから。……ごめん、気持ち悪くなった》

 十代少女の甲高い声の真似をして自滅した。ジャネットとエミリーがげらげら笑う。

「え~!? 学校でそんなことしてたの!?」

「目的、履き違えてる……!」

「というか、貴族社会でその年頃って、だいたい婚約者がいますよね? 色目を使っていいんですか?」

《いいわけないでしょ。シャーリーを守りがてら聞き耳を立てていたら、まあ女性陣からの評判はひどかったわよ。殿方は軒並み鼻の下伸ばしていたけど》

 エリックが絶句する。姉妹の方はテーブルに突っ伏して震えていた。

《学園の異変は、〝影〟を通じて国王夫妻の耳にも入っていたでしょうに。侯爵家と同様、若い婚約者同士がなにも言ってこなかったから、手を出さなかったんでしょうね》

 いくら国王夫妻が多忙とはいえ、そうした由々しき事態になにも手を打たなかったのは悪手と言う他ない。幸運なのは、シャルロットとフェルディナンド以外のペアが破綻しなかったことだろうか。

《今のところ、あの馬鹿母娘は領地に引きこもっているみたいよね。今のうちにシャーリーはたんと自由を謳歌しなさい。今まで不自由な思いをさせちゃったし、これからはちゃんと国が守ってくれるから、遠慮せずに色々と言ったりやったりしなさいよ》

「は、はい」

 とはいえ、まだ手探りの途中だ。

 自分の思ったことを口にして行動に移すのは、まだ怖い。

 否定されたらどうしよう。機嫌が悪くなったらどうしよう。

「シャルロット」

 エリックが言った。

「この後は図書館に行くつもりですが、他に行きたい場所はありますか?」

 四人がじっとこちらを見る。

「ど、どこへでも……」

「それじゃあ意味ないの!」

 エミリーが身を乗り出した。ジャネットが提案してくれる。

「城壁の上に行く? あそこから森を一望できるわよ?」

「では、それで……」

「シャルロット、それ単に他人の意見に合わせているだけでしょう」

 エリックがバッサリと切った。

「図書館、城壁も候補ですが、あなたの意見を聞きたいんです。これもリハビリの一つですからね?」

「あう……」

 じっと四人の視線が集中する。そこから逃げるように目を伏せて、シャルロットは絞り出した。

「……ぎ、議事堂を、見てみたいです」

「議事堂? なんで?」

「政治の中心ということで、興味があります」

 王太子妃候補教育の名残だろうか。王政と民主政の違いをこの目で見てみたい。

「ふむ」

 エリックが周囲を見回して考える。

「まだ日が高いですし、重要な箇所以外でしたら見学は可能かもしれません。議事堂での議論を見学するには、予約が必要ですから」

「十分です」

「じゃあこの後は議事堂と図書館に行って、それから城壁に行く?」

「いいね! ついでにロゼットさんの実家も探しちゃう?」

《あら、嬉しいわね。見た感じ大きく町も変わっていないから、家の場所もそのままのはずよ》

「よし、決定!」

「予定を詰め込み過ぎるとまた倒れるぞ。シャルロットも疲れたら遠慮せずに言ってくださいね」

「は、はい」

 母の実家。これまで、可能な限り話題を避けてきた。

 だって、受け入れてくれなかった時が怖いから。彼らが望むのがロゼットだけだとしたら、それこそ自分はいらない気がして。


 ――果たして、不安は現実となった。

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