第41話
「なるほど、すれ違いの理由がようやく判明しました」
モンバートンは額から流れる汗をハンカチで拭き取った。
「学園での成績がとても優秀なものでしたから、いったいどうして王妃様のご提案を蹴るのか不思議でなりませんでした」
「その節は、大変ご迷惑をおかけいたしました」
「いえ、異変に気付けなかった王家側の落ち度です」
お互いに頭を下げ合い、モンバートンはふむと腕を組む。
「しかし、そうなりますと今後のことが心配です。僭越ながら、魔法使いの血を引くだけの理由で王家に輿入れされるのは危険かと思われます」
「そうなのですか?」
「差し出がましいとは存じます。しかしあえて申し上げさせていただくと、王宮は魔窟でございます。視線、挙動、言葉選び一つが命取りになります。お飾りの姫でいていただけるほど、安全な場所ではございません」
「そのための妃教育を受けてきたと思っていたのですが」
「それを受けてなお、シャルロット様は純粋すぎます。王妃殿下はああ見えて、国中の貴族夫人を束ねるお方でございます。あらゆる不満や毒を受け流し、時には受け止めてその捌け口となり、国内にくすぶる火種を消していく、国王陛下の片割れでございます。陛下は主に外交や法律の立案など、国を動かす大局を見据える必要があります。ですが、土台たる国内で貴族や民衆の不満が高まれば、それどころではありません。陛下が安心してそちらへ臨まれるのは、王妃殿下の尽力があってこそ。次代の王妃には、今の王妃殿下と同じくらいの手腕が望まれるのです」
モンバートンはそこまで言って、一息ついた。
「今日、初めてまともにお話を伺い、確信いたしました。陛下からはシャルロット様を連れ帰るよう命ぜられておりましたが、あなた様をこのまま王太子妃候補に据えるのは危険です。我々は一刻も早く新たな王太子妃候補の選定をなさるよう、陛下に進言するため帰国いたします」
「それは、危険ではありませんか?」
シャルロットは目を見開いた。それくらいはわかる。
だがモンバートンは首を横に振った。
「家臣は時に、命に背いてでも王に具申せねばならない時があります。それが国家を存続させるためなら、なおさらです」
モンバートンはシャルロットの目を見て続ける。
「国王陛下、並びに王妃殿下にも、人の心はあります。妖精新聞の一報も、すでに陛下は目を通されていることでしょう」
「読まれるんですか? 陛下も、ああいうのを?」
「国内で発行された書物は、可能な限り目を通されています。特にああいうゴシップ紙は、どんな情報が隠されているかわかりませんからね。私も道中で売っているものを読ませていただきましたが……」
モンバートンがエリックをじろっと睨む。
「あれの販売経路、どうなっているのですか。国内情勢が外に漏れるとか由々しき事態なのですが」
「どう、と申されましても……。妖精新聞は、世界中に支社があります。それらの情報が一度本社に届けられ、また世界中に拡散されます。ほとんどの人は自国の話がわかればそれでいいので、よっぽどのことがない限り本社も他国に売るようなことはしません。このことはたしか国家間でも取り決めがされていますので、陛下も承知の上でしょう。……まあ、今回はその〝よっぽど〟に当てはまってしまったようですが。ご購入されたのはどちらで?」
「ルビリファという港町です」
その時、周囲を漂っていた精霊が口を挟んだ。
《こいつら、そこの嬢ちゃんを追ってきたんだろ? だから新聞屋に話を回して、買うように仕向けたんだ》
「……ああ、なるほど」
エリックは神妙な顔で頷いた。
「先ほど、そちらにいる精霊が、妖精新聞の販売員に根回しをしたと伝えてきました。あなた方を尾行していたようです」
「なっ!?」
モンバートンたちが慌てて周囲を見回すが、精霊自身も周りをヒョイヒョイ漂って笑っている。
《近衛兵がティムルンの詰め所でひと悶着してたからさ。なにかあったんだろうと思ってついてきてたんだよ。妖精新聞を見た時の顔ったら、見ものだったよ! 顔が赤から赤黒くなって、頭の欠陥切れちゃいそうだったんだから》
ちなみに彼は、危うく不審者として連行されかかったモンバートンたちをゲラゲラ笑っていた愉快犯だ。
さすがに気の毒すぎて、シャルロットも口を開いた。
「ええと、心中お察しいたします」
「それも精霊とやらの話ですか……。うかうか内緒話もできませんね」
精霊探しを諦めたモンバートンがかぶりを振る。
「とにかく、あなた様が無事であること、安全な場所にいることは確認できました。シャルロット様が懸念すべきは、侯爵家からの追手でしょう」
「追手なんか放ちますか?」
心底信じられない、といった声でシャルロットは言った。
「状況がより逼迫すれば、宰相殿も手段を選んではいられないでしょう。この一件で求心力は確実に落ちています。なまじ仕事ができる方なので後任選びは難航するでしょうが、水面下で動いている可能性はあります」
「失礼ながら、王家にも相応にダメージが入っているのでは?」
「一片の瑕疵のない玉など存在しないように、王家も過ちは起こします。恥ずかしながら、わが国でその代表例が婚約破棄劇です」
エリックの問いに即答し、モンバートンは一瞬だけ目を伏せる。
「あれはもう呪いの一種と思って我々も諦めております。だからこそ次善策を練り、万が一に備えているのです」
「ということは、おそらく王太子妃候補の選定も?」
「このことを見据えて、すでに始められているはずです」
モンバートンの返答に、エリックとロゼットが安堵のため息をついた。
「ならば、こちらは侯爵家に備えるだけですね」
「妖精新聞にあのように取り上げられているのです。シャルロット様の口から〝訂正と謝罪〟をさせようと、躍起になる可能性はあります」
シャルロットの後ろでエミリーが「うえー……」と舌を出した。
だがそれに対し、エリックとロゼットがにっこりと笑う。
「それについてはご安心を。折を見て妖精新聞に出向き、告発しようと考えておりますので」
モンバートンが目を見開いた。
「……侯爵家と争うおつもりで?」
「先に仕掛けたのはあちらです。こちらは事実を述べるまでですよ。ねえ? シャルロット」
エリックが水を向ける。
「はい」
シャルロットは頷いた。
「私を助けてくれる人は、――すみませんが、私の認識では誰一人としていませんでした。心を開ける人がいませんでした。貴族籍も、王太子妃候補の座もいりません。私の存在を否定し、消えろとなじったあの者たちと、私は戦います」
「……そうですか」
モンバートンはゆっくりと頷き返した。
「では、私は急ぎ国へ戻ります。お代はこの程度でよろしいでしょうか」
そう言ってエリックに渡された布袋は、小さいわりに重みがあった。慌てて中を見てギョッとする。
「モンバートン殿、これは多すぎます」
「おつりは取っておいてください。大事なご予定をキャンセルさせてしまったのですから、それくらいのお詫びはさせてください」
「あっ、じゃあケーキ一個追加!」
「エミリー!」
エリックが怒鳴るも、モンバートンは朗らかに笑っている。
「構いませんよ。どうか、お納めください」
「…………。ありがたく、頂戴いたします」
「やったー」
深く頭を下げたエリックの後ろで、エミリーがジャネットとハイタッチする。それを微笑ましそうに見てから、モンバートンはシャルロットへ大きく頭を下げた。
「シャルロット様。そしてご母堂様。あなた様を救えなかったこと、国王陛下並びに王妃殿下に代わって謝罪いたします」
「……顔を上げてください」
シャルロットはゆっくりと首を振った。
「陛下と妃殿下が私を気遣ってくださっていた。それがわかっただけで、私は十分です」
それこそ社交辞令であろう。彼女は、本当は誰よりも、なによりも早く救われたいと願っていたはずなのに。
「……お気遣い、痛み入ります」
モンバートンはゆっくりと顔を上げた。
「では、どうぞ健やかで」
「皆様の帰路の無事を祈ります」
近衛騎士団の一行は、そうしてシャルロットたちの前から姿を消した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆で評価していただけると嬉しいです。
執筆の励みになります。
よろしくお願いします。




