第40話
「突然お声をかけて、驚かせてしまい申し訳ありませんでした。こちらに辿り着くまでの二ヶ月間、シャルロット様のことが心配で気持ちが逸っておりました」
「いえ、こちらこそ、気が動転してしまい申し訳ありませんでした」
《やったのはシャーリーじゃないんだから謝らなくていいのよ》
「お母様、そういう問題ではありません」
ロゼットに小声で返す。
シャルロットとモンバートンは今、大通りに面したカフェのテラス席で向かい合っていた。シャルロットのすぐ後ろの席をジャネットとエミリー、そしてエリックが陣取っている。反対側ではモンバートンと一緒にいた男たちが同じようにテーブルを囲んでいた。
この日は朝からジャネットたちの友人と合流し、おしゃべりを楽しみながらコミュニケーションを学ぶ日だった。姿を消していたせいでまともに誰とも喋ったことがないシャルロットへの荒療治である。
だが合流場所の別のカフェに向かう途中で、モンバートンとたまたま出くわしてしまった。近衛兵専用の鎧姿でなくとも、妃教育の過程で顔を合わせることは何度かあった。だからお互い、顔を合わせた瞬間に誰なのかわかった。
モンバートンに声をかけられたシャルロットは、驚きのあまり硬直した。ロゼットは
《エリックを呼んで!》
と言って二人の間に割って入り、ジャネットとエミリーは
「憲兵さあーーん! 不審者でえーーーーすっ!!」
「人攫いでえーーーーっす!!」
と大声を出して衆人の注目を集めた。
「誤解です、違います!」
とモンバートンたちが訂正しようとするが、ガタイのいい男が集団で少女三人(+守護精霊)に迫ろうとする姿はどう見ても事案。エリックがすっ飛んできて仲裁に入るまで、モンバートンたちに向けられた視線は氷のように冷たかった。
「今日の入国審査担当が誰だか知らないが、あとで文句言ってやる」
とエリックが荒い息のまま呟いていた。
ちなみに彼女たちがいるカフェは、おいしいくて高品質だがお値段も相応な場所である。友達との予定をキャンセルせざるを得なかった腹いせで、ジャネットたちが指定したのだ。モンバートンが奢ると頷いてくれた時、二人とも隠しもせずにガッツポーズを決めていた。
そのモンバートンが、落ち着かなさそうに、だが可能な限り冷静を装って周囲を見回す。
「自分の目には見えませんが、本当に母君がおられるのですか」
お互いに注文したお茶が来るまでに、魔法使いや精霊についてある程度――時々エリックが注釈にやって来た――は話していた。
「はい。こちらに」
シャルロットが手で示すが、モンバートンの視線は定まらない。
「申し訳ありません。やはり見えません。ですが、そちらのお三方の様子からすると、事実なのですね」
「はい」
シャルロットはまた頷いた。本当はそこかしこに精霊が浮遊しているし、なんなら騒ぎの渦中にあったモンバートンたちをまだ疑っていて、監視している者もいる。――と言ったら腰を抜かしてしまうかもしれないから、言わなかった。
《お嬢ちゃん、いざとなったら臨時契約しておくれ。こいつらちょっと痺れさせるくらいはできるから》
そう言う精霊に微笑み返して、シャルロットはモンバートンに向き直った。
「改めて、お尋ねいたします。フレイジーユ王国の近衛隊長が、なぜラシガムにいる私をお探しになっていたのですか?」
シャルロットの言葉にぎょっとしたのは、後ろで控えていたジャネットたちである。運ばれてきたケーキにフォークを突き立てたまま固まった。
自分たちが会ったのは、終始おどおどしていて自身がなさそうに俯いていた少女だ。背筋をピンと伸ばし、凛とした声で訊ねる姿が記憶と重ならない。
それはモンバートンたちも同じだったらしい。が、面食らった顔からすぐに居住まいを正して答えた。
「率直にお答えいたしましょう。あなた様を迎えに参りました」
「なぜ?」
「あなた様はまだフレイジーユ王国に在籍する貴族です。ラシガムへの亡命を今一度思い止まり、第二王子であるギャレッド様とともに、国を導く役目を担っていただきたいのです」
《はあ?》
ロゼットからひっくい声が出た。シャルロットが慌てて彼女を見る。
「お母様、落ち着いてください」
《落ち着いていられないわよ。あんだけ手ひどく振っておいて、王家は無関係でした、なんて都合のいいことは聞かないわよ。魔法使いの血が欲しいのは結構だけど、それ相応の扱いを徹底させてからにしなさいよ。寝言は寝てから言ってちょうだい》
ロゼットの髪が魔力を帯びて揺らめく。声が聞こえないモンバートンたちに、シャルロットは慌てて問うた。
「お、王家が私を――魔法使いを欲しているのは承知しています。ですが、私の境遇になにも言わなかったのはいかがかと、母がお怒りです」
「それに関しましては、ごもっともでございます」
モンバートンが深く頭を下げた。
「シャルロット様がご実家で冷遇されて――」
《冷遇?》
「お母様、すみません。私だけで対処させていただけませんか。話が進みません。……すみません、どなたか、母を抑えておいていただけますか」
シャルロットが周囲の精霊たちに呼びかけると、彼らは一も二もなくロゼットを引きはがした。
《任せておけ、嬢ちゃん》
《お母さん、どーどー》
《大丈夫だ、俺たちもついてるから》
精霊たちが両腕を掴んでいるが、今にも振りほどきそうである。シャルロットはモンバートンに謝罪した。
「申し訳ありません。このままでは母が一言一句に反応してしまいそうだったので」
「いえ。それだけ、シャルロット様のことが大事である証拠です」
と笑って答えてくれたが、モンバートンの頬は引きつっている。
「では、改めて……。シャルロット様のご実家について、王家にも〝影〟より情報は入っておりました。ですが、一ご家庭に王家が――たとえ婚約者の家であろうと――踏み込むのは、王家による越権行為となります。権力の乱用は避けるべきと考え、できるだけあなた様の方から保護を求める形で介入できるよう、手を回していたそうです」
モンバートンの言葉に、シャルロットは考え込む。
「……すみません。今までそうした接触はなかったように思います」
「え? 王妃様がお茶会にお招きした際、困りごとはないかと毎回お尋ねになられていたでしょう」
シャルロットの目が、こぼれおちそうなほど見開かれた。
「あれ、社交辞令じゃなかったんですか?」
周辺の空気が止まった。
モンバートンが信じられないものを見るような顔になる。彼の後ろにいた近衛兵たちも同じ顔だ。
「ごめん、笑っていい?」
「だめ」
後ろでジャネットとエリックが小声で言っているのが聞こえた。
ロゼットとエミリーの声が聞こえないので、シャルロットはそっと振り返った。
エミリーはケーキにフォークを突き立てたままテーブルに突っ伏していた。
《よしよし、声を届けられなかったんだね》
《人間不信だったんだろ? そりゃあ言葉通りに受け取れないさ》
ロゼットは頭を抱えていて、両脇を抱えていたはずの精霊たちに慰められていた。
「ええと……」
シャルロットは考えた。
「つまり、私が悪かったということですね」
違う、と多方面から返ってきた。
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