第39話
《あらっ! あらあらあら! まぁ~可愛らしいお嬢さんだこと!》
《ソフィ・ヴァリー商会にようこそ! 今日はどんなご用事で?》
城門を起点に縦に伸びるメインストリートの中でも、大きく交わる場所がある。横へ広がるその先は、それぞれ別の城門と、国立図書館を併設した議事堂がある。
ラシガムの中心地である巨大な交差点の一角に大きく構えるのが、ソフィ・ヴァリー商会だ。
「えっ……えっと、あの……」
入店早々、文字通り飛んできた精霊二人にシャルロットは圧倒される。
自宅に招いた商人を見るのはもちろん、こうして店に赴いてなにかを買うこと自体、人生で初めてだった。
緊張しすぎて固まるシャルロットの肩に、それぞれ手が置かれる。
「こんにちはー」
「今日はこの人の服を買いに来ましたー」
両側からジャネットとエミリーがそう答えた。精霊たちに喜色が浮かぶ。
《まあそうなの?》
《新しいお友達ね? どんな服が好みかしら?》
「い、いえ、なんでも……」
《そんなこと言わないで? 好きな色とかはある?》
《どんな服を着てみたい?》
「ええと、う、動きやすい服であれば、本当になんでもいいので……」
しどろもどろになるシャルロットの前で、精霊二人の目が光る。
(あれ、さっきも似たような光を見た気が……)
《そーいうことなら、私たちがプロデュースしちゃっても構わないわね!?》
《というかするわよ! やっちゃうわよ! 店長~! 試着室一個貸し切りね~!》
精霊が店の奥に向かって叫ぶ。仕切りの向こうからひょっこり顔を出したのは、細身の中年男性だった。
「ん? お客さん?」
《そう! こんなに可愛いお嬢さん!》
《服を買いに来たんですって!》
「そっか~。わかった。楽しんでね~」
《は~い!》
《さあさあ、こっちよ、こっち!》
のんびりした口調で許可を出したら、店長はすぐに引っ込んでしまった。
精霊たちを先頭に、ジャネットたちに背中を押されて店の奥に行く。
洋服から靴、小物に至るまで、さまざまなものが陳列されている。男女で品物を棲み分けているようで、奥の方に男物のジャケットが見えた。
なんだかやたら大きな部屋に通されて、一人用のソファに座らされる。精霊たちは一度部屋を出ると、ハンガーラックを押して戻ってきた。それぞれにトップスとボトムスがギュウギュウに吊るされている。
「え? どうやって動かしているんですか?」
口をついて出た疑問にロゼットが答えた。
《物理干渉の魔法ね。お店で働いている精霊って、そういうのが得意なヒトが多いのよ》
「じゃあ、どなたかと契約しているんですか?」
《だいたいは店長ね。二人どころか、この店だけで何人も精霊が働いているように見えたわ。魔法使いとしても、とても優秀な証拠ね》
そんなことを話していると、ハンガーラックに体を突っ込んでなにかを探していた精霊たちが、両手にそれぞれ服を抱えて飛び出した。
《さあ、立って! まずはこれを着てみて!》
《下はスカート? パンツ? どちらからでもいいわよ!》
「あわわ……」
シャルロットは勢いに押されてなにも言えない。できない。
「よし、とりあえず脱ごう!」
「手伝うよ!」
「そ、それくらいは自分でできます!」
両側から実体のある手四本がわきわきと迫ってくるのだけは阻止した。
◆ ◆ ◆
「――で、なんとか服は決まったけれど、疲れ果ててさっきまで寝ていた、と」
「はい……」
夕食の席で、エリックの言葉にシャルロットは項垂れるように頷いた。横からエミリーが口を出す。
「本当は十着くらい欲しかったんだけどねー。シャルロットさんが三着でいいって譲らなくって」
「間を取って、五着にしたのよね」
ジャネットも苦笑する。
「クローゼットに入りきるか心配でした」
「あれくらいでギュウギュウになるようなつくりじゃないわよ。実際、まだ余裕でしょ?」
「はい」
「あと一ヵ月したら冬物も出ると思うから、その時にまた買いに行こうね」
「まだ買うんですか!?」
「季節ごとに数着は買うよ?」
「うん、ローテーションで新しいのを一着ずつは買うし」
「……お、お金持ちですね」
「「「「いや普通だ(です)からね(な)?」」」」
四兄妹の息がぴったり揃った。
小さく笑っていたフローラがエリックに訊ねる。
「それで、エリック。シャルロットさん関連の書類は無事に通りそうなの?」
「はい、無事に通りました。多少日付はいじらせてもらいましたが、無事に昨日からうちで保護教育を受けることが決定しましたよ」
「そう」
「よかった~」
フローラが頷き、ジャネットがシャルロットに抱き着く。
「俺も時々、経過報告のために話を聞くと思いますが、シャルロットさんの相手は主にジャネットとエミリーに任せようと思います」
「なぜですか?」
「ここに来るまでの間に、魔法使いとしての基礎知識は十分に蓄えられました。あとは実践――つまり、コミュニケーションで精霊と交流したり、倫理や道徳を学ぶのみです」
《ここで躓く魔法使いも多いのよね》
後ろからロゼットが言った。
《魔法使いって、見方によっては精霊を使役する人なのよ。でも実際は、精霊に好かれていないと魔法を使ってもらえない、ある意味で下の立場にいるのよね。シャーリーも、上から目線で『あれしろ、これしろ』って言うだけの人って嫌でしょう?》
「……たしかに」
《それと一緒よ。無理にとは言わないけれど、自分がピンチの時に助けてくれる関係を築くのが、精霊と魔法使いなのよ。私たちのやり取りを見て真似していれば、たぶん苦労しないと思うから。ゆっくりやりましょう》
「はい」
とにかくこの二日間は――特に両脇の姉妹に振り回されて――疲れた。衣食住の心配もなくなったので、明日から少しずつ魔法使いとしての力を身につけられればいい。
――なんて思っていたのに。
「シャルロット・ド・アルヴァリンド侯爵令嬢ですね? フレイジーユ王国近衛隊長のシャルル・モンバートンと申します」
大柄な男にフルネームで呼ばれて、シャルロットは固まった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆で評価していただけると嬉しいです。
執筆の励みになります。
よろしくお願いします。




