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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第33話

「エリックです、失礼しま……どうしたんだよ、ライナル」

「エリックぅ~……」

 審問が始まって三時間。先に上官への説明を終えたエリックが部屋を訪れると、バスタオルで顔を拭くライナルがいた。

「おまっ、お前、この子の、境遇、聞いた?」

「一応」

「なんでこんないい子がこんな目に遭わなきゃいけないのお!?」

「口調崩れてるぞ、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない~!」

 ライナルは号泣していた。滂沱(ぼうだ)だった。ちなみにバスタオルは二枚目である。

 泣きすぎて目が真っ赤になっているライナルを前に、シャルロットは呆気に取られていた。

「……あの、私はそれほどいい子じゃない気が……」

「いい子だよ」

「いい子ですよ」

《いい子に決まってるじゃない》

 三人から同時に返された。

「ホント……ほんっと! よく今まで生き延びてくれた! ありがとう!」

「そ、そんなにですか……?」

「こいつほどじゃありませんが、気持ちは同じです」

《私もよ》

 おいおい泣くライナルにエリックとロゼットが同意する。シャルロットはドン引きしていた。

 たしかに冷遇されていたが、姿を見せなければなにかを言われることもなかったし、隠れるのが上手くなってからは泥棒と言われて棒で追い回されることもなくなった。

 ――と言ったらまたライナルに泣かれた。エリックは天井を仰いだ。ロゼットはシャルロットをぎゅーっと抱きしめた。

「ああそうだ、ライナル。こっちに着いたらフレイジーユ王家宛てに手紙を出すつもりだったんだ。聴取したそっちからもなんかある?」

「ある。大いにある」

 バスタオルに顔をうずめていたライナルががばっと顔を上げた。

「とりあえずフレイジーユに輸出していた作物を全止めしたい」

「やめろ、国際問題に発展する。じゃあ聴取をまとめたら上官を呼んで中身を検討しよう。さっきうちから使いの精霊が来た」

「え、早くない?」

「事前に手紙で連絡していたし。あともう三時間経っているからな?」

「嘘っ!? あ、ホントだ!」

 ライナルは慌てるが、シャルロットの顔を見るたびに涙がこみあげてきてそれ以上の聴取は不可能となった。

「お前ってそんなに涙もろかったっけ?」

「知らない……。ごめんね、シャルロットさん。また改めて聴取させてもらえますか?」

「はい」

 なにしろ三時間のうち一時間は号泣していたのだ。体の水分は大丈夫だろうかと心配になる。

「じゃあ、まずは俺の実家へご案内します。ロゼットさんの生家は、コンタクトが取れ次第伺うということで」

《それでいいわ。早く会いたいけど……まずは、旅の疲れを癒さなくちゃね》

 ロゼットの手がシャルロットの頭を撫でる。質量はないが、その動きだけでシャルロットは気が楽になった。

 詰め所を後にすると、玄関脇に佇んでいる精霊がいた。

《おかえりなさい、エリック坊ちゃま》

 妙齢の女性の姿をした精霊が恭しく頭を下げる。シャルロットは驚いてエリックを見た。

 視線の意味に気付いたエリックが苦笑する。

「そんなたいそうなものじゃありません。……からかうのはやめてよ、大おばあ様」

《まあ、そう?》

 精霊は一転して朗らかに笑った。

《貴族のお嬢様を連れてきたっていうから、ちょっと頑張ってみたんだけど》

「やめて、誤解が加速するから。……ラシガムはちょっと特殊な国でして。貴族階級というのが撤廃された、民主主義国家なんです」

「民主主義……聞いたことがあります。定期的に選ばれた国民の代表者が国を運営すると」

「そうです。ですから、いわば国民全員が平民なんですよ」

「…………」

 シャルロットは目を見開いたまま、辺りを見回した。

 昼前に到着したので外はまだ明るい。散歩する家族、はしゃぎまわる子どもたち、近くのカフェではテーブルごとにおしゃべりが活発だ。

 平民街で見た光景だ。貴族街ではありえない景色。それが国中に広がっていると考えると、感嘆のため息が漏れた。

「すごいですね」

 月並みな感想しか出なかったが、エリックは頷いてくれた。

「でしょう? さあ、こっちです。歩いて十分くらいかかりますが、大丈夫ですよね?」

「はい」

《じゃあ行きましょうか》

 エリックの曾祖母を先頭に、シャルロットたちは歩き出した。


「ここが俺の実家です」

 辿り着いたのは、レンガ造りの家が立ち並ぶ住宅街の一角だった。

 着色技術が発達しているのか、レンガの色が各家で違う。赤茶色のはっきりした家や、淡い黄色のレンガ、中には青や紫など独特な色をした家もあった。

 エリックの実家は、白に少しグレーを混ぜたような、明るくて大人しい色合いだ。

《では、みんなを呼んでくるわね》

 エリックの曾祖母が扉をすり抜けていく。エリックは一拍置いてからドアノブを捻った。

「えっ……」

 先に開けて大丈夫なのか。シャルロットが訊ねる前に、

「「「おかえり、おにいちゃ~ん!!」」」

「「「お嬢さん、いらっしゃい!!」」」

 老若男女の歓声に押し潰されかけた。

「ひぇ」

「エリック兄ちゃん、お土産は!?」

「ないよ、仕事なんだから」

「え~、ケチ~!」

「ケチで結構!」

 子どもに群がられたエリックは彼らを一蹴すると、やや後ろで待っていた大人たちにシャルロットを紹介した。

「父さん、母さん。彼女がシャルロット。シャルロット、こちらが俺の両親になります」

「は、初めまして。シャルロットと申します」

 シャルロットが礼をすると、紹介された両親がにこやかに礼を返してくれた。

「あらあら、かわいい子ね!」

「遠いところ、よく来てくれた。じゃあ母さん、あと頼めるか?」

「任せて」

 キラーン、と母親の目が光った気がした。なんだか嫌な予感がして後ずさりしようとしたら、いつの間にか後ろに回っていたエリックによって阻まれる。

 エリックの母親がシャルロットの手を取った。

「え? え?」

「ジャネット! エミリー! 手伝って!」

「「はーい!」」

 エリックにたかっていた姉妹が加わり、三人に囲まれてシャルロットはあれよあれよと家の奥に連れていかれる。

「えっ、えっ、えっ? お母様、お母様!?」

《はーい、大丈夫よ、ここにいるわ》

「そうじゃなくて! あの、これ、助けてほしいんですけど!?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっとお風呂に入って着替えるだけだからねー」

「えっ、お、お茶会かパーティーでもあるんですか?」

 素っ頓狂な問いに女性四人が笑う。

《違うわよ。長旅で汗と埃がすごいでしょ? だからちょっとさっぱりしないとね》

「え、え、え……」

 これはダメだ。話が通じない。そう思ってエリックの方を見たら、父親と一緒ににこやかに手を振っている。

 なんかよくわからないけど味方がいない。パニックに陥ったシャルロットは叫んでいた。

「まともにお風呂に入ったの、お母様の葬儀以来ですけど!?」

 空気が凍る。エリック一家の動きも止まる。

 よし、この隙に抜け出せる? と思ったシャルロットを掴む手に力がこもった。

「ジャネット、エミリー、ぴっかぴかに磨くわよ!」

「え?」

「イエッサー!」

「あたしのとっておきの一張羅を着させてあげる!」

「え?」

《あらあら、じゃあ私も手伝おうかしら?》

《感謝いたします、大おばあ様》

「え?」

 なぜかエリックの曾祖母まで参戦してきた。

「ま、待って、わああああぁぁぁぁ……!」

 シャルロットの意味を持たない叫びは、浴室の厚いドアが閉じられるまで続いた。

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