第32話
さて、港町ルビリファから始まった馬車旅も、早くも一ヵ月になろうとしていた。
途中、また盗賊の気配がしたので、エリックと用心棒パーティが協力して彼らを捕縛。この時の打ち上げではエリックが断り切れずに酒を飲まされ、すぐに眠ってしまった。翌日にはしっかり二日酔いになっていたので、馬車に乗る前に酔い覚ましの薬を飲んでいた。
「エリックさんも、苦手なものってあるんですね」
「ありますよ、そりゃあ。人間ですから」
ガタゴト揺れる馬車も、ちょっとお尻が痛くなる座席も、いつの間にか慣れた。
「おー、見えた!」
馬車から身を乗り出したドロシーが歓声を上げた。
「ラシガムだー!」
「はしゃぐな、落ちるぞ!」
用心棒リーダーのマックスが怒鳴る。
だがそれに構わず、他の乗客たちや用心棒メンバーらも窓から顔を覗かせた。
「うおー!」
「でっけー!」
はしゃぐ彼らが落ちても軽傷で済むよう、馬車がそっとスピードを落とす。
「シャルロット、見てみますか?」
「え、いえ……」
《大丈夫よ、ほら》
エリックとロゼットに促され、シャルロットは恐る恐る窓から顔を出す。
「わ、あ……!」
大きな石を積み上げた城壁の向こうに、大樹がそびえていた。
山と形容しても良い。木の形をした山が城壁の中にある。幹は陰になっていて黒い。一番低い場所から伸びている枝でさえ、城壁のはるか上にある。その枝一本だけでどれほどの家屋が並べられるだろうか。青々と茂る緑の色は濃い。その一枚一枚が、今を生きる魔法使いたちを守る精霊たちそのものに見えた。
「――帰ってきた」
呟きが零れる。なぜか今、シャルロットは心からそう思った。
ラシガムに来るのは初めてであるはずなのに、ここを故郷だと認識していた。
《ああ、よかった》
ロゼットがほっと息をつく。
《不思議なことにね、魔法使いや精霊はラシガム以外で生まれたとしても、ここに来ると懐かしさを感じるんですって》
「それを呪いなんて揶揄する輩もいますけど、こんな呪いなら喜んで受けますよ」
「……私も」
シャルロットはもう一度、大樹を見上げた。
「ここに、戻ってこられて、よかった」
「ああ、あなたがシャルロットですか。では改めて審問を行いますので、こちらについてきてもらえますか? 守護精霊様も。あとエリック、お前は上官がお呼びだぞ」
城壁前の長い列の先、順番に入国許可を得た馬車の乗客たちの最後で、シャルロットたちはそう言われた。
「――って、一緒じゃないのかよ」
「本当なら同席してもらいたいんだけど、守護精霊様がいるし問題ないだろ? あと、ルビリファで彼女が拉致されそうになった一件をちょーっと詳しく聞かせてほしいんだと」
「マジか……」
エリックが食い下がったが、審査官をしていた同僚らしき男にそう返されて肩を落とす。
「すみません、シャルロット。すぐに終わらせますので」
「はい」
《大丈夫よ。私が付いているんだし》
頷いたシャルロットに後ろから抱き着いたロゼットが笑う。
「では、こちらへ」
「またねー、シャルロットちゃん」
「皆様、お世話になりました」
用心棒の一行に礼をして別れ、シャルロットはロゼットと共に詰め所の隣にある建物へと入る。
城壁とくっついているそれは、地上五階建ての石造りだった。貴族の屋敷のような華美さはないが、大きな窓から光を取り入れていて明るい。掃除も行き届いていた。
「シャルロットと守護精霊様はこちらです」
「ではシャルロット、また」
途中でエリックと別れ、シャルロットとロゼットは二階の一室に入る。
ティムルン、そしてルビリファの詰め所で取り調べを受けた際に使われた部屋と似たような場所だった。小ぢんまりとした中に机と椅子が置いてある。
「あちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
シャルロットは窓を背に部屋の奥側、審査官がその向かいに座った。
審査官は机の引き出しから羊皮紙とペン、インクの一式を取り出すと、改めてシャルロットを見た。
「まず、俺の名前はライナル。片方しか名前を知らないのはフェアじゃないだろ?」
「お心遣い、痛み入ります。シャルロット・ド・アルヴァリンドと申します。こちらは守護精霊で、私の母であるロゼットです」
《改めて、よろしくお願いします》
シャルロットの後ろに控えていたロゼットも、かしこまって礼をする。
「こちらこそ。……では早速、こちらへ来られた理由と手段――魔法や交通機関ですね――や、エリック魔法憲兵に保護された経緯など、改めてお教えしてもらってもよろしいですか? ロゼットさんが守護精霊になられた経緯も含めて」
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