第31話
「う~……」
「シャルロットちゃん、大丈夫?」
「だ……じょ、じゃ……うぷ」
「あらら、こりゃあ重症だわ」
ラシガムへ向かう馬車の最後部席を陣取って、シャルロットは横たわっていた。鞄を枕代わりにしているその顔色は真っ青だ。頭側にはエリックが、足の方では女性用心棒のカミラとドロシーがいる。
《だから二日酔いに効く薬をもらった方がいいって言ったのに》
「まあまあ。俺が念のためにと貰っておいたものがあります。トイレ休憩の時にでも飲みましょう」
呆れたロゼットや、フォローするエリックの言葉にも返事がない。
頭をぎゅ~っと押さえつけられているような鈍い圧迫感に、馬車の振動に合わせてガンガン鐘を鳴らされるような痛み。加えて鳩尾のあたりで気持ち悪いものがぐるぐると渦巻いている。すでに二回ほど吐いているが、気持ち悪さはいっこうに良くならない。
目を閉じていると気持ち悪いぐるぐるに引っ張られて眩暈を起こすので、横になったまま目を開けている方がマシだった。
昨日の馬宿ではしゃぎ過ぎたのか、乗客たちも心なしか静かである。事実、それは半分当たっていた。二日酔い解消の薬も万能ではないから、あまり大騒ぎせず残った不快感をやり過ごしている。
もう半分は、シャルロットの正体に彼らも驚いたからだ。ただの平民の少女かと思ったら実は実家を飛び出してきたお嬢様だったから、ちょっと遠巻きにしている。平然としているのは用心棒の一行くらいだ。
馬車の速度がゆっくりと遅くなり、やがて止まる。
「ここらでちょっと休憩を取りまーす」
御者の言葉に、乗客たちがぞろぞろと下車する。
「シャルロット、起きられますか?」
「はい、肩に手を回すよ~」
エリックがゆっくりと起こし、カミラに支えられてシャルロットも降りる。
「吐き気はありますか?」
エリックの問いに、小さく首を横に振った。馬車に乗る前に一回、道中で二回ほど吐いてきている。あれで胃の中はすっかり空っぽだった。
「はいじゃあ、薬飲もうね~」
流れるようにカミラがシャルロットの後ろに回り、両腕とお腹をがっちり拘束する。
「え」
「はいシャルロット、口を開けてください」
小さな包みを開いたエリックがそれを突き出す。白い粉薬だと一目でわかり、シャルロットは目と口をぎゅっと噤んで顔をそむけた。
「ありゃ。お薬嫌い?」
横で水筒を開けて構えていたドロシーが訊ねる。シャルロットは小さく頷いた。
「そっかー」
「でも二日酔いをそのままにする方がもっと辛いからね~。はい、あーん」
後ろのカミラがシャルロットの鼻を摘まむ。息苦しさで口を開けたところに、素早く薬と水が放り込まれる。
吐き出そうとする前に口を塞がれた。
「んー!」
「うんうん、苦いね~。早く飲み込んだ方がいいよ~」
「んー!」
《シャーリー、気持ちはわからないでもないけど、あなたのためよ?》
ロゼットが半分呆れながらも促す。シャルロットは首を激しく振ったり、自由な両足をばたつかせて抵抗を試みる。だがカミラの腕はびくともしない。
「はいはい、お薬苦いからちゃんと飲もうね~」
「んー!」
それでもしばらく抵抗していたが、やがて小さく喉が動いた。
全部飲み切ったのを感じて、カミラが拘束を解く。そのままシャルロットはへたり込んだ。
「シャルロット? しっかりしてください」
エリックが背中をさする。シャルロットがゆっくりと顔を上げた。
「…………頭、痛くない」
「二日酔いにてきめんに効く薬だからね。馬宿の常備薬だよ」
そう言いながらドロシーが水筒を差し出してくる。シャルロットはそれをありがたく受け取って、口の中をさっぱりさせた。
「……あの、シャルロットって昔から薬が嫌いだったんですか?」
エリックがこっそりロゼットに訊ねる。
《どうかしら。たしかに苦いから抵抗はしていたけれど、ここまで頑として飲まないなんてことはなかったはずよ》
「……それの原因ですけど、お母様の件がちょっとありまして」
シャルロットがぼそっと言った。
「お母様の病気、どんなお医者様も匙を投げたじゃないですか。ただ弱っていくだけのお母様を前に、なんの処置もしないお医者様を見ていると、不信感が湧いてきまして……」
「ええ? どんな不治の病にかかっていたの?」
ドロシーがあらぬ方向を見ながら問う。おそらくロゼットに訊ねているのだろう。
「シャルロットの母親はこちらですよ?」
エリックが手で示せば、視線は不安定だが顔がちゃんとロゼットの方を向いた。
「彼女の言葉を伝えますが、『原因がわかれば苦労はしません。魔法治癒師であれば、あるいは違ったかもしれませんが』と」
「あー、魔法治癒師かー」
「たしかにそれは考えなかったわ」
「……えっと、魔法治癒師?」
「言葉の通り、魔法を使った医療を生業としている人ですね」
「そういうこともできるんですか?」
シャルロットの言葉にエリックは頷いた。
「その手の才能を持つ精霊が少ないのが、なり手が少ない根本原因ですね。打ち身、切り傷、痣、骨折、果ては瀕死の重傷者をも治せるくらい強力なんです。国内外から引っ張りだこですから」
「わあ……」
シャルロットから感嘆のため息が漏れた。そんな力を持つ精霊がいれば、たしかに我が物にしたいと思うし、抱え込みたい強欲な人はもっといるだろう。
「ま、だいたい魔法治癒師と精霊は一族に一人か二人程度しかいません。精霊が代々受け継がれ、力が弱まる前に先代の魔法治癒師が新たな精霊となって一族を支えます。お役目を全うした精霊は、子孫たちがしっかり役目を受け継いでいるのを確認したら、わりとすぐに〝輪廻の渦〟に向かってしまいます。留まり続けると悪用されかねませんから」
「へ~」
カミラが感心した声を上げると、前方の方からも御者が呼びかけてきた。
「そろそろ出発しま~す。乗ってくださーい」
シャルロットたち乗客はぞろぞろと馬車に乗り込む。
乗り遅れがいないことを確認して、馬車はゆっくりと歩き出した。
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