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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第30話

「は?」


 心の底から信じられない、と言わんばかりの声がそこかしこから上がった。


「え……傍から見てて、そうは思えないんだけど」


 女性用心棒の言葉に、シャルロットは頷いた。


「あの頃には、姿を消す魔法を知っていました。だから、授業以外は姿を消して、誰とも接触していませんでした」


「じゃあ尚更、冤罪じゃないのよ!」


「あー、そうか」


 声を荒らげる用心棒の向かいで、エリックが苦い顔をした。


「アリバイがないから、いくらでも犯行をでっち上げられたのか」


「そうです」


 シャルロットは肯定した。


「おそらく、私の〝いじめ〟はすべて妹の自作自演です。教科書やノートを破り、中庭の噴水に突き落とされたのも、机に……その、かなり人を貶める言葉を書いたのも」


「性格わっるぅ」


「止めなかったの? 私じゃないって」


「人望は妹の方にありましたので。普段から姿を消している私が、今更出てきたところで鼻で笑われたでしょう」


「人望……」


 失笑が漏れる。


「そうまでして人に構われたいとは、妹ちゃんは頑張り屋さんだな」


「はい、それはもう。王太子様と接触するのに必死でしたから」


「ってことは、王太子様に婚約破棄を唆(そそのか)したのも妹ちゃんってことか?」


「きっかけはおそらく。妹と顔を合わせたくないばかりに、消え続けていた私にも問題はあるでしょうけど」


「いやいやいやいや」


 見える範囲で十人ほどが手を振った。


「王宮とか会えるタイミング他にもあっただろ?」


「自分の婚約者が疑われているなら国家権力を使ってでも調べろよ」


「お嬢ちゃんも洗脳されすぎ。『私のことなんて誰も気にしないから』って思いこまされてるだけだぞ? 誰かになにかしら言えるタイミングはあったんじゃないの?」


「いえ……期待してがっかりするくらいなら、最初から言わない方がいいので」


「それが洗脳されてるんだっつーのー!」


「…………シャルロット」


 エリックが静かに言った。


「ラシガムに行ったら、妖精新聞社にタレコミしましょう」


「え?」


「幸い、今あの雑誌はあなたの家のことで持ち切りです。そこに姿を消した本人から詳細な経緯を聞くことができれば、あなたが受けた仕打ちをすべて明るみにできる。あなたを虐げた奴らへの反撃が出来ます」


「そ、それ、国にもダメージが行くのでは……?」


「王太子妃候補の現状はなにかしらの情報網で掴んでいたはずです。知っていながら見過ごしていたなら国も同罪ですよ。今更あの国を憂う必要なんてあなたにはありません」


「…………」


「あなたに魔法使いとしての才能が少しでもなかったら、あなたはおそらくこの世にいなかった。俺が考える最悪のシナリオは、あなたの死そのものをなかったことにして、半年違いの妹を最初から〝長女〟であるかのように仕立て上げることです」


「えっ、そんなことできるの!?」


 女性の素っ頓狂な言葉にエリックが頷く。


「この人の家は侯爵家ですからね。しかも父親はあの国の宰相だ。カネと権力に物を言わせれば可能でしょうよ。……シャルロット。彼らがしたことは立派な虐待であり、殺人未遂です。あなたを殺した一家が、妹を〝長女シャルロット〟に成り代わらせてのうのうと生きる。それをあなたは許せますか!?」


 シャルロットは動かない。エリックを穴が開きそうなほど見つめるだけ。


 エリックも視線を逸らさない。睨むようにシャルロットを見つめるだけ。


「……私は」


 シャルロットの声がかすれる。


「消えろと、言われて、悲しかった。辛かった。苦しかった。寂しかった。怖かった!」


 声がどんどん大きくなる。


「誰かに助けを求めたかった! でもやり方がわからなかった! 本当に打ち明けていいのかわからなかった! 怖かった! 拒絶されたら、本当に私はこの世から必要とされなくなる。必要としてほしい、大事だって、受け止めてくれる人を見つけられなかった!」


 悲鳴にも似た叫びに、誰もが息を飲む。たった十五歳の少女が、己の存在を極限まで否定された生い立ちに、涙がこぼれる。


「あの人たちに仕返しが出来るなら、どんな罰を受ける覚悟でもやってやりたい! 殺すなんて生ぬるい、死を望んでもそれができないくらい追いつめてやりたい! ……でも、そんなことを考える自分が、一番許せない……!」


「だったら、俺が許しますよ」


 エリックが静かに言った。シャルロットが固まる。


「あなたをここまで追い詰めた連中には、正直一言言ってやらなきゃ気が済みません。状況が許されるなら殴ってやりたいですよ。そしてそうする権利はあなたにもある。非難する奴がいるなら言ってやりますよ。ならお前も四六時中消えろと言われてみろと」


「さんせ~い」


 女性の一人が手を挙げた。


「あたしの親もたいがいクズだったけどさ、そういう奴らにはやっぱり体で覚えさせないといけないよね」


「え、待って初耳なんだけど」


「言ってなかったからね~。ふらっと消えたタイミングがあったでしょ? あの時に里帰りしてさ、クソ親どもを一発ぶん殴ってきた。いやあ、スッキリしたね!」


「俺の親はまともだったが、まともだったからこそ、異常なものは見過ごせないな」


 酔っていたはずの用心棒のリーダーも、ゆっくりとした足取りでやってきた。


「お嬢さん。もし実家に乗り込むんだったら、俺たち『青の渡り鳥』が力になる。報酬は後払いで結構だ。というか、君の実家からふんだくる」


「おっ、いいねえ」


「俺たちも参加したい!」


「貴族の屋敷にカチコミとか面白くねえか!?」


「バッカ、んなことしたら俺らが犯罪者だろ!」


「その通り! あくまでも付き添いだ。こちらからは手出ししない。だが、この小さなお嬢さんが俺たちみたいなのを従えていたら、さぞかし驚くだろうな」


 リーダーの言葉に、用心棒パーティをはじめとした面々が笑みを浮かべる。


「なるほど」


「そりゃあたしかに」


「女の子の一人旅は危険だもんなあ」


 悪戯を思いついた悪い顔を、シャルロットは呆然と見つめる。


「……どうして」


「あなたの境遇を知ったからですよ」


 小さな疑問をエリックが拾い上げた。


「ここで出会ったのもなにかの縁です。……ああそうだ、もしも〝その時〟が来たら、妖精新聞を使わせてもらいましょう。きっと本社も賛成してくれます」


「もしそれが難しいようなら、ギルドに手紙を出してくれ。指名料も込みで、護衛を引き受けさせてもらう」


「ありがたい。その時はお願いします」


 エリックとリーダーががっちりと握手を交わしたところで、メンバーの一人が声を上げた。


「よおーっし! お嬢ちゃんのこれからの人生の幸せを願って、乾杯といこうか!」


「「「オオーッ!!」」」


 半ば飲む口実ができて嬉しい客たちが、次々に新しい酒を注文する。


「あんちゃんたちも飲め!」


「だから俺、酒が飲めないんですってば!」


 突き出されたジョッキを丁重にお断りし、エリックはジュースが入ったコップを二つ持ってくる。


「はい、シャルロット」


「……ありがと、ございます」


 シャルロットは大事そうにコップを持つ。


 すでに乾杯の声はあちこちで上がっている。顔も名前も知らないアルヴァリンド家への罵詈雑言や、地味な仕返し方法を大声で語り合っている。


「……お母様」


 シャルロットはそっと呼びかける。


「こんなにたくさんの、初めての人たちが、手伝うって言ってくれました」


《ええ》


「……お城でも、父の目を気にせず、言えば、変わりましたかね……?」


《……どうかしらね。変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない。でもね、私はずっとあなたの味方よ、シャーリー》


 白い腕がシャルロットを抱きしめるように回される。


 それがなによりも嬉しかった。


「……はい」


「さあさあ! 景気づけにもっと飲んで! 食べて!」


 用心棒の腕もシャルロットの方に回される。それに流されるように、シャルロットは目の前の料理に手を伸ばした。


 涙はいつの間にか止まっていた。

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