第3話(王城side)
卒業パーティーから一夜が明けた。
「国王陛下。王妃殿下。フェルディナンド王子とアデル嬢が参られました」
王城の一角にある、王族専用の応接室。そこに入ってきた近衛兵の言葉に二人は目を鋭くさせた。
「アデル? 誰だそれは」
「シャルロット様の妹御だそうです。なんでも今回の話し合いにどうしても彼女の同席が必要とのことで、許可をいただけないかと申されております」
「いらぬ」
国王は雷鳴のような、それでいて静かな一言で斬り捨てた。
「私はフェルディナンドから大切な話があるからと聞いて、こうして時間を設けた。シャルロット嬢の妹だからと言って、部外者を入れるわけにはいかぬ」
「承知いたしました。ではそのように」
近衛兵が礼をして部屋を出る。
部屋の外がかすかに騒がしかったが、しばらくして聞こえなくなった。
そして、ドアが開かれる。
「失礼します、父上」
「かけなさい、フェルディナンド」
「はい」
一礼したフェルディナンドが、国王夫妻の向かいのソファに腰掛ける。
間に鎮座するテーブルには、ティーセットが三脚しか用意されていなかった。そのことに気付いたフェルディナンドがわずかに顔をしかめる。
「それで、昨日の報告したいこととはなんだ?」
国王からの問いかけに、フェルディナンドはハッと顔を上げた。
卒業パーティーの途中、夫妻はフェルディナンドから「報告したいことがあります。時間を作っていただけないでしょうか」と言われていた。
報告というのはできるだけ早い方がいい。だから公務が滞りにくい早朝に時間を作った。
フェルディナンドもそれを理解しているのだろう。彼は頷いて口を開いた。
「はい。単刀直入に申し上げます。私とシャルロットの婚約を解消し、彼女の妹アデルと婚約を結び直させてください!」
――時間が凍ったような沈黙が応接室に下りた。
「フェルディナンド。今、なんと?」
最初に口を開いたのは国王だった。彼は信じられないものを見るような目で息子を見ている。フェルディナンドは同じことをもう一度言った。
「シャルロットとの婚約を解消して、アデルと婚約を結び直させてください!」
「な……にを、言っている? お前……」
王妃が震える声で言うが、フェルディナンドはそれを無視した。
「父上もお判りでしょう! この婚約はもう破綻しているのです!」
「……っ」
国王夫妻の顔が歪む。その反応を見てフェルディナンドはさらに言葉を重ねた。
「シャルロットは私に王族として、貴族としての模範を求めました。それは次代の王として必要なのは私もわかります。しかしその言葉とは裏腹に、彼女は貴族として、いえ人としてあるまじき行為に手を染めていました。自分の妹を家でも学園でも苛め抜き、挙句殺そうとしたのです。そんな人を国母にしていいわけがありません! 逆にアデルは、姉からの暴力に健気に耐え、そのままの私を求めてくれた。愛を教えてくれた。人を人とも思わない冷血な者を王族に迎え入れるわけにはまいりません。私はアデルと共に幸せになり、この国を繁栄に導いて見せます!」
啖呵を切ったフェルディナンドの、荒い息だけが響く。
「…………そうか」
長い沈黙の末、国王は項垂れるように頷いた。
「わかった」
フェルディナンドがぱあっと顔を輝かせた。
「お前は廃嫡とする。そのアデルとやらと幸せになれ」
だが、続いて出てきた言葉に青ざめる。
「父上、なぜですか!?」
「卒業パーティーという一大行事に、公衆の面前で婚約破棄をしでかした先祖がどれほどいると思っている」
国王の言葉にフェルディナントも言葉を詰まらせる。
王妃が嘆かわしい、と言いたげに首を振った。
「初代王太子殿から始まり、数世代置きに繰り広げられてきたことは、嫁入りしてきた歴代の王妃も周知。もちろんシャルロット嬢もご存知よ」
「な、ならば止めてくださればよかったでしょう!」
「止めてどうにかなったのか?」
国王のいるような視線に、フェルディナンドはまた言葉を詰まらせる。そんな彼に心底呆れた国王は目を伏せた。
「恋は盲目とはよく言ったものだ。まさか私の代でこんな茶番劇を経験しようとは」
ここに嘲笑や侮蔑の感情があれば、フェルディナンドの感情もまた違ったものになったかもしれない。しかし国王から読み取れたのはただただ呆ればかり。
アデルとの愛を馬鹿にされたような気がして、フェルディナンドは拳を握り締めた。
「お言葉ですが、父上。私とアデルは真実の愛によって結ばれております。かつての応じた血とは違います」
「そうか。ならば好きにしなさい」
「そうさせてもらいます」
フェルディナンドは立ち上がった。
そのまま去ろうとする背中へ、国王は呼びかける。
「猶予を持って、十日は待ってやる。その間に王城を去りなさい」
「はい」
フェルディナンドは慇懃に礼をして応接室を後にした。
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