第26話
「え、とうぞ……ムグッ」
口を滑らせそうになったシャルロットの口をエリックが慌てて塞ぐ。すぐに口を塞いだこと、そこまで大きな声ではなかったことから、他の客には気付かれなかった。
エリックはそのまま小声でどこかに呼びかける。
「魔法憲兵のエリックです。盗賊の排除、撃退、馬車の護衛を志願する方はいらっしゃいますか?」
《はいはーい、ここにいまーす》
四方八方から返事が来た。
《契約するよー、とりあえず臨時でいい?》
《索敵は僕にお任せ!》
《おしゃべりに夢中になってて全っ然聞いちゃくれねえんだもん。ヒヤヒヤしたぜ》
「それについては本当にすみません。先着順、五人まで臨時契約を行います」
《よっしゃ!》
誰が言ったのか、それを皮切りにエリックへ精霊たちの手が伸びた。
《アストライアよ、よろしく!》
《イグノーツだ!》
《ウォルグって呼んでくれ!》
《エレノアよ!》
《オリバーだ、よろしくな!》
瞬く間に五枚の羊皮紙が空中に広がり、それぞれの名を記して消えていく。惜しくも契約できなかった精霊たちが悔しがる。
《ああー! 惜しい!》
《ちくしょう、出遅れた!》
《ねえねえ、魔法は使えないけどそいつら探してきていい?》
「大歓迎です。お願いします」
《ィヤッホウ!》
エリックが頷いたのを見て、契約しそびれた精霊たちが馬車から飛び出していった。
シャルロットが緩んでいる手をそっと外す。
「あの、エリックさん。さっき排除や撃退って言いましたよね。捕縛はしないのですか?」
「それは俺たちの仕事じゃありません。他に馬車の護衛を務めている人たちの仕事ですね。捕まえて馬宿にいる憲兵に突き出せば追加の報酬が貰えますから。……というか、フレイジーユにいた時は盗賊に襲われなかったんですか?」
エリックに訊ねられ、シャルロットは記憶を掘り起こす。
「…………。そういえば、ありませんでした」
《見るからに人が少ないしお金もなさそうだったから、襲わなかったんじゃない?》
「そうですか」
と答えつつ、エリックは怪しんでいた。
シャルロットの姿が見えなくても、馬車そのものが見えなくなったわけではない。同乗者に金持ちらしき人がいれば遠慮なく襲うだろう。
(そもそも、未契約の状態で精霊が力を発揮できるっていうのも前代未聞なんだ。ただの親子なわけがないはずだ)
《おーいエリック。連中見つけたぞ》
思考の海に沈みかけたエリックは、偵察から帰ってきた精霊たちの言葉にハッと我に返った。
「ありがとうございます。どうでした?」
《どうやらこの先の死角になっているカーブで襲うらしい》
《盗賊はぜんぶで十人程度。追跡用に二人残して、他の人たちはカーブの先で待ち伏せに向かったわ》
「なるほど、ありがとうございます」
精霊たちに礼を言って、エリックは御者台へと向かった。御者台には他に護衛らしい人が二人いる。
「御者さん、すみません。このままお話してもいいですか?」
「なんだ、お客さん。トイレか?」
「いいえ。この先で盗賊が待ち伏せしています」
「はっ……?」
三人の顔が強張った。御者が手綱を思わず引きそうになって、寸でのところで留まる。
「あんた、何者だ?」
「こういう者です」
疑わしそうな目をした護衛二人にバッジを見せる。火、水、風、土を示す紋章を四方に配置するそれは、魔法憲兵しか身に着けられないものだ。
「まっ……!」
「馬鹿喋るな!」
大声を出しそうになった護衛を、もう一人が殴って黙らせる。かなり痛そうな音がした。
呻く仲間を無視してエリックに訊ねる。
「情報は集まっているのか?」
「はい。この先のカーブで待ち伏せしています。数はおよそ十人。二人ほど、こちらの監視のため追跡しています」
「こちらの守護に回せる精霊は?」
「俺が契約した五人と、もう一人についている精霊の計六人。姿を消して攪乱させることができます」
「そいつは頼もしい」
護衛が獰猛に笑った。
「おい、後ろの方にも知らせてやれ」
「おう。……ったく、手加減しろよな」
殴られた護衛がぶつくさ文句を言いながら馬車の後方に行く。
「じゃあ、カーブに差し掛かったところでゆっくり消えるのは?」
「できるかと思います。難しそうなら、曲がり切る前に光で相手の目を眩ませます」
それを聞いた御者が、前を向いたまま言った。
「光はやめてください。うちの馬がびっくりしちゃいます」
「なら閃光はナシで。どっちにしろ守護壁みたいなやつは欲しいな」
「臨時契約した精霊たちに頼みます。盗賊の逃げ道もついでに塞ぐので、捕縛はお任せします」
「ほんっと、魔法使いがいると助かるぜ」
後ろに話を伝えに行った仲間が戻ってくる。
「では、よろしくお願いします」
「おう。連中の相手は任せろ」
エリックは礼をして自分の席に戻った。
《どうだった?》
「皆さんは馬車を守るように壁を作ってください。得意な属性で構いません。それとロゼットさん、カーブに差し掛かったタイミングでゆっくりと馬車が消えるように魔法をかけられませんか?」
《できないことはないわ。シャーリーもいい?》
「は、はい」
《じゃあ、ちょっと席を外すわね》
ロゼットがふわりと馬車の先頭まで飛ぶ。
馬が一瞬ぎょっとしたように歩調を乱す。
「どー、どー」
御者が宥めている間に、ロゼットは馬の額を指先でちょんと撫でた。
続いて手綱、御者台、客車の屋根を撫でる。指先を起点に光の粒子が波紋のように広がった。車輪まで粒子に覆われたのはわずか十秒。
やがて馬車はカーブに入る。
馬が一歩進むごとに、馬車の輪郭がぼやける。
また一歩。影が薄くなる。
さらに一歩。向こうの景色が一瞬見える。
「ん……?」
森の中から監視していた盗賊たちが目を細める。
見間違いかと思うような些細な変化。
「んんん?」
気付いた時にはもう遅い。
「あ、え?」
馬車が、消えた。
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