第21話
「速達で頼む。料金は二倍出す」
《弾むねえ。火急の用事なら任せろ。じゃ、手紙は預かったぜ!》
手紙の刺繍が施された帽子をかぶった精霊が、自分の肩掛け鞄にエリックから受け取った手紙と代金を入れる。そして敬礼のような仕草をすると、鳥よりも早く飛んでいった。
「ああいう人もいるんですね」
「各国を飛ぶ配達人の精霊はいますからね。タイミングが合えば、こうしてすぐに回収に来てくれるんですよ」
《働き者よねえ。私の性には合わないわ》
海に面した通路で、三人そろって手すりにもたれる。港町ティムルンを出てからすっかり遠かった陸地が、水平線から少しずつ近付いてきていた。
「港まで、あとどのくらいでしたっけ?」
「あと半日ほどでしょうね。お昼は港で食べましょう。ルビリファという街ですが、こちらも海鮮を使った料理があるんですよね。その後、午後から出発する馬車がありますので、そこからまた一ヵ月の旅です」
「そうですか」
「……名残惜しいですか?」
「少し」
シャルロットは手すりから顔を出して、船が出す白波を目で追う。
「もうちょっと海を見ていたいな、って。あと、美味しいご飯をいっぱいもらったので、お腹が空かないか心配です」
「……少なくとも飢える心配はありませんよ」
(馬車でも同じくらい出るから! 荷物削減で一日二食くらいだけど、十分満足いくご飯が出るから!)
エリックは心の声を大にして叫びたかったが、周りの迷惑になるのでやめた。あと、こっちのメンタルを削った仕返しの意味もちょっとある。ロゼットは透明な体でシャルロットをぎゅーっと抱きしめていた。
当初の予定通り、船は半日して港町ルビリファに到着した。
シャルロットとエリックが下船して真っ先に向かったのは、店――ではなくベンチだ。
「…………」
「シャルロット嬢、大丈夫ですか?」
「はい……」
返事はあるが、今にも死にそうな声だった。
長い船旅を経験すると、三半規管が船の揺れに適応してくる。船に乗っている間はそれで過ごせるのだが、下船後に問題が発生する。
船の揺れに適応した三半規管が、今度は陸の静かな状態に適応できない。常に体が上下左右に揺られている不快感に襲われ、めまいや嘔吐といった症状が出てくる。
俗にいう陸酔いだった。
《お医者さんを探してくる?》
見かねたロゼットが進言してくれるが、シャルロットは首を横に振った。
「動くより……じっとしていたいです……」
「下手に動くよりはマシかなあ」
エリックも難しい顔になる。
ちなみに、陸酔いに悩まされているのはシャルロットだけではない。船上でパフォーマンスしていた大道芸人や、小さな子どもたちもベンチでぐったりしている。船着き場の近くにベンチが大量に置かれているのは、そうした理由からだろう。
「ちょっと飲み物を買ってくる。ロゼットさん、お願いします」
《任せて》
小声でロゼットにシャルロットを頼み、エリックは近くの店に走った。さっぱりしたものがあれば気分も少しは良くなる。
《私も旅をしていた時は、よく船酔いにも陸酔いにも悩まされていたわ。シャーリーは馬車に強そうだけど、念のために酔い止めの薬を買っておいてもいいかもしれないわね》
そんなものがあるのか。訊ねたかったが、シャルロットにはそれだけの体力もなかった。
行儀悪くベンチにもたれかかって、港の景色を見る。遠くの波や行き交う船を見ていれば多少は気が紛れた。
「お待たせ」
声がした。が、聞き慣れないもの。いつの間にか男が二人、シャルロットの近くに立っていた。
「さ、行こうか」
どこへ、と訊ねる前に手を引かれる。まだ動きたくなくて、シャルロットは引っ張られた手を引き返した。
掴まれている手首がぎゅっと握りしめられる。
「……っ」
痛い、と言う体力もない。
《シャーリー、叫んで!》
ロゼットが鋭く言う。そんな元気ない。
《こいつら人攫いよ、早く! なんでもいい!》
切羽詰まった声に、陸酔いで濁る思考がようやく事態を理解する。
「こら、わがまま言わない」
男たちはさも知り合いであるかのように一方的に喋る。
「船の出航までもう時間がないんだ。駄々をこねない」
ぐいっ、と力強く引っ張られた。足に力が入らなくて膝から崩れ落ちる。
「おいおい、大丈夫か?」
もう一人の男が、シャルロットを気遣うように額に手を当てる。熱い。
「すごい熱だ。船の医者に診てもらおう」
「そうか、そうだな」
手を引いた男がシャルロットを抱え上げる。二人が早足でベンチから去る。
《シャーリー!!》
ロゼットが悲鳴を上げた。
《お願い、なにか言って!!》
(なにか……)
シャルロットは考える。まだ世界はぐるぐるしているし、この男たちが誰なのかもわからない。エリックはどこへ行ってしまったのだろう。
人攫いに攫われたら、どこへ連れていかれるのだろう。攫うと言うくらいだから、どこかで売られるのだろうか。
正直、どこでもいいけれど。
(あんなに、良くしてくれたエリックさんと、別れるのは……なんか、嫌だ)
シャルロットの目に、泣きそうな顔で縋るロゼットが映る。
精霊は、魔法使いの呼びかけで初めて力を発揮できる。
そして守護精霊は、守護対象者を守る存在。
「ぉ……か、さま」
シャルロットは喉を震わせた。
「たす、けて」
小さな、小さな、そばにいた男たちにすら届かない声。
それを聞き入れたロゼットから、港を包むほどのまばゆい光がほとばしった。
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