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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第20話

《……なにをしているの? エリック魔法憲兵》

 ロゼットが静かに問いかける。声が震え、髪が大きくうねる。視界の端で、コントロールしきれない光の粒が明滅した。

「直接危害を加えるつもりはありません。ただのテストです」

 エリックは振り返らずに答えた。それから、ぽかんとこちらを見上げるシャルロットへ呼びかける。

「シャルロット嬢、今この状態で、俺に対して抵抗してみてください」

「…………。抵抗?」

 シャルロットは困ったように視線を彷徨わせた後、エリックに聞き返した。

「はい。なんでもいいです。これでも鍛えているんで、ある程度のことは受け流せます。怪我のことはお気になさらず」

「いえ、あの、そういう問題ではなく……。抵抗って、どうするんですか? やってどうなるんですか?」

 エリックが大きく目を見開いた。後ろからビリビリ感じていた、ロゼットの殺気も消え失せる。

 シャルロットの視点からは、驚愕の表情を浮かべる二人が見えていた。

《えーと……シャーリー? あなた、こいつが暴漢だったら、それはそれはひどい目に遭っているんだけど?》

「ひどい目……殴られるとか?」

《それもあるけど、それよりもっとひどい目よ……》

 ロゼットの言葉にシャルロットはきょとんとしている。まったくもってピンと来ていない。

 エリックはシャルロットを起こしながら、何度目かもわからない頭痛に悩まされた。

「幼児だ。完全に幼児だ」

 心の声が漏れてしまう。

「逃げたい一心で、必死に周りに合わせていたのか……? いや違う。コミュニケーション能力が壊滅的に低いんだ、これ」

 姿を消し続けていたということは、誰とも交流していない時間が圧倒的に多かった。知り合いの一人や二人でもいれば、会話の中で自然と知り、身につくものがある。だがシャルロットにはそれがなかったのだ。必要最低限すら放棄し、息を殺してこれ以上自分が傷つかないよう守っていた。

 消え(死な)ないよう、生命の最後のボーダーラインを死守していた。

「地獄じゃないか」

 いったいどれほどの時間を、一人で歩んできたのか。およそ侯爵令嬢が過ごすとは思えない環境に、憤りすら起こらない。

 エリックの胸に浮かぶのは、同情と、憐れみと、それをはるかに上回る庇護欲。

「エリックさん?」

 起こされたシャルロットは心配そうにエリックの顔を覗き込んでいる。

 エリックはかぶりを振ると、シャルロットの肩をしっかりと掴んだ。

 目を合わせる。どこかぼんやりした瞳に自分の姿が映った。

「シャルロット嬢、あなたが学ばなければいけないことが増えました」

「なんでしょうか」

「生き方です。一人の人間として、あなたはしっかりと立ち、生きていかなければいけない」

「それも教えてくれるのですか?」

「俺一人では限界があります。だからロゼットさんの他にも、ラシガムで大勢に協力を仰ぎます。俺の家族や、あなたの親族、場合によってはカウンセラーなどの専門家も動員します」

「そ、そんなに?」

 列挙された名前にシャルロットがたじろぐ。せいぜい二~三人程度だと思っていたが、この調子では数十人規模にまで膨れ上がりそうである。

「当たり前です。十何年もされなかった教育を一気に詰め込むんですから。ロゼットさん、シャルロット嬢を頼みます。俺は手紙を出しますので」

《わかったわ》

 ロゼットが頷き、シャルロットが引き渡される。

 テーブルに便箋を広げたエリックの邪魔にならないよう、二段ベッドを出してそちらに避難する。

「……あの、お母様」

 シャルロットが小声でロゼットに訊ねる。

「私、そんなに変ですか?」

《変よ》

 即答された。

《もうね、あいつらに何度雷を落としてやろうかと思ったことか。シャーリーが姿を消すことに一点集中してくれたおかげで、あいつら生きていられたようなものなんだから。〝ルビーの夜〟の再演が出来そうな気がしたわ》

「そ、それはやめてください」

〝ルビーの夜〟なんか起こした日には処刑一直線である。シャルロットの目的は、あくまでも安全に国を脱出し、自由に生きることだったのだから。

《冗談よ》

 ロゼットはおどけるように笑った。

《でもね、それくらいの覚悟を私は持っていたの。あなたの身を守れるなら、私は王族にだって喧嘩を売るわ》

「それは、できればやめてほしいです。お母様を犯罪者にしたくないです」

《あら、黙ってあの会場を抜けてくる前から、ちょこちょこ一緒に盗んでいたじゃない》

「それとこれとは別です。王家に喧嘩を売るとか、私の寿命が縮んでしまいます」

《それは困るわね。じゃあやめとこうかしら》

 ロゼットの言葉にシャルロットは安堵する。本当に心臓に悪いし、さっきのエリックのデモンストレーションで怒りが爆発しそうだったのだ。仮に王家と喧嘩になったら、冗談抜きで〝ルビーの夜〟の再来になる。

「ところで、お母様」

 シャルロットは居住まいを正して、この十年決してできなかったことを口にした。

「昔に聞かせてくれた、『妖精たちのティーパーティー』を、もう一度聞かせてもらってもいいですか?」

 ロゼットは目を見開く。それはロゼットが生前、幼いシャルロットに言って聞かせた物語の一編だった。

《……ええ、いいわよ》

 震える声を咳払いで誤魔化して、手の平を上にして前に出す。

 手の平からふわりと光の玉が現れ、それが透明な羽を持つ妖精たちをかたどる。

《ここは、世界のどこかにあるかもしれない妖精たちの隠れ里。今日は月に一度、スミレの丘で開かれるお茶会の日です――》

 ラシガムでは有名な絵本の一編。ロゼットはそれを光魔法で動く絵として再現した。くるくると動く妖精たちに、シャルロットは幼子のように目を輝かせて見入る。

 テーブルの方で(はな)をすする音がしたのにも気付かなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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