第19話
客室に戻るまでの道すがら、エリックは教えてくれた。
「妖精新聞は、魔法使いたちが書く新聞です。精霊たちと協力してネタを集め、それを不定期に発行します。世界各国に支社が置かれていて、多くの国ではゴシップ紙として扱われています」
「ゴシップ、ですか」
「そう。どこそこの店が急に繁盛した秘密とか、貴族のファッションにまつわるトレンド、それから誰かの黒い噂とか」
「その黒い噂が、今回はアルヴァリンド家だった」
「そうです」
客室に着いた。中に入ると、すかさずロゼットが明かりを灯してくれた。
「ありがとうございます、ロゼットさん」
《お安い御用よ。それよりその侯爵家の記事を見せて》
「はいはい」
ロゼットに急かされて、エリックは新聞を広げる。国内外の情報をまとめた文字だけの新聞と違い、妖精新聞は絵物語のようにふんだんに絵が散りばめられていた。
「ありました。ここですね」
エリックが何枚かページをめくり、該当箇所を指さす。
『明かされる横暴』
『アルヴァリンド侯爵家、没落の兆しか』
『長女シャルロットの失踪との関係性は!?』
見出しに大きく書かれた文字。興味を煽るために、文字の向きが斜めにされ、硬いフォントが使用されている。
本文に目を通してみれば、頭痛を誘われるような内容が飛び込んできた。
『王国宰相ウォーゲン・ド・アルヴァリンド侯爵家は今、空前の混乱の中にある。王太子妃候補であった長女シャルロット・ド・アルヴァリンドが失踪し、決死の捜索が日夜行われているのだ。その姿を見た者がほとんどいないことから、シャルロット嬢は〝影の姫〟と呼ばれていた。卒業した学園の関係者によれば、授業態度は真面目、成績も常に上位三位から落ちたことはない才女とのこと。しかし交友関係はほぼないに等しく、失踪当夜の卒業パーティーでその姿を見たのが初めてだという者も少なくなかった。
王太子フェルディナンド(現在は廃嫡されているとのこと)から婚約破棄を言い渡されたショックで失踪したと思われているが、どうやらそれだけではないらしい。侯爵家に勤めていた元使用人複数名から話を聞くことができた。
「お嬢様(侯爵家次女A嬢)から、毎日言葉の暴力を受けておりました。使えない、とかクズ、とか。二言目には必ず『消えろ』と言われていました。それが日常のようで、誰も助けてくれません」(元使用人A氏)
「侯爵家に仕えるのは、貴族にとっても光栄なことです。私のような男爵家の者ならなおさら。……ですが、無理でした。次女のA嬢は舌の根が乾かないうちにあれこれ要望が変わって、それに対応できないと物を投げられます。最後は『消えろ』と言われまして……。心が折れて、暇をちょうだいしました」(元使用人B氏)
調べたところ、アルヴァリンド侯爵家は使用人の入れ替わりが激しいことがわかった。A嬢の気まぐれだけが解雇や退職の理由ではないだろうが、平民向けの求人広告も破格の内容で出回っている。人手不足にあえぐ理由はなんなのか。
※この話題はシリーズとしてお送りする予定です。続報をお待ちください』
「…………」
「これは、また……」
《あ~らら、手ひどくやられているわね》
シャルロットは頭を抱え、エリックは絶句。ロゼットは空中で楽しそうに笑っていた。
《シャーリーがされたことまではさすがに追えないでしょうけど、学園でもやらかしていたことを突き止められたら、侯爵家としては危ないでしょうね》
「えっ、なにをやらかしたんですか」
《シャーリーとあの子、生まれが半年くらいしか違わないのよ。だから同じ学年の同じクラスにいることも可能よ。シャーリーは学園でもアデルに色々と言われるのが嫌で、授業以外は姿を消していたの。それをいいことに、あっちはあることないこと言いふらして――まあ、自分がやったことをシャーリーがやっているかのように吹聴しただけなんだけど――味方を作っちゃってね。ああ、今思い出しても腹が立つ。屋根裏部屋に追いやったのもドレスを剥いで自分のものにしたのもあんたでしょうがっ》
ロゼットの髪が激しく波打つ。精霊は感情が昂ると体の一部や服、時には周囲に変化をもたらすが、彼女の場合は髪に出るようだ。
エリックは隣に座るシャルロットを見やる。
「……あなたは、戦わなかったのですか?」
「え?」
シャルロットがきょとんとエリックを見つめ返す。
「抗議しなかったんですか。誰かに実情を訴えたり、相談したり、それこそあなたは元王太子の婚約者だ。王家の醜聞になりえることを野放しにするとは思えない。戦わないにしても、誰かに助けを求めることはしなかったんですか?」
「…………」
シャルロットは目を伏せた。
「……学園は、アデルの味方でした。私を呼び出したのも、一方的に説教をするためです。王家は、妃教育の他に、たまに王妃様のお茶会に招かれました。困ったことがあったら言ってね、とは言われましたが。あくまで社交辞令です」
「……ご母堂の意見としては?」
《他の貴族を招いている手前、社交辞令の形をとるしかなかった感じね。二人きりの時間を作ってもらえたら、色々と手を打てたでしょうけど……》
本人が助けを求めなかったせいで、周りが手を出せなくなった。その間にアデルは増長し、シャルロットを糾弾する土台は完成してしまった。
「……ってなると、いざという時の行動力も鍛えなきゃいけないのか」
エリックは頭を掻く。隣でシャルロットは首をかしげた。
「行動力なら、もうあると思いますけど。現に今逃亡中ですし」
「それとは別の行動力。たとえばだけど」
エリックはシャルロットに向き直る。その細い肩を掴むと、
「?」
ゆっくりと、滑るように床へ押し倒した。
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