第17話(王都side)
「――ってなわけで、そのまま裏口から逃げてきたの」
「うっわー……」
「ひどすぎ」
「ヤダよー、貴族怖いよー」
飲食店の前に並べられた立ち飲み用のテーブルを囲む四人の少女。そこに突っ伏しているのが一人と、彼女の話を聞いてドン引きしているのが三人だ。テーブルに突っ伏しているのは、つい先日アルヴァリンド侯爵家から逃げてきたエレナだ。
「美味しい話にはワケがあるとは思ってたけど、あんなところもう二度といたくない。お金より命優先」
「あんたが三日でここまで病むって相当だよ?」
少女の一人が労わるように頭を撫でる。エレナは「ありがとー……」と力なく答えるだけだ。
「アルヴァリンド侯爵って、有名なところだよね? 新聞にも載ってた気がするんだけど」
「そうそう。えーっと、なんだっけ?」
「王国宰相ですよ。国のナンバー2です」
「あっ、そうだ」
「政治のことでよく名前が出てたっけ。……え?」
四人が一斉に、第五の声の方を見やる。
背の高い優男風の人物が立っていた。
「「「「ひぇっ!?」」」」
テーブルを挟んで優男の反対側にザッと集まる。
「あちゃあ、怖がらせちゃいましたか」
困ったように言っている割には楽しんでいるようだ。
「なっ、なんっ、だっ……!?」
「すみません、そんなに警戒しないでください。急に声をかけたこちらの不手際ですので。あああ、店員さんも憲兵を呼ばないで! 大丈夫! なにもしてないから!」
胡乱気な顔をする店員を優男が慌てて止める。若い女性に声をかける男という時点で怪しさ満載なのだが。
エレナたちがこの隙にそっと離れようとしたら、優男が急にこっちを向いた。
「お嬢さん方も待って! さっきの話を詳しく聞きたいの! 僕、こういう者だから!」
ジャケットの裏から慌ててなにかを取り出し、それをエレナたちに突き付ける。
手の平に納まるほど小さな紙には文字が記されていた。
「セルファス……えっと、新聞?」
「新聞記者だよ。小規模だけど」
優男は一息ついて、エレナたちに向き直った。
「改めて、僕は『妖精新聞』の記者セルファス。アルヴァリンド侯爵家のお話、興味深いから聞かせてもらえないかな?」
◆ ◆ ◆
「今帰った!」
玄関を開けるなり、ウォーゲン・ド・アルヴァリンド侯爵は声を荒らげた。
執事のジョンや使用人たちが慌てて出迎える。
「おかえりなさいませ、旦那様。いかがなさいましたか?」
「ジゼルとアデルはどこだ!」
ジョンの言葉にかぶせてウォーゲンが怒鳴る。
「お嬢様はお部屋でお休みになっています。奥方様はただいまお茶会に出席して――」
「今すぐ連れてこい! ジゼルは連れ戻せ!」
「そんなに怒らないでくださる?」
ウォーゲンの背後から、苛立たし気な声が飛んできた。
お茶会に出ていたはずのジゼル・ド・アルヴァリンド侯爵夫人だ。使用人たちが再び礼を執る。
「奥方様、おかえりなさいませ」
「ただいま。で? なにを怒っているの?」
「こいつを見ろ!」
ウォーゲンは手にしていたものを叩きつけた。ジゼルはさらに眉間にしわを寄せる。
「なにこれ、文字ばっかりで読めないわ。誰か読んでちょうだい」
適当に投げ渡された使用人がざっと目を通し、気になる箇所を読み上げた。
「妖精新聞……? アルヴァリンド侯爵家、没落の兆しか……!? 長女シャルロットの失踪との関係性は!? 旦那様、なんですかこれ!?」
「ゴシップ新聞だ」
ウォーゲンは吐き捨てた。
「解雇された元使用人から話を聞いたのだろう。アレのことまで取り上げられている。まったく、ハイエナは鼻が利く」
「ああ、なるほど。それでお茶会が妙な空気だったのね」
ジゼルもどこか納得したように、しかし苛立ちを隠さないで頷く。
「その新聞とやらを読んだのでしょうね。まったく、居心地が悪いったらなかったわ」
「そこにアデルのしたことが事細かに書かれている。ジョン」
「はい」
「私が不在の間、人事権はお前に一任していたな」
「左様でございます」
「なぜ平民を雇った? 最低でも男爵家であろう」
「恐れながら旦那様、貴族出身の使用人はいくら募集しても集まりません」
「なんだと?」
ウォーゲンがじろりと睨む。ジョンはそれに臆せず答えた。
「集まりそうな人材はすべて集まり、そして解雇されました。皆この家の暮らしについていけなかったと申しております」
「それで平民を雇ったか……」
ウォーゲンがそれきり黙る。
「もうよろしくて? そろそろ着替えたいの」
ジゼルはそう言って、返事も待たずに部屋へ向かった。彼女付きの侍女が慌てて後を追う。
「お父様、お呼びですかあ?」
入れ違いにやってきたのはアデルだ。あくびを噛み殺す彼女は、本当にさっきまで寝ていたのだろう。いいご身分だ。
ウォーゲンは彼女を睨むようにして問いかけた。
「アデル、私が不在の間、使用人にきつく当たったのは事実か?」
「え? そんなことするわけありません。躾のなっていない使用人にちょっとお仕置きしただけですよお」
アデルは父親の目力に気付いていないのか、首を振って答える。
「……仕置きか。割れたカップを拾おうとした手を何度も踏みつけるのが仕置きか」
くつりとウォーゲンが笑う。アデルはそんな父の様子がおかしいことにようやく気付いて、首をかしげた。
「お父様?」
「お前たち、しばらく領地で療養しろ」
ウォーゲンは言い放った。
「はあ!?」
「拒否権はないぞ。三日以内に荷物をまとめろ」
「なんでなのお父様!? 嫌よ、あんな田舎臭いところ!」
キンキンと喚くアデルを無視し、ウォーゲンは私室に向かう。新聞を持った使用人たちも、息を殺してその場から離れる。
「悪いのは使用人じゃない! なんであたしが引きこもんなきゃいけないの!? 誰もお茶会に誘ってくれないし! 商人だって来てくれない! なんなのよもおおおおおおおおっっ!!」
アデルの叫びに応える者は、誰もいなかった。
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