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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第15話

「落ち着きましたか?」

「……はい。ありがとうございます」

 シャルロットはエリックが差し出してくれたハンカチを受け取る。声は驚くほどかすれていた。

「どうです? まだご母堂の姿は見えていますか?」

 エリックはそれに触れずに別のことを訊ねる。それがありがたかった。

 シャルロットは改めて正面を見る。

「……はい」

 シャルロットの正面、ローテーブルの上に母ロゼットはいた。

 ――いや、それ以外にも、なんか大勢いた。

《おめでとう!》

《やっと見えたね!》

《初めまして娘さん! わたしたちのことも見えてる?》

《あんな馬鹿王子との婚約、破棄して正解よ!》

《泣いて縋ってきたら見ものよねー》

「ひぇ」

 ロゼットと同じようにぼんやりとした輪郭の女性たちが大挙して押し寄せる。口々にいろいろなことを言ってきて、シャルロットは目を白黒させた。

 慌てて周囲を見てみると、ロゼットたちよりぼんやりした姿の精霊もいる。いわゆるゴーストのように曖昧な人もいれば、綿雲のような姿の人もいる。

 一言でいえばカオスだった。

 パンッ!!

 破裂音のようなものが鼓膜を震わせた。シャルロットが飛び上がった拍子に、精霊たちの姿が消える。ピントがズレたのだ。

「失礼。他の方々も見えていたようだったので、強制的に閉じさせてもらいました」

 エリックが飄々と言う。

「いえ……助かりました」

 シャルロットは目を泳がせながら答えた。

 エリックは椅子に座り直して彼女を見る。

「ですが、これで精霊を認識できました。あとは、必要な時に必要な方々とコンタクトを取る、取捨選択の訓練です」

「一度見えただけで、もうそこまで行くのですか?」

「はい。見えるまでが大変ですので。一度体が感覚を覚えてしまえば、あとは調整だけで済むんです。試しに、こちらにいるご母堂をもう一度見てみますか?」

「……はい」

 エリックに促され、シャルロットはもう一度正面を見る。

「イメージとしては、先ほどいた大勢の中から、彼女だけを切り取るのです。多くのものが配置された絵の中から、好きなものだけをピックアップするイメージが近いでしょうか」

 説明を聞きながら、頭の中で思い描く。

 たくさんの精霊たち。その中から、母ロゼットだけを切り出す。

 目の前に、またぼんやりと輪郭が浮かぶ。

 淡いそれがはっきりと浮かび上がって形作られる。

「お母様……」

《シャーリー、私の声が聞こえる?》

 ロゼットの問いにシャルロットは頷く。他の精霊たちは見えない。成功のようだ。

「すごい」

 エリックから感嘆の言葉が零れ落ちた。

「この訓練、慣れるのに時間がかかるんです。やっぱり才能があったのかな……?」

《そういうのは今、いいでしょう?》

 ぶつぶつ言い始めたエリックをロゼットが苦笑する。

 ロゼットはシャルロットと向かい合うように、ローテーブルの向こう側で座る格好になる。

《今まで、本当に大変だったわね。この姿になってから手伝えることは少なかったけれど、あの家から逃げられたのは幸運よ。これ以上あなたが傷つく必要はない。これからは存分に自分の意思で選んだ道を歩きなさい。私も手伝うわ》

「俺も協力しますよ」

 シャルロットはロゼットを見つめ、次いでエリックに視線を送る。

 それぞれが柔らかい笑顔で自分を見つめ返してくれる。

 それがたまらなく嬉しかった。

「……はい」

 シャルロットは絞り出すような声で頷いた。

「となると、シャルロットとご母堂で契約する必要がありますね」

「契約、ですか?」

「そう難しいことではありません。ご母堂のお立場は、他の精霊たちとはちょっと異なります。迂闊に他の人に名前を呼ばれたら、今のようにおそばにいられにくくなります。その説明は後でします。今は、ご母堂のお名前を呼んでください。それが契約となります」

「意外と簡単なのですね」

「名前というのは、個人を示す唯一絶対の記号です。精霊ともなればその力はより一層強くなります。ですから精霊は簡単に名前を明かしませんし、魔法使いもその名を口にしません。初めて互いの名前を呼ぶときは、契約の時です」

 思った以上に重要な役割を持っていた。

(そっか。だからさっき、名乗った人がいなかったんだ)

 あのカオスな精霊集団を見た時は驚きが勝っていたが、誰一人として自分の名前は出さなかった。エリックが今もロゼットのことを「ご母堂」と呼んでいるのも、敬称であると同時に契約を交わさないための措置だったのだ。

《シャーリー……シャルロット》

 ロゼットが名前を呼ぶ。

《これからも、一緒にいさせて》

「……はい」

 シャルロットは頷く。

「お願いします……ロゼットお母様」

 刹那、二人の胸元から淡い光が溢れ出た。

 それは二人の間で一つとなり、一枚の羊皮紙のような形をとる。ゆったりと回るそれの両面に同じ文言が綴られていく。

 ――魔法使いシャルロット、および精霊ロゼット、両名の契約をここに締結する。

 シンプルな一文。そして二人の名前。

 空中の羊皮紙が止まると、それはゆるりと解けて二人の胸元へと戻っていく。

「これで、契約は完了です」

 エリックが言った。

「改めて、守護精霊ロゼット、これからもよろしくお願いします」

《こちらこそ、よろしくね》

 ロゼットが頷く。

 シャルロットはびっくりしていて動けなかった。

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