第14話
「封印って……そんなことをしたら、自分を含めてすべての魔法が使えなくなるのでは?」
「そうまでして手に入れたかったんだよ。ラシガムじゃ有名な昔話だ」
エリックがページをめくる。
「ページの都合でだいぶ端折っているから、気になったら図書館で借りてみるといいよ」
〝かつて世界には強欲な魔法使いがいた。彼は一度手に入れたいと思ったものは、どんなことをしてでも手に入れたい性分だった。ある日彼は、原初の精霊に恋をした。原初の精霊は強欲な魔法使いの告白を、友愛として受け入れた。強欲な魔法使いはそれだけでは満足できなかった。ついには原初の精霊を封印しようとした。しかしそれは他の良き魔法使いたちによって阻止され、強欲な魔法使いは虚に封じられた。〟
「この虚とは、牢屋のようなものですか?」
「そう。死ぬまで絶対に出られない監獄。今も現役だよ」
「へえ……」
食い入るように見つめるシャルロットの目の前で、エリックはページを戻す。
「あっ」
「はい、休憩はおしまい。精霊を見る訓練に戻るよ」
「はい……」
どこかしょんぼりしながら、シャルロットは再び虚空を睨んだ。その正面に移動したロゼットが悲しそうに笑う。
《自分がそこに収監されるって思っているのでしょうね。フォローしてあげて》
エリックは頷いた。
「言っておきますけど、虚に収監されるのは魔法を悪用した大犯罪者だけですからね。シャルロット嬢のところだと……〝ルビーの夜〟を起こした魔法使いですね」
「あの規模ですか?」
シャルロットが驚いてエリックを見た。
「ご存じで?」
「歴史書に載っています。婚約破棄された怒りで王都を滅ぼしかけたと。平民と貴族を合わせて、一万人以上が犠牲になったと」
ちなみに当時の王都の人口が約三万人である。エリックは再び頷いた。
「シャルロット嬢は、盗みや無断宿泊程度です。虚に収監されませんよ」
「そうですか……」
シャルロットがまたしょんぼりする。
エリックはロゼットと目配せをした。
予感はしていたが、シャルロットには希死念慮に似た感情がある。
死への行動こそないが、隠蔽魔法の極め方からしてかなり危うい状態だ。ずっと存在を否定され続けてきた彼女の想いが、いつ希死念慮に振り切れるかわからない。
一刻も早く母親の存在を認識してもらわなければ。
「シャルロット嬢」
エリックは強硬手段に出た。
「ご母堂のことは覚えておりますか?」
「……? はい」
シャルロットは首をかしげつつ頷く。
「あなたの向かいに、その姿をイメージすることはできますか?」
「…………」
シャルロットは言われるがまま、自分の正面を見つめた。
精霊の存在認識は、イメージとの合致でもある。だから思考が凝り固まっていない幼少期のうちから訓練することで、柔軟な思考のまま精霊を認識できるのだ。
不定形をイメージすれば、個の意思が薄れてきた古き精霊とコンタクトが取れる。そこから少しずつ、人の形を意識していくことで、より意思疎通が図りやすい新しい精霊を認識できる。
しかしシャルロットにとって、精霊とは〝目に見えない存在〟だった。だから古き精霊すら認識できなかった。
それを覆すには、母親であるロゼットの姿を想起させるのが一番いい。
シャルロットの目が虚空を睨む。
(お母様……)
物心ついた時には病に臥せっていた。でも、限りある時間を使ってシャルロットに魔法を教えてくれた。
母は光の魔法が得意だった。カーテンを閉め切って部屋を暗くし、そこで光を紡いでさまざまな物語を見せてくれた。
王子様とお姫様がドラゴンを倒す話や、花畑に咲く花たちの珍騒動、合唱コンクールに励むカエルたち……。光でかたどられた登場人物たちにシャルロットは目を輝かせ、同じものや新しい話をせがんだ。
あの優しい母の顔を、姿を、忘れたことはない。
(でもどうして)
と、思った時だった。
目の前の空間がぼやける。
それは少しずつ人間のような輪郭を得る。
うねるものを見た。
まばたきをする。
錯覚ではない。うねりは束だ。長い髪の毛が悠然と揺れる。
ゆらぐ景色に、背景とは違う色が宿る。
シャルロットと同じ赤い髪。寝間着に似たワンピース。
――忘れようがない、その顔。
「……お、かあ、……さま?」
喉が張り付いて上手く喋れない。
けれどその声は、相手に確かに届いた。
《シャーリー》
身を乗り出して、ロゼットはその腕で娘を包む。
《会いたかった》
シャルロットから、喉を引き裂くような泣き声がほとばしった。
8月に頑張りすぎたので、次回からさらに不定期になります。よろしくお願いします。
できれば週一で投稿したいです・・・。
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