第13話
「むぅー……」
甲板の手すりに寄りかかり、シャルロットは難しい顔をする。
「どうです? 目の前で守護精霊様が手を振っているの、わかりますか?」
「……わかりません」
シャルロットはがっくりと項垂れた。エリックも頭を掻く。
「隠蔽魔法は本当に執念と感覚で習得していたんですね……」
長くなりそうだ、とエリックはひとりごちた。
海路と陸路、合わせて二ヶ月かかる長旅。その時間を無駄にしないよう、シャルロットはエリックから稽古をつけてもらっていた。
ラシガムで教育を受ける方針は変わらないが、基礎ができているかどうかは今後の目安にもなる。
この二ヶ月の間に基礎が出来上がれば、魔法教育もスムーズに進む。逆に基礎で躓けば長期戦を覚悟しなければならなかった。
というわけで、ラシガムの書を教本として――そもそもこの本は後進への教本である――シャルロットは講義を受けていた。
先ほどまでやっていたのは、魔法を使う前提である、精霊を探知する力の習得だ。これができなければそもそも魔法が使えない。シャルロットが隠蔽魔法を使えていたのは、見かねたロゼットの手助けによるものだった。
「しばらく見ていて思いましたけど、シャルロットはいわゆる頭でっかちなタイプですか?」
エリックが本を睨みながら言う。今は休憩時間としていた。
「頭でっかちかはわかりませんが、座学は得意でした」
シャルロットは答えた。本を読むのは好きだ。知らない世界が広がっていて、それを一つ一つ理解していくのが楽しかった。見て覚えるよりも読んで覚える方が、たしかに頭に入りやすい。
「だとしたら、ちょっと相性が悪いですね」
エリックはページをめくる。
「精霊探知は、感覚によるものが大きいんですよ。普段は目に見えないものを知覚しなくちゃいけませんから。理論が先行すると余計に見えにくくなるジレンマが起こるんですよ」
「それ、魔法使いとして致命的じゃありませんか?」
「ですのでラシガムでは、理論が先行しにくい幼少期から精霊探知の訓練を行っているんです」
ただし、それでも苦手な子どもはいる。そういう子のための救済措置も、ラシガムの書には載っていた。
「あった。二百八十一ページを開いてください」
エリックが示したページと同じ場所を開く。
「精霊たちがいるのは、俺たちがいる世界とちょっとズレた場所なんだ。そうだな……。そこのランプをじっと見ている時、周りは見えているけどぼやけているだろう? そのぼやけたところに精霊たちがいるんだ。精霊たちを見るのは、ランプを見つつぼやけたところにピントを合わせるような作業なんだ」
「無茶苦茶なことを言っていません?」
「でも実際、そういう作業なんだよ。精霊の姿を見るっていうのは。あと慣れると精霊の姿を見たり見なかったりが自動でできるから便利」
「それはそれでどうなんでしょう……?」
「精霊がいる世界って、こっちに比べると数倍は賑やかだからさ。適度に切り替えないと疲れちゃうんだよ」
そういうものなのか。
シャルロットは開いてあるページを改めて読んだ。
〝精霊とは通常、原初の精霊の眷属を指す。原初の精霊はすべてを司り、人間に魔法という叡智を分け与えた偉大な存在である。今日の魔法使いたちは、彼の者の眷属である精霊を通じて、原初の精霊の力を借りている……〟
つまり魔法とは、精霊自身の力ではない。精霊を経由して人間は魔法を使う。
「あの、なぜ原初の精霊様から直接力を借りないのですか? そちらの方が手っ取り早い気がしますけれど」
シャルロットが訊ねると、エリックは苦笑した。
「あー、それね……。次のページにも書いてあるんだけどさ。昔、強欲な魔法使いが原初の精霊様を自分のものにしたくて封印しそうになったんだよね」
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