第12話(モンバートンside)
「あ、そのお嬢ちゃんだったら今朝の船に乗ってったよ」
ヒューバートの言葉に、駐在所に押しかけた兵士たちは目が点になった。
時刻は夕方。夜勤への引き継ぎを終えて帰ろうかという頃合いだった。
「…………。すまない、聞き間違いか? 今朝の船に乗っていったと聞こえたんだが」
「うん、言った。魔法犯罪者としてラシガムに護送されてったよ」
「なぜ止めなかった!!」
机を叩き割る勢いで拳が振り下ろされる。周りの衛兵が飛び上がる中、ヒューバートは肩をすくめた。
「なぜって、魔法使いによる魔法の悪用は重罪ですよ。その処罰の一切はラシガムが受け持ちます。常識ですよね?」
「だが相手は王太子妃だ! こちらで身柄を保護する必要がある!」
「王太子妃である以前に魔法使いですよ。順番を間違えないでいただきたい」
両者は一歩も引かない。五対一で睨みあっているはずだが、同等かヒューバートの方が上のような風格がある。
やがて舌打ちと共に引いたのは兵士の方だった。
「ちっ……このことはラシガムに厳重に抗議させていただく!」
「どうぞ。お帰りはあちらになります」
慇懃に掌で指し示すと、兵士たちは肩を怒らせて詰め所を出て行った。
ドアが閉められ、足音が遠ざかったのを確認して、衛兵たちはヒューバートに駆け寄る。
「ヒューバートさん、ありがとうございます!」
「俺たちじゃ正直どうしようもなかった!」
「君たちはこの国の人間だからね。王室の近衛隊に来られたら強く出られないだろ」
魔法憲兵はラシガムから派遣される。だから基本的に各国の法に従うが、国民ではない。
ラシガム国外における魔法の看視者。それ故に、間違いを犯した魔法使いを誰よりも早く取り締まる必要がある。間違っても他国に身柄を横取りされるわけにはいかなかった。
特に今回は紙一重だった。シャルロットの身分は王太子妃。エリックの引き継ぎ資料では婚約破棄に伴い王太子妃の身分も剥奪されたはずだったが、王家内あるいはシャルロットとの間で齟齬が生じている。
普通の魔法使いなら穏便に身柄が引き渡されただろうが、王太子妃ともなると一筋縄ではいかない。「超特急で来てくれ」というエリックの要望に応えて正解だった。
「面白いことになるだろうな」
引き継ぎ一日目でこんなことになったのだ。エリックとシャルロットに待ち受ける波乱を予感して、ヒューバートは笑みを浮かべた。
近衛隊隊長室で続報を待っていたモンバートンは、早便で届けられた手紙を握り潰した。
「ラシガムへ……!」
まずいことになった。
王都内にいることも視野に、近衛隊を四つに分けて各地に派遣した。人の足ならかなり遅い。馬車を使ってもそれぞれの終点に辿り着くまで一週間はかかる。道中で聞き込みもしてきたから遅くなるのは予感していたが、よりにもよってラシガムに送られた後とは!
魔法大国ラシガムはすべての魔法使いにとっての祖国だ。たとえ犯罪者であろうと、手厚くもてなされて更生をはかられる。その体制が世界を巻き込んで整っている。
魔法犯罪ということは、シャルロットが姿を消した魔法と関係があるのだろう。
だがそれこそフレイジーユ王国には関係なかった。国がさらに発展、繁栄するには、どうしてもシャルロットが必要なのだ。
「陛下へ謁見の申し入れを」
モンバートンは待機していた部下にそう命じた。
「それから、各地に派遣した部下たちに帰還命令を」
「なぜですか?」
「ラシガムへ送られた以上、小手先の戦法は通用しない」
部下へ答えると同時に手紙をしたためる。
「陛下の名代として、私がラシガムへ赴きシャルロット嬢を奪還する」
手紙にはラシガムへの抗議が、一読ではそうとわからない美辞麗句で綴られていた。
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