第10話
「ラシガムに護送……? 教育? なぜですか?」
「まず、ラシガム国内での犯罪行為があった場合、専用の囚人施設に移送される。そこでの労働が刑罰かな。あと魔法の一切を禁止する刺青を入れられる」
エリックはそこで一度言葉を切った。
「でも、君はラシガム国外で生まれ育った人間だ。しかも魔法に関する教育も扱いも中途半端。そういう人はラシガムで再教育を受けさせるよう、法で定められているんだよ。フレイジーユ王国内の法典にも記載されている」
「では、私はラシガムで魔法を教わった後、刑罰を受けると?」
「それは違うな。ラシガムでの再教育そのものが更生方法……刑罰の代わりなんだよ。ラシガムから出られなかったり、出られたとしても監視や魔法の制限といった厳しい条件が付くとか、そういう足枷はつくけどね」
「なるほど」
魔法大国ラシガム。そこに閉じ込められるのは、シャルロットとしては不本意ではない。王都の外で初めての田園風景や海を見られただけでも儲けものだろう。欲を言えばもうちょっといろいろなところを見て回りたかったが。
「わかりました。いつごろ送られるのですか?」
「早ければ三日後には手配が出来るけど……。君、本当に抵抗しないんだね。もっと言葉や暴力を尽くしたりするものだと思っていたけど」
「抵抗しても悪印象を残すだけですから」
「あ、そう……」
無抵抗すぎてかえって不気味だ。
「じゃあ、しばらくは留置所にいてもらうね。食事は朝と夜しか出ないけど……」
「え、二食も出るんですか?」
「え?」
面食らって訊き返してしまう。それからふと思いついて付け加える。
「……内容としては、パンとスープだけなんだけれど」
「そんなに豪華なものを貰っていいんですか!?」
エリックは天井を仰いだ。
「……ねえ、君のお父さんぶん殴っていい?」
「駄目です、憲兵さんが捕まってしまいます」
◆ ◆ ◆
――三日後。
エリックがシャルロットを護送するにあたり、ティムルンに新しい魔法憲兵が来た。
「ラシガムより派遣されました、魔法憲兵のヒューバートです。……エリック、大丈夫か?」
「あー、うん……ちょっと寝不足」
「一日くらいズラしていかなくていいのか?」
「移動中は寝てるだけだし、この子も本当に大人しかったから大丈夫だろ、たぶん」
「たぶんって……」
ヒューバートが胡乱気な眼差しでエリックとシャルロットを見る。
「この子が例の?」
「そう。とりあえず実家に手紙を送っておいた。本国に着いたらダメ押しで王家に同じものを送る」
「おう……その、頑張れよ」
「おう」
エリックはヒューバートに頷き返し、シャルロットに手を差し出す。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
手を取り、歩き出す。
ヒューバートには二人の姿が、まるで迷子とそれを導いている大人のように見えた。
魔法大国ラシガムは、フレイジーユ王国とは海を挟んだ先にある。
およそ一ヵ月の船旅の後は、馬車を乗り継いでまた一ヵ月かけなければ辿り着けない。
シャルロットとエリックに用意された客室は個室だった。壁に内蔵できる二段仕様のベッドがあり、そこで体を休めることができる。
窓はないので海は見えないが、甲板に上がれば水平線を一望できた。
「どうですか? シャルロット」
エリックが声をかける。二ヶ月の長旅の中、互いをどう呼ぶか考えた末に「シャルロット」「エリックさん」で落ち着いたのだ。
「潮風が気持ちいいです」
シャルロットはふわりと笑った。
「あと、地面……床? が揺れているのも新鮮です」
「船旅は酔いやすいですからね。気持ち悪くなったら遠慮なく言ってください」
「はい」
甲板の手すりを掴んだまま、シャルロットは左手首を撫でる。
そこには留置所に入る前に着けられた銀色の腕輪があった。ラシガム謹製の、魔法封じの腕輪である。これによりシャルロットは魔法が一切使えなくなった。不具合の確認も兼ねて、飛んでみたり姿を消そうとして見たが、まったくできなかった。
「ん?」
シャルロットが甲板の方を見た。
甲板の奥の方から、弦楽器の音が聞こえる。
「乗り合わせた吟遊詩人の即興詩のようですね。聞きますか?」
「いいんですか?」
「逃亡さえしなければ、特に制限はありませんよ」
「ありがとうございます」
シャルロットが礼をして、人だかりの方に向かう。
エリックはその後をついていきながら、彼女の左肩を見た。
エリックがシャルロットを捕まえる前からずっといる者。
それは振り向いて、エリックに隣へ来るよう手招きする。
(――守護精霊ロゼット)
心の内で呟く。
(俺はあなたとも、時間をかけて話したい)
ロゼットはにこりと笑い、娘の隣で吟遊詩人の歌を聞いていた。
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