第1話
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「アルヴァリンド侯爵令嬢シャルロット! 妹アデルへの数々の嫌がらせおよび殺人未遂、とうてい見過ごせない! ここで婚約破棄を宣言させてもらう!」
貴族の子女が通う貴族学園の卒業パーティー。
王城の大広間を貸し切って行われた一大行事の最中、王太子フェルディナンドの大声が響いた。
賑やかに談笑していた生徒たちは、水を打ったように静まり返る。
会場の中心にいたのは三人の男女。一人は王太子フェルディナンド。彼の正面に立つのは、時代遅れのドレスを着た少女。そしてもう一人は、フェルディナンドに密着している少女であった。
「……婚約破棄の件、了承いたしました」
時代遅れのドレスを着た少女――シャルロットは、感情のない声で承諾する。同時に行われたカーテシーは、ただの古着がアンティークの気品を感じさせるような優雅さだった。生徒の何人かが感嘆のため息を漏らす。
「時に、王太子殿下。一つお伺いしたいことがございます」
「なんだ、弁明なら聞いてやる」
「弁明ではございませんが、殿下は私のこと、消えてほしいと思っていらっしゃいますか?」
シャルロットの問いに、フェルディナンドは嘲るように鼻で笑った。
「ハッ、そんなことか。そうだな。お前さえいなければ、私はアデルと婚約し、こんなくだらない茶番をせずに済んだのだからな」
「左様でございますか」
シャルロットが頷く。
「では、そのように」
次の瞬間。
まるで彼女の存在だけが切り取られたかのように、忽然と姿が消えた。
「……は?」
「……お姉さま?」
フェルディナンドや、彼に庇われている少女――アデルがぽかんと口を開ける。
周りの生徒たちはもちろん、いつでも駆けつけられるよう構えていた兵士たちでさえ戸惑っている。
「シャルロット……? おい、シャルロット! 悪い冗談はよせ! どこに消えた!?」
フェルディナンドが叫んでも、誰もなにも返さない。
不気味なほどの沈黙が会場を包んだ。
それを打ち破ったのは、誰かの入場を告げるラッパの音だった。
「国王陛下、ならびに王妃殿下、ご入場です!!」
力強いラッパの音と共に扉が開かれる。
会場にいた全員が最敬礼を執った。
手を取り合い、ゆっくりと会場に入るのはこの国の国王夫妻。二人はすぐに会場の雰囲気に気付くと、正面にいるフェルディナンドたちへ近づいた。
「フェルディナンド。卒業おめでとう」
「ありがとうございます、父上」
「そちらにいるのはどなた? シャルロット嬢はどこ?」
「それは……」
「姉は、風邪で臥せっております!」
フェルディナンドが言い淀んだ横で、すかさずアデルが口を開いた。
同時に、うっかり顔を上げてしまった彼女と国王夫妻の目が合う。
汚らしいものを見るような目つきに、アデルは一瞬怯む。
「……発言を許可した覚えはないぞ、娘よ」
「…………」
「も、申し訳ありません、父上」
フェルディナンドが慌ててアデルの頭を下げさせる。
「こちらはシャルロットの妹、アデル。彼女はシャルロットの名代としてこのパーティーに参加しております」
「あら。そのような話は聞いていないわ」
「パーティーの直前、急に熱を出して倒れたそうです。その穴埋めとして、アデルが参列しました」
「そう」
王妃は冷ややかな視線をアデルの頭に向ける。
「お嬢さん、パーティーは楽しい?」
「……はい」
「そう。楽しんでいってね」
王妃はそう言って、国王に目配せをする。
「皆、楽にしてくれ。……諸君、卒業おめでとう。これで貴殿らも、晴れて正式に貴族の一員だ。今後とも我が国を共に支えてほしい。今日は無礼講だ。好きにしなさい」
国王の言葉に、固唾を呑んで見守っていた生徒たちから緊張がほぐれていく。
楽隊が楽し気なワルツを流す。ほとんどの生徒が婚約者と共に踊り出す。
「フェルディナンド様、私たちも……」
国王夫妻が貴賓席に向かうのを見送って、アデルはフェルディナンドをダンスに誘う。
しかし彼は首を横に振った。
「いや、父上にちょっと話してくる。ここで待っていてくれ」
「え……」
アデルが引き止める間もなく、フェルディナンドは貴賓席に向かっていった。
壁の花と化したアデルは、誰にも聞こえないよう小さく舌打ちする。
「……くそが」
やっぱりあいつは疫病神だ。
「姿を消せるなら、最初から消えてればよかったのに」
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