とある魔女の愉悦
今日も魔女のもとには願いを叶えてもらう為に足を運んだ人間がいたが、どうにも雲行きが怪しい。
「で?あんた、結局何をあたしに叶えてもらおうって?」
「私は妻への気持ちが募るばかりだが、どうやら妻は私の事を愛していないようで」
「それで?」
「妻がどう思っているかだけでも教えてほしい」
お茶を運びに来た使い魔は遠い目をした。
どうか自分の主人の怒りを通り越した呆れを感じ取ってほしいと。
そして自分の胸に手を当てて聞いてみてほしいと。
「そうかい、どう思っているかそんなに知りたいなら教えてやる」
願いを叶えてもらえると相手はぱっと表情が明るくなるが、魔女から漏れ出す魔力と悪辣な笑みに打って変わって青ざめた。
「あんたの妻はあんたの事なんざこれっぽっちも愛していないよ。何でかはよぉくわかっているね?」
「それは……」
「そりゃそうだねぇ?いきなり結婚初日にお前の事なんざ愛さないなんて戯言をほざいてくる旦那なんか誰が好きになるってのかね?」
「その……」
「で?一緒に暮らしていくうちに妻が好きになったって?そこらへんで鼻垂らしてる子供の方が上手に恋愛をするさ」
見えない言葉の剣でどんどん斬られている気がするが使い魔は見て見ぬ振りをした。
「そもそもちゃんと言葉にしているのかい?手土産の1つでも持って行ったりは?まさか妻の好物を知らないなんて事ないだろうね?」
「……」
魔女は深いため息をついてしっしっと手で払う。
「話にならん。今日からでもご機嫌取りをしな。まぁそれで気持ちが返って来る保証はないけどね」
心なしかここに来る前よりくたびれた感じがする来訪者は魔女に対価は何かと聞いてきたが、魔女の答えは1つである。
「あんたがあたしの目の前からすぐさま消えてくれる事が対価だよ」
願い事は玉石混交である。魔女の中では先程の願い事ははずれもはずれ、大はずれで記憶からすぐ消した。
だがたまに自然と続きを促してしまうような願い事を携えた来訪者もいるからやめられないのだ。
何も言わずともお茶のおかわりを淹れてくれた使い魔は優秀で、たまに褒める時もあるがその時は何を企んでいるのかという訝しげな表情をするので失礼な話である。
「あんた、思わずあたしが叶えたくなるような願いを持っている奴を探してきな」
また始まったと言わんばかりに使い魔はやれやれと魔女を諭す。
「ご主人様、無茶を言わないでください。私にはあなた様のように人を見極める力はございません」
「冗談の通じない使い魔だね」
はいはいと聞き流して使い魔は他の仕事に移っていった。
魔女が使い魔をからかって遊んでから少し経った時、別の来訪者が現れた。
おや珍しい、と魔女はじっとその来訪者を見つめる。
「高名な魔女がいると聞き、突然であるのは失礼を承知の上で参りました。どうか話だけでも聞いていただきたいのです」
「エルフがここに来たのはいつぶりかねぇ。どうやらのっぴきならない事情がありそうだ。聞かせな」
――魔女にとっての愉悦の時間はこれからも続いていく。
【完】