或る少女の願い事 前編
「魔女さま。わたしに魔法を教えてください」
控えめなノックの後に入って来た少女は開口一番、魔女に願い事をした。
年の頃は10歳くらいだろうか。表面上どこにでもいそうな子供だが、まとう雰囲気と目が彼女の異常さを物語っている。
少女から伝わってくるのは悲哀、悔恨、寂寥……中でも一番強いのは怨恨。
魔女を見ているようで全く別のなにかを見ている瞳は暗澹としており、深い闇が渦巻いている。
「なぜ?」
「家族を殺した人たちに復讐するためです」
やはりか、と魔女は眉根を寄せる。
復讐などするななどお奇麗な事を言うつもりはないが、その末路は悲惨なものであるのがほとんどだ。
それをこの子供はわかっているのだろうか。
「あんた、復讐の先に待つのは地獄だよ」
忠告くらいはしてやるつもりで魔女が脅すように言うが、少女は表情1つ変えなかった。
「あの人たちを先に地獄に送ってから私も後を追います」
少女の覚悟は揺るがないと見て、魔女は経緯を訊いた。
少女は別の国に住むごく平凡な少女だった。
両親と姉の4人家族で仲が良く、家は小さな店を営んでおり姉と一緒に店の手伝いをするのが日課だった。
ある日姉の左手の甲に紋章のような痣が浮かび上がり、何かの病気ではないかと薬師に診てもらうが体はどこにも異常は無く病の気配は無い。
薬師からは紋章のような形をしているのであれば呪術の可能性を考えた方がいいと言われ、教会に行き痣を見せると司祭は目を見開いた。
司祭が言うにはその痣は女神様の祝福であり、姉は聖女に選ばれたのだと。
そこからは怒涛の日々だった。
少女の姉は聖女として振舞うように教育を受ける為家族と離れて暮らす事になり、大好きな姉と引きはがされた少女は寂しさでいっぱいだった。
こっそり姉に会いに行こうとしたがばれてしまい教会側から接触禁止だときつく言われ、近くにすら行けなくなってしまう。
唯一手紙のやり取りだけは許されたので姉からの手紙を両親と共に心待ちにしていた。
姉は教育を受けながら国と民の為に聖女として慈善事業に赴き、薬師でも治せない病を祝福の力で治していた。
体が心配だったが、両親も少女も姉に会う事は禁止されている為手紙から読み取る事しかできない。
姉が聖女に選ばれてから3年が経過した日、王太子の婚約者の令嬢に姉と同じ痣が浮かび上がった。
どういうことだと教会内では混乱が起こる。
聖女が2人という前例は無く、どちらかが欺いているのではと姉と令嬢に疑いの目が向けられる。
令嬢を深く愛している王太子は少女の姉が偽物であると決めつけ、本来ならば姉を守る立場にあるはずの教会も権力に屈して令嬢の痣が本物かどうか見極めもせず、姉を見放した。
姉に救われた人々は姉こそが本物の聖女であると訴えていたが、その声を王家も教会も聞き入れる事は無く、姉は『聖女を騙る悪女』の烙印を押された。
女神信仰が根強いこの国では女神やその祝福を受けた聖女の名を騙る事は重罪であるとされている。
姉と、加担したとされる両親は極刑、少女は国外追放に処された。
お前の家族の贖罪を見届けろと少女は拘束されたまま処刑場に連れていかれ、娘への謝罪を言い続ける両親はやつれた顔で久しぶりに会えた姉は絶望しきった顔のまま少女の目の前で生涯を閉じた。