或る青年の願い事
良い茶葉が手に入ったとご機嫌な魔女がお茶の時間を過ごしていると、来訪者の気配を察知する。
「今日の願い事は何だろうね」
入室を許可し、少しの時間を有して入って来た来訪者は魔女にぎこちない礼を執る。
「し、失礼します。魔女様、僕はロビンと申します。どうか魔女様に願いを叶えていただきたく、参りました」
「別に取って食いやしないんだからいちいち緊張なんざするんじゃないよ」
見たところ内気そうな雰囲気だし今も石化しそうなくらいがちがちに固まっている。
面倒なので魔法で強引に座らせてお茶を1杯飲ませてやった。
「すみません……いざ魔女様にお会いするとなると緊張が一気に押し寄せてきまして。扉の前で深呼吸もしたのですが」
「落ち着いたのならさっさと願い事を言いな」
魔女に言われ、ロビンは背筋を伸ばし魔女をまっすぐ見つめて口を開いた。
「魔女様、お願いです。とある方の僕への恋心を消してください」
誰かと恋仲にしてほしい、という願いは嫌というほど耳にしてきたがその逆は永く生きてきた魔女でも初めてである。
「あんた、そいつが嫌いなのかい?」
「いいえ!僕も、僕だってその方をお慕いしています。でも、僕はその方には婚約者と幸せになってもらいたいのです」
「あんたはそれでいいんだね?」
ロビンは全てを悟ったように微笑む。
「僕にとって一番は自分の恋の成就より、あの方の幸せです」
「わかったよ。じゃあここに魔法陣を描いた紙があるから、そいつの事を思い浮かべながら手の平を置きな」
ロビンはいつの間にか現れていた紙に驚いたが、魔女の指示通りに強く思い浮かべながら手の平を置く。
魔女が呪文を唱えだすと、手の平を置いた部分が温かくなってきた。
頭に直接魔女が手をどかせと指示してきたので紙から手を離すと、光と共に美しく輝く宝石が現れる。
それはあの方が好む花の形をしており、ロビンの瞳が自然に潤む。
「これがあんたの思い人のあんたへの思いの形さ」
見ているだけで幸せで、胸が締め付けられる。
彼の目からは涙が次から次へと溢れ、宝石をそっと触らぬように手で包み込んだ。
自分はこんなにあの方に思ってもらえていたのかと、ロビンは感謝の気持ちでいっぱいだった。
あの方は身分を気にしない方で、屋敷で働く下男の自分をよく気にかけてくれた。
奴隷だった自分を救ってくれて、働く場所まで与えてくれた。
一生をかけて恩返しをしようと読み書き計算を覚え、がむしゃらに働いた。
ある日あの方からそっと渡された文に愛の言葉が綴られていた。
ロビンも同じ気持ちだったが、それを返す事は無い。
あの方には縁談が持ち上がっており、他の従者の話ではとてもいい話らしく、断る事なんて無いだろうと。
下男の自分ではどう頑張ってもあの方を幸せになどできない。
ロビンはもらった文にどうか縁談を受けて幸せになってほしいと返事した。
「魔女様、どうかこの思いの宝石を壊してください」
ロビンの気持ちに揺るぎがない事を確認すると魔女は宝石を握り、魔力を流し込む。
その瞬間、宝石は砕け散り、光の粒となって消えていった。
「あんたの願いはこれで叶ったよ」
「魔女様……ありがとうございます。これで僕に思い遺す事はありません。最後に魔女様にお礼がしたいのですが、生憎金品は持っていないので僕にできることならなんでもやります」
魔女はふむと考え、ロビンに対価を要求した。
「じゃああんた、あたしの使い魔になりな」
あの方に返事をした後ロビンは流行り病で命を落としており、幽体になってもその思いの強さは変わらず、あの方が自分に縛られる事が無くなるように魔女のもとへ訪れた。
今では使い魔として魔女に日々こきつかわれている。
風の噂ではあの方は結婚し、幸せな日々を過ごしているらしい。
ロビンはそれを聞いて安心し、自分の中の思いは昇華されていった。
使い魔お手製のお茶とお菓子を楽しみながら魔女は問う。
「あんた、次はあの菓子を作れるようになっただろうね?」
「勿論です、ご主人様。前の主も好きなものでしたのでお作り出来ます」
その答えに魔女は満足そうにフン、とわらった。