或る令嬢の願い事 前編
その国には強大な力を持つ魔女がいる。
いつからどのような経緯でこの国に来たのかは誰も知らない。
だが、王家には先祖代々『魔女に害を為す事はしてはならない』と言い伝えられており、更には王族以上に尊貴な存在として扱うようにと初代の王が記したとされる手記が遺されている。
彼女がいる事で他国への牽制にもなるし、魔女の存在は国にとっては当たり前となっていた。
魔女は王都のはずれにある深い森に居を構え、自由気ままに住んでいる。
彼女の元へ行けば願い事を1つだけ叶えてくれるらしい、との噂を聞きつけた者が魔女に願い事をする為に来訪するが、成功した者はほぼいない。
つまらない願い事など聞く気は無いと否応なしに森の外に放り出され、もう一度行こうとしても二度と魔女の家に辿り着く事ができないからである。
逆を言えば、魔女の興味を惹いたのであればその願いは叶えてくれるのだが。
扉の叩き金の音がして、豪奢な長椅子でくつろいでいた魔女はちらりと視線を寄越す。
「入りな」
魔女から許可が下り、入って来たのは見たところ育ちの良さそうな、恐らくどこかの令嬢だった。
彼女は魔女に対して礼を執る。
「あんた、名は?」
「ごきげんよう、魔女様。突然の訪問どうかお許しください。わたくし、レティ・ルーデントと申します」
彼女の名前を聞いて魔女は片眉を上げた。
「ルーデント……?ああ、闇魔法を使えるからと王家から汚れ仕事を任されているところだね」
「まあ!魔女様に名を知っていただけているなんて恐悦至極に存じますわ」
レティは魔女を恍惚の表情で見つめる。
「とにかくそこの椅子に座りな。ここに来たということは何かあたしに叶えてもらいたい事があるんだろ?」
「ええ、偉大なる魔女様にしか頼めぬ事なのでございます」
「言っとくけど、あたしの気分に乗らない願いだったらすぐ追い出すからね」
「承知しておりますわ」
「そうかい、ならさっさと言いな」
魔女の素っ気ない態度にも全く怯まず、微笑みを浮かべながら願い事を口にする。
「魔女様、わたくしの願いは〝ある方に取りついた異物を取り除いていただく″事でございます」
「へぇ?……詳しく聞かせな」
爵位を上げてほしいだの誰それと恋仲にしてほしいだの興に乗らない願い事ばかりで飽き飽きしていた魔女は久しぶりに退屈しないで済みそうだと、レティに話の続きを促した。