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ドラグ・ミミック・ルーペ

あたしちゃんってば

超幸福【ハッピー】なの♪

幸せと幸せの相互作用

理解と理解の下位互換

分かり合えない幸せを感じてる


あらゆる生命体においての王

夜の支配者があたしちゃん

鬼で人間じゃないばけものというもの

あたしちゃんの言語じゃないから

理解はきみに任せるね


繰り返して繰り返して

無意味に無駄に返っても

気づいて何かするのが

ニンゲンなんでしょう?


何もしない、何も考えない

そんなのはニンゲンじゃない

あたしちゃんと同じってこと。


きみはどう?

きみはほんもの?



 僕は繰り返す。

 同じ動作を繰り返す。

 ひたすらに、無心に。

「で、お前は何やってんだ」

「やぁ不りょ……じゃなくてクロ。いい朝だね」

 と、そんな至って重要な作業をしている僕に話しかけたのは不良、ではなく、親友のクロだ。学園共通の制服にケープをはおっており、本人いわくヒーローマントのイメージらしい。そんな五歳児じみた愛らしい感性を持ちながらも、その容姿は悪側に近い。

 鋭い目つきと八重歯にかきあげポニーテール。耳元には漆黒の宝玉のピアスを揺らしている。だが安心してほしい、襟足は伸ばしてないし、まだまだ一五の口の悪い、ヤンキーぽいカッコつけ野郎だ。

「おいてめぇ、今すげー失礼なこと考えただろ?」

「うん」

 考えてたっていうよりかは、名も知らない読者に説明ならぬ描写をしていた。

「うん!?!?はぁぁ…………ったくこいつは否定しねぇんだよな」

 素直に答えただけなのにそんな大声で叫んで、そっちのほうが失礼だと思うな。しかもわざとらしい大きい溜息。幸せも二酸化炭素もまとめて吐いたら、世界にもクロにも二重損だよ。

「親友に嘘はつきたくないからね」

「いけしゃあしゃあとこいつは…………」

「あはは、頭が痛いな」

 クロが頭をぐりぐりとしてきた。

 物理的にも精神的にも頭が痛い。嘘はつきたくないだけで、必要な嘘をつく質なのが僕だった。

「なら今すぐに俺を不良と呼ぶのをやめろ。俺は不良じゃねぇ」

「ピアスにそのかっこいいマントは校則違反だよクロ」

「かっこいいか?ありがとよ」

「こいつ都合のいいやつだ」

「お互い様だろ」

 ようやく頭の痛みから開放された。横からにゅるりと現れたクロは僕の前の席に座る。椅子を反対に回し、片足を膝に載せて座る。ガラが悪い。だが僕はこの手を止めない。動作を繰り返す。

 というか、そろそろちゃんと僕ら以外の描写もしないとね。えーこほんこほん。

 ここは百夜学園。

 吸血鬼が英雄として君臨する夜だけの世界にある、有名な学園だ。どう有名なのかというと、かなり知名度の高い進学校だからだ。夜だけのこの世界、つける職もそれなりにはあるものの最も地位的に高い、安定した給料と日常が遅れるのは警備隊というもの。

 警備隊はこの世界の英雄たる吸血鬼とその眷属が支配する一体のパトロールをする。要は英雄様に逆らうなーは向かうやつはチョメチョメするぞ

★の治安維持係だ。

 百夜学園は入学さえすれば、警備隊の職につくことは八割型確定された未来となる。そして警備隊の訓練もみっちり受けれる。だから有名、偏差値も軒並みよりは高い。軒並みより高いというのも、入学試験は実技も含まれるので、何も学力が全てというわけではなかった。

 故に窓の広い、進学校として有名。

 そんな百夜学園に通う僕は、今年入学したてのほやほや新入生ヨル。おかっぱとモノクルがチャームぽいとな中性的な少年という設定だ。クロ同様に、僕もオリジナルに制服を着崩したりしている。肩だし、オーバーサイズに萌え袖、べルトで幹部を固定して僕なりに自分の容姿を最大限活かせるコーディネイトにしている。なにより、このマフラーがクロのマントよりもヒーローっぽくてお気に入りだ。

 そんな僕だけれど、一つ聞いてほしい。

 学園に入って、なりたてほやほやでもチヤホヤはされなかったのが、僕の今年一番の悲しみだったんだ。むしろいじめられてハブられてたので、滑り出しには大転びをしたわけだけれど。どうにかこうにか、親友を侍らせてうまく生活しつつあるのが現状。

「というか終業ベル終わってすぐ僕のもとに来るなんて、忠実すぎるしもべ………じゃなくて、クロ。もしかして君、僕のこと大好きなのかい?」

「不良も下僕も却下だ。これ以上うるせぇなら親友も却下する」

「やだなぁ親友のクロ。僕は君のことそこそこ気に入ってるから、そんなこと言われると傷ついて泣いちゃうよ」

「真顔で言われても響くもんも響かねぇよ。そして未だに動かしつづているその手をまずは止めろ。人の目を見て話せ。俺とお前の友情にひびが入るばっかりだ」

 うまいこと言うじゃないか。

 なら僕も対抗して、上手いことを言おう。

「君の目は鋭すぎてかっこいいから直視は無理だ。僕のモノクルが壊れるからね」

「…………………ったく、口だけはうまいんだからよぉ」

 クロは僕の机に肩肘ついて、そっぽ向いて、唇を尖らせた。

 クロは照れると視線をそらす。思春期女子並みのわかりやすさだ。

「それで照れる君もチョロくて最高」

「最高ならもう少し声のトーン変えろよ。俺とかツキとかならわかるが、他の奴らには誤解されるぞ」

 そうして僕の気遣いをしてくれるあたりも最高だよ。

 と思いつつも僕は手を止めない。動作を繰り返す。

「で、お前は何をしている」

 おおっと、ようやくというか。

 脱線に脱線を重ねたくだらない本題に入ることができそうだ。二度目どころか三度目くらいだと思うけれども。僕が先程から繰り返している動作。冒頭からクロもずっと気にしていることがついに明かされるというわけだ。別に大したことはしてないんだけも、クロもそんなに期待の眼差しを向けないでほしいな。

「ようやく触れてくれたねクロ」

「ドヤるなうざい。お前が回り道し過ぎだアホ」

 僕は鼻を鳴らして、ようやくクロと視線を合わせた。もちろん動作を繰り返しながらね。そし補足。明確に描写すれば、クロの期待な眼差しというやつは呆れとかの部類だけれども。こんな回りくどい僕とのやり取りに飽きないでくれることには静かに感謝しておこうかな。ここで僕はようやく、繰り返していた動作を止める。

 消しカスを丸め続けることを。

「本当にお前は何をやってるんだ授業中に」

「鼻くそみたいに見えてきて面白くなってずっと量産してたんだ。消しカスならぬ消しくそ…………ふふっ」

 僕は机にできた消し糞へと視線を移す。授業中、教員の話を横耳に流しつつ無心に完成していった粒たち。二〇個以上、大きさはバラバラに無造作に散ってる感じは虫にも見えてくる。

「笑うな怖い……つーか、くそくそでも漢字の読み用じゃあ、ふんになるじゃねぇかよ。どちらにせよばっちぃな」

「このくらいの大きさだとハツカネズミとか蟻とかの糞になるかな」

「蟻って糞するのか?」

「僕は知らないや」

「ちっ、てきとーかよ」

 汚くも割と弾んだ野糞トークは数分間続いた。

 クソみたいに楽しかったのは僕が、十五という思春期を抜けたか怪しいくらいの年齢だからだろうか。でもいつになっても下ネタ、というよりは少々下品なトークは賛否は別れるとも男性は好きそうだ。

「つーか授業中はセンコーの話を聞けよ。不良」

「教員の話を生真面目に聞いてる不良に言われたくないな」

「会話が繋がらん。やめろその場で適当にうまいこと言ったふうな言い回しは」

 言ったふうとは失礼なやつだ。僕はいつだって適当なだけだ。

 にしても意外とは言わないけど、クロの人間性はいつだって面白い。クロは英雄願望のある豪胆な少年だ。己の中にある英雄像を目指して、現英雄に当たる吸血鬼を倒そうと夜な夜な(この世界には夜しかないが)その眷属や派閥の人をカツアゲしている。カツアゲ目的が基本的には情報収集なので、お金は取られないので安心してほしい(ただし必要暴力は奮う)。

 そんなこんなでクロは、学園の時間以外、僕やもう一人の親友との遊びとカツアゲに勤しんでいる。彼は一体いつ寝ているんだろう。

 じっと見つめていると睨み返された。怖い怖い。

「なんだよ」

「クロはすごいねって話だよ。授業中とか眠くならない?」

「たまにな。でも昼休憩とかに寝るし」

「じゃあ今度意地でもその邪魔をするね」

 頬をつままれた。しかもひねられたし。結構痛い。

「だから夜のカツアゲ。やっぱり僕らも手伝うよ」

「カツアゲ言うな……………僕ら?」

 更につねられた。痛い。

 クロは加える力を強めつつ、不思議そうにした。僕ら、複数形。つまりはもう一人の親友も含まれるということだ。もちろん当人の意思を確認しなさいと言われる案件だろうが、問題はなかった。多分彼女は、僕がやろうと言ったら肯定してくれる。彼女は僕に異常なほど好いているらしいので、僕の発言全部に頷いてくれる。心配になるくらいだけれど、新入生でちやほやされなかった僕からすれば、舞い上がるほど嬉しいことだった。

 それに、と僕は横目に突如現れた気配の先を見る。

 僕の真横にピタリとくっつく少女がいた。

「ヨル、が言うなら、付き合ってあげなくもないよ」

 彼女はツキ。

 僕とクロのもう一人の親友だ。

「!?!?」「吸血鬼っ……の眷属!?」「しかも【白慮の鬼人】じゃん!やばぁ!」「な、なぁ写真取っていいかな?」「馬鹿、殺されるぞ」「知らねーのかよ。【白慮の鬼人】は絶対に人を殺さないんだぜ。平気だっ」「ちげーよ!噂はちゃんと聞いとけ、手を下すのは一緒につるんでるあい」

「「ひぃっ!?」」

 カメラを向けた二人の男子のクラスメイトの前に、一瞬に姿を現したのはクロだ。僕の目の前にいたはずの彼は、音もなくして移動したのだ。残ったのは移動した勢いの仄かな風。僕の横髪が静かに揺れた。

「肖像権だ馬鹿野郎。相手を選べ、吸血鬼の眷属様だぞ。身の程をわきまえろの、ニンゲン様」

 唖然とする二人から(一人はとばっちりだ)スマホを音もなく取り上げて、成長途上の掌に二つ重ねて掴んで、画面を見せつけるようにする。そして目の前で、握力で、スマホを握りつぶした。

 クラスメイトは、スマホの持ち主二人は当然に周囲も唖然とする。

 とばっちりの一人は「………おれのここ一時間の努力が」と。おおっとここにも不良がいたようだ。授業中にスマホでゲームをするとはけしからん、バチが当たっただけだ。強く生きろよ、少年。

 そしてツキにカメラを向けた張本人は「俺のスマホ………」と泣いていた。涙の分だけ強くなれるというよりは、単なる社会勉強、自業自得、天誅というやつだろう。僕はツキへと意識を戻す。

「さて、ツキ。授業お疲れ様」

「ヨルもおつかれ、さま」

「ここ座りなよ」

 僕は目の前に空いた席を指す。

「クロの、席じゃないの?」

「クロは空気椅子するって言ってた」

「ホラ吹きは黙れ」

 今度は殴られた。頭の脳天をげんこつで突かれる(どつかれた)。

 クロはスマホを砕いた手を払いながら、戻ってきた。先のことからか僕の席一席、半径二メートルには誰も近寄らなかった。そりゃそうなるわという結果だが、こう避けられているといっそ清々しさまで感じる。

 避けられてる僕、かっこよくね?的なものだ。

「うげっ、なんで殴られてドヤってんだ」

「孤高の狼感がね。こう、たまらないね」

「ここう………かっこいいヨル」

「お前が全肯定するからこいつがつけあがるんだよ……」

 クロは呆れつつ、ツキの背中を押して席へ座るようへと促す。ツキは促されるがままに、座ってからいいのかと言いたげに視線をよこした。クロは追い払うように手をやった。相変わらず不器用というべきか、荒いというべきか。クロの優しさは見ていてにやけてしまうね。

「それでだ。本当にいいのか、ツキ」

「ヨルがいるなら、いいよ」

 ちらりと僕に視線向けてすぐそらすツキ。

 頭をかくクロは呆れていた。

「全くこいつのどこがいいんだか……………」

 僕としてもツキにここまで懐かれているのは、予想外というべきかなかなか驚くところなのだ。僕だって聞きたい。過去に聞いたことがあっても、はぐらかされたというべきか。僕は十五の性別的にはちゃんと少年なので、ツキのような美少女の部類に好かれるのはいい気しかしないわけだが。

 プラチナブロンドの髪に朱の瞳。真っ黒の三日月のピンと、色白な肌を露見しまくっている衣装は過去に相棒になった人(元人間の吸血鬼の眷属だからグレー?)に推薦されたものらしい。膝の半分の丈のズボンに上半身は胸部の身を隠したチューブトップ(スマホで調べた)と、何度というがえらく露出多い恰好なのだ。未成熟な少女ながらにどぎまぎしたりしなかったりだ。

「そういえばどうしてヨル、はクロと同じAクラスにいる?前、まで低いとこ。Cクラスだったはず……だから一回間違えて行っちゃって恥ずかしかった…………」

 この百夜学園では入試と定期的な試験によって、クラス分けが行われる。Sクラスを吸血鬼とはして、人間がA〜D階級、Aが最も高い階級になっている。そしてかつての僕はCクラスだった。

「僕の手にかかればAクラスに上がることなんて容易いだよツキ」

「はじめから真面目に本気まじにやらねーからCクラスなんかにいたんだよこいつ。こいつがCクラスって言ってたから、教室と美味し一緒に食べるのちょっとめんどくせーなって話してたんだよ」

 ちなみにAクラスとCクラスは別の塔に位置しているので、歩いての移動には一五分ほどかかる。昼休憩は四〇分なので、時間を食う部類であった。

「『それもそうだね。じゃあ三日後の定期考査ちょっと頑張るか』って言ったこいつ、Aクラスにまで昇格しやがったんだよ。ケッコー引いたぞ」

「それほどでもなくないよ」

「おい」

 チョップを食らった。

 すぐ手を出すもんじゃないよ、クロ。

「お前頭がいいんだか悪いんだかわかんねーだよ」

「要領がいい、頭が柔らかいとかのほうが近いのかもね。僕結構頭悪いんだよ。よく彼女にも言われた」

 彼女とは、彼氏彼女とかの恋愛事情とかでなく二人称での呼称だ。僕がかつて、物理精神両攻めいじめられ思春期のときに相談相手というか、ストレスヤキモチのはけ口になってくれた恩師のことだ。『ほんもの』に執着する僕のくだらないちっぽけな悩みに都度に助言を諭してくれた、自称吸血鬼。

「お前の彼女トークは長いからいい。とにかく英雄狩りを手伝ってくれるんだよな?お前ら」

 僕とツキは頷いた。

 クロは「よし」と満足そうに歯を見せて笑った。

 




「ツキ、そっちはどうだ?」

「気配なし。多分このへんは全滅、かも」

 その日の夜、東京のビル上で三つの影がぼやけてうつっていた。

 三者三様、ひらひらとしたマントとマフラーを身にまとう。ポニーテールと大玉の宝玉ピアス、ケープを加工からの風に靡かせれるクロ。月明かりにプラチナブロンドの髪をきらびやかに縁取り、マフラーを揺らすツキ。

 かくゆう僕ことヨルは、首元に視線を落とす。ツキのマフラーと同じものを僕はつけていた。そう、予測通りツキのマフラーは僕がプレゼントしたものだ。あんなほぼ下着みたいな格好では寒いかなと思い、一度巻いてやったのがきっかけだ。とはいえそれはそれで寒そうなのは変わらない。ツキが言うには吸血鬼の眷属になると、人間としての構造が随分と作り変わるらしい。体温もあまりないんだとか。

 『だからいつもツキのでは冷たいんだ、頬に当てるとひんやりして気持ちいいね』なんて言った暁に、頬を熱くさせて湯気を出していたこともあったなー。

「TKGたべたい」

「アホヨル。そんなとこで座ってないでちったあ働け」

 ビルの縁に座り、足を揺らしながら遠くを見ていただけなのに殴られた。理不尽にもほどがある。でも保存用のカロリーメイトしか食べてないのだなら、成長ざかりの一五歳には少なすぎる食事量なのだ。いくら決まったルーティーンだとはいえ、多少時間の変更をしても良かったんじゃないかと講義したい。

 お腹を鳴らす僕をジト目にクロは見る。

 頭を掻きつつも、脈絡なく投げられたそれを反射的に受け取る。

「………ったく、俺のやつもやるよ」

 ななな、なんと。

 僕よりも食い意地はりの、大ぐらいなクロが食料を譲ってくれただと?!?なんとーこれは世界でも滅びるじゃないか(棒読み)。「ダイエット中?」と聞くと「なわけあるかアホ」とまたチョップを食らった。

「まあ、鼻からお前には期待してねーよ」

「だろーね。僕に金魚のフンみたいについてくるツキのちからのほうがよっぽど有力だし当然だ」

「おいツキー、ヨルがお前のこと金魚のフンって」

 流石にこれは怒られるか。

 周囲を観察していたツキはクロに呼ばれて、こちらに来た。そしたやピタリと僕の隣に座った。

「わたしはヨルの金魚のフン♪」

「それでいいのか」「それでいいんかいっ!!」

 僕とクロ、重ねてツッコミが入った。特にクロはオーバーな動作と大きめの声も加わっていた。そしてやさぐれたのか、腕を組んだまま、あぐらをかいて僕の隣に座った。両手に花ならぬ、両手に親友だ。

 とはいえ僕が発端、英雄刈りを中断する形になっているこの現状。始めてから数時間だしちょうど休憩だろうか。

「英雄刈りは?」

「なんか動きがねーし、一旦作戦会議だ。ツキ、この時間眷属が見回ってるって話だったよな?」

 僕を挟んで会話をしないでほしいな。この二人、不仲ってわけではないんだけど、僕が仲介して親友になったせいか。こうして僕を真ん中に、挟んで座るのが定位置に会話もそのまま横並びでするのがテンプレートとなってしまったフシがある。

「うん。でも、全然いない、し。ごめん……ね」

「謝んなよ。大事なのは次だ」

 鼻から僕を会話に加えるつもりはないらしい。

 クロが言うように確かに僕は役立たずだとも。クロのような絶対的な視力、身体能力もないし。ツキのような人間ハズレの異能も聴力もない。でも僕ができることだってあるのだ。

「ならその次はあの人影に聞いてみたらどうかな」

 僕は何百メートルの先の電子掲示板を指差す。ここと同じくビルの上、映像式の看板の縁には光電もたりよく目立つ。そこにはクロやツキが観察したときには見えなかった、無数の人影があった。軽く六人以上は見えるのだと思う。隣でクロがつぶやいていた。ちなみに僕には豆粒狂いにしか見えないんだけど。

「………相変わらずお前はすごいな」

「褒めても何も出てこないよ」

「ちょっと俺行ってくるわ。ワンコールしたらヨルは追ってくれ」

 即決し、あぐらを説いて軽く体をほぐすクロ。手をクロスさせたり、頭後ろで伸ばしたり、屈伸したりしながら言った。ワンコール、つまりはスマホの連動アラームのこと。鳴らされたら追えばいいわけだ。それまで僕は待機らしい。

「わたし、は?」

「一旦俺が様子見る。ツキもヨルと同じだ。ワンコールしたらヨルをおいてすぐ来てくれ」

「りょ」

 ツキは僕のことを空いてくれている割にはさっぱりしている。

 その点ではツキはクロの事もとても好いているのだ。僕に対しては甘えて、クロに対してはまっすぐに堂々と。愛情表現を変えているということ。非常に愛らしい、ツキのまだの乗っている人間性をすごく感じる。

 そんなことを思いながら見守っていると、クロはビルの上空へと飛び出した。ビルからビル、時には壁蹴りで上下に移動したりと最短で向かったようだった。

 ツキと二人。

 基本的には僕とクロが学園で同じクラスで一緒なことが多い。そしてツキは吸血鬼の眷属なのでSクラス、休憩時間くらいしか学園ではいられない。その時もクロがいるので三人。

 こうして二人きりなのは、だいぶ久しい気がした。

「全く、クロはすごいよね」

「褒めてる、の?」

「うん。褒めてる」

 なので少しだけ改まった、くだらない話をしよう。

 ツキは相変わらずぴとりとくっついている。

「クロは英雄になりたいって夢を本気で追ってる。夜の王様、この世界の英雄様を殺して……は怒られるな。クロ流にはぶっ倒すらしいけど、僕は馬鹿らしいなと思っちゃうよ」

「……?褒めてない」

「いいや褒めてるよ。僕も同じ馬鹿らしい夢を追う同士だからね」

 僕の夢。

 『ほんもの』をなること、『ほんもの』を彼女に見せること。

「ヨルの夢、は『本物』の答えを探すことだった。ごめんなさい、わたしまだいまいちわからなくて」

「いいや謝ることはないよ。僕だってわからない。わからないから探してるし、夢なんだ」

 ツキはますます首を傾げる。

 一つ一つの動作に月日が髪をチカチカと光らせてきれいだ。唸る声も、鈴がなるようで可愛らしい。描写が変態的だとかこの場ではどうでもいい。僕は嘘はつきたくない、だからいつだって本当の事を言っている。親友に対しても、僕自身に対しても、だ。だから未だにうまくまとまらない言葉を変に紡いで、ツキを困らせたりしている。

 ツキはしばらく唸るものの、諦めたのか別のことを聞いてきた。

「なら、ヨルにとっての『本物』って、なに?」

 ツキはやっぱり素敵だ。

 僕から言葉を引き出してくれる。親友って素晴らしいって思うよ。

「人間らしいってことなのかな?」

「なん、で疑問形?」

「だから僕にもわからないんだよ。ただ直感的に、漠然とした概念を追い求めるだけなんだよね、僕。だから答えなんて無いのかもしれない。だから僕の夢は馬鹿らしいんだよ」

 クロの夢も。

 英雄を倒したところで、英雄になり替われるなんて単純な理論成り立つわけがないってこと。クロも自覚してる。だからあのとき、クロは『俺はなりたい英雄像の英雄になる』『だから吸血鬼をはったおす』なんて言ったんだろう。

 だからクロの夢は、

 厳密には自分自身にとっての英雄になりたいじゃないかと僕は思う。

 これだってあくまでも僕の妄想の範疇でしかないから、答えなんてない。何事にだって、全部正解があるわけじゃないんだって僕は思い知っている。

「ツキにとって人間らしいってなんだと思う?」

「……………笑ったり、怒ったり、泣いたり……馬鹿なこと、したり怒られたり。アホなことして、怒られたり」

「怒られてばっかりだ」

「………もともと、わたし。ちゃんとした人間じゃなかった、かもだし」

 吸血鬼の眷属は、元人間だ。だからツキもれっきとした人間だった。

 僕とツキの関係は親友でも、踏み込んだ話題はしてこなかった。僕はツキの背景を全く知らない。ただ僕はツキが、最も優しいモノだなら近づいて友達になっただけだから。

 それにツキは自分のことを話さない。

 僕だってお喋りだけどあんまり話してない、と思う。

 親友だから、何でも知らなくてもいい。それを承知で僕ら三人は親友でいられるのだ。どこが欠陥して、どこが変で、最高に馬鹿らしくて人間らしいまがい物のはぐれもの。まがい物なりに真っ直ぐな夢を抱いてる、三人だ。

「あ、ワンコール」

「行かないと、だね」

 と、ここで腰のポシェットに入れていたスマホのバイブが伝わった。二人同時に鳴って、同時に立ち上がった。

「じゃあ先行くねヨル」

 この馬鹿らしい夢が三人とも叶ったら、この友情に似た何かはなくなってしまうのかな、なんて僕は思った。でもそんな愚かなことは一瞬で消えた。

 英雄になりたい。

 ほんものになりたい。

 ニンゲンになりたい。

 三者三様、馬鹿らしくて実現なんて不可能そうな夢を追って支え合ってる。一生叶わないかもしれない以上に、万が一、億が一にも叶ってしまっても一緒に要られたらーーー僕の探している答えはきっとそこにあるのだと思ってしまう。

「うん」

 そして。

 思ってしまったら、叶わないんだろうなとも思う。

「じゃあまた」



 視界が落ちたのは一瞬。

 ずれた世界、落ちる世界。

 そこに焼き付いたのは。

 ツキの鏡面を移したようなきれいな瞳で。

 吸い込まれそうな朱に写ったそれでもあって。



 朱に写ったのはうさぎ耳のフードを被った黒髪の



 















 そうして僕は繰り返す。

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