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クロを纏う

鬼が神と吹聴されるこの世界

嘘で欺瞞で詐欺でしかない

みんな揃って化かされて

「騙されない」を馬鹿にする

それが俺は許せない


俺は搖るがない

馬鹿にもされない

化かされたりしない

俺こそが真の英雄だと


胸を張って

拳を突き出して

口と力で物を言わす


そうして俺の理想は

理想を超える



俺の英雄譚は序章だぜ?





 俺は英雄が好きだ。

 


 冒頭での世界観は壮大で複雑で。

 曖昧な設定しか記憶に残らない。

 それでも誰が敵か、味方かーーーーー英雄かはすぐ理解できるものだった。

 そういう存在感があった。

 原点はまずそこだ。

 この人が主人公で、英雄で、なんとなく目を引かれた。

 そう思ってしまえば、英雄にしか目がいかなかった。

 

 そうして見続けて。

 思った。

 複雑だと思っていたそれは、案外単純であった。


 冒頭、転んだ子がいた。英雄は、ためらないなくして救いの手を差し伸べた。その子は友達の大事なものを盗んだ悪い子で、俺には全く理解できなかった。その子が泣いてなにか言い訳をしていた。事情があったらしい。でも悪事を正当化するにはあまりにも滑稽に思えた。

 だから、もっと理解できなかった。

 勿論、叱ってはいた。けど納得はできなかった。


 悪事には懲罰を。


 でないと俺の存在は何だと言うんだろうか。何度も何度も心の中で問いただし続けた。そこにどういった違いがあったのか。何故英雄はその行動をしたのか。結果、理解不能だ。

 だってその子には許しを与え、更生する機会をも託した。

 それなのに敵には一方的に、理不尽に力で制した。

 その子には理由を聞いて、敵には聞かないなんて不平等だ。

 きっと英雄は勝手に決めつけて、

 敵にそうであってほしいから何も聞かない。

 知ってしまえば、英雄自身の力の行使が悪となってしまう可能性があるから。


 幼いなりによく考えたもんだと思う。

 少しだけ大人に近づいた俺が思うんだからそうなんだろう。



 無知の罪、英雄への憧憬と疑念。

 それは今も変わらない。



 俺は英雄になる。

 英雄が好きだからだ。

 確か英雄に憧れた。憧れると同時に疑念を抱いて、自己完結した。俺が英雄に憧れたことは確かで、その在り方の一部を否定したのも確か。だから俺は敵を定めて、自分の正義を貫いて、話し合って和解して、駄目だったら単純な世界の歯車に従う。

 俺が思い描く、本物の英雄になる。

 そう決めている。


「曲がってるね、君」


 だから自分を持たない、うじうじして迷ってばっかのそいつに苛立った。分かったような顔をして、よくも分かりもしない俺を決めつけた。それは俺にとっての侮辱だった。

「あ?なんだてめぇ」

 そいつは俺の背後で不器用な気持ち悪い薄っぺらーい笑顔を浮かべていやがった。俺のこの目つきと威嚇に物怖じはしてはしているようだが、話しかけて尚且初対面にこうも突っぱねた言葉をかけてくるあたりはマシだとは思った。

 大抵のやつは俺を腫れものみてぇに扱いやがるからな。

 というかこいつ、どっちだ?

 中性的な顔立ちといえはそうだか八割女顔だ。腰や手足の関節部分にその身を覆う白衣のような服をベルトで固定させ動きづらそうだ。

「怖いよ、クロ。鋭い目つきと八重歯にかきあげポニーテール、漆黒の宝玉のピアスって柄悪過ぎる組み合わせだね。狼みたいだ」

 クロ。

 名前を知られているあたり喧嘩……を売りに来るようなやつではなそうだ。言動はともかく、いかにも軟弱って感じだからな。こんな細身の弱々しいやつが俺に用、ねぇ。意味もなくして話しかけてきてんなら殺すか、面倒だし。

「…………一方的ってのは気に食わねぇ。てめぇの名前は?」

「ヨル、だよ。君の噂はかねがね、あちらこちらで耳に挟んでいたから会えて嬉しいよ」

 薄っぺらい笑顔と同じ、薄っぺらい言葉を吐くやつだった。

 真紅の瞳はモノクル越しにクロを見つめた。おかっぱを揺らし首を傾げる。無表情だが多分笑おうとしたのだと分かった。

 建前。

 それじゃあブーメランだが、建前での言葉ってのは見え見えだった。

「で、何か用かよ」

「特に、何も」

 よし、殺そう。この俺の時間を無駄に浪費した罪でな。そう思い立ち上がり殺意をモロ出しにガンを飛ばしてみた。

「………あはは」

 が、こいつは動じねぇ。

 両手を上げて降参状態、これじゃあ興ざめだ。度胸がない、危機感もねぇ。今の世界じゃこいつはすぐ死にそうだ。無視でいいか。虫以下のこいつに構っていられるほどこの世界に酔狂してないからな。


 こんな闇に埋もれた世界で、一人一人の人間に興味を持っている暇さえ惜しい。


 糞食らえなこの世界で馴れ合いをしている奴は酔狂してんだ。

 現状に満足をして、

 圧倒的な単純世界に絶望し諦めて、

 毎夜のごとく

 ピーピー泣いて慰めあって、

 そんな自分可哀想で可愛がって、

 結局逃げてばっかの小便漏らし野郎ども。

 傷の舐め合い、馴れ合い。

 

 人は一人でも生きていける。

 そういうもんだ。


 だから俺はまた背を向けて、強風吹き荒れるこの廃ビルの屋上の地面と空の境目を靴裏の半分までつけた。英雄たるもの、格好良く。オーバーサイズのパーカーのポケットに手を突っ込んで、棒付き飴を鋭い顕微で砕いた。

「どこ、いくの?」

「決まってんだろ?俺はクロ、闇に抗う英雄様だぜ。その宿敵が現れたんだからぶっ倒しに行くっきゃねぇだろうが」

 俺の視線の先、この目は数kmをも認識できる闇と索敵に特化した英雄の万能たる道具だ。だから俺の目には、俺の描く英雄の敵がいる。理解不能の怪物だ。

 万人が言うには闇で包む英雄らしいが、俺にとって宿敵だ。

 

 この世界に光を齎す。

 そして闇に縋る愚かな野郎共を光の下へと連れ出し、言ってやりたいのだ。


「闇より光のほうが断然格好いいからな」


「ひとりで何言ってるんだい、クロ?」


 まぁ、こいつは空気だ。無視………したいが一々こいつの言葉は癪に障る。見事に腹立つ返答をきれいに返しやがる。無自覚、無知?いや、無鉄砲で無神経なやつなだけだ。

「もしかして厨二病?僕と同年齢だから仕方がないだろうけど、それはイタイだけだから、将来黒歴史になるだけだから。やめたほうがいいよ。かっこつけるの」

「だぁー!!!!ぐちぐちぐちぐちうるっせぇな!いいか!俺はお前に言われるほど落ちぶれちゃいねぇよ!馬鹿にしてんのか?」

「別に馬鹿になんかしてない。ただの忠告だったのに」

「それを馬鹿にしてるっていうんだ!つーか、なんで初対面なのにお前ごときに呼び捨てされなきゃなんねぇんだ!馴れ馴れしい。クロ様と呼びやがれ!」

「初対面ではないです、クロ様」

「それはそれでムカつくからやっぱり呼び捨てでいいーーー?初対面じゃねぇって?」

 でもこんなうざい奴は嫌でも記憶に残ってそうだが、いかん。全く記憶にない。俺の英雄像として、相手をよく知って付き合いを決める傾向がある。無知とは罪だからな。何も知らず偏見で物言うやつは嫌いだ。そんな付き合い方ばかりだった故の現状、何人に怒鳴り散らし呆れて、諦めてきたかは忘れた。

 ただ俺なりとして、名前は皆覚えている。

 その中に居ないことは確かなはずだが。

「僕はヨル。あの日君に助けられたなよなよした軟弱な少年だよ」

 ヨル。

 そう名乗ったそいつはフードを外しその顔を曝け出さした。影で明確でなかった曖昧なパーツ、右の目元の傷口を見て思い出した。あの日、なぜだか路地裏でリンチを受けていたのを助けてやったのだ。烏合の衆に虐められる雀みてぇにボコボコにされてたな。

「大方今日来たのはそのお礼ってか?わざわざご苦労なこった」

「それもある、けど。僕は君と話しに来たんだよ、クロ様」

「だからムカつくから呼び捨てでいい」

 標的した敵から目を話すのは得策ではなかった。敵は一瞬で闇夜に消えてしまう。だからこうして全部見渡せるこの東京で一番高いビルの屋上にいつもいるっていうのに、こいつのせいで。

 いや、人のせいにするってのも違う気がする。

 そもそも根本的を言えば、夜で包んだ英雄のせいだろう。

 その英雄がいるせいで夜があり、夜のせいで俺の英雄狩りは足止めされた。

 よし。仕方無い、諦めも肝心というやつだ。

「ならクロ。早速だけど君の時間を無駄にしないと約束するから、その吸血鬼狩りーーーーー君に言わせれば英雄狩りは一旦中止しないか?」

 その俺を試すような生意気な覚悟だけは改めて認めてやるか。

 暇つぶしくらいにはなってほしいものだぜ。




 ヨルは屋上の縁に躊躇なく足をぶら下げて座った。柵なんてないので背中を押してしまえば転落死してしまうだろう。安全性の皆無、これは廃ビルであるからで、老朽化したこの建物もいつ倒れるかわからないので、どちらにせよ危険地でこうして話をしようというのだ。

 今の俺の選択肢にはヨルの背中を押す、隣に座るの二択。

 先導して座ったあたりを信頼して、後者を選ぼう。

 俺はそこまで薄情じゃない。相手を知り、目的を意義を知った上での和解ができなければ俺もヨルを見放す。だから、ヨルの出方によるので言葉を待ってやった。

「まずはありがとう。あのときは本当に助かったよ」

「因みにだけどよぉ、何をどうなったらああもボコボコにされるもんだよ」

 集団リンチ。しかもヨルよりひと周り大きな体躯のここらじゃ有名な英雄支配依存派閥の幹部の息子とその取り巻き連中だったな。大方反対派閥で反抗しに来た………は一番ありえねぇ。それは喧嘩を売ることに等しい。だったら志をともにしてその傘下に入ろうとした結果の入団試験か?だとしたら悪いことはしたとは思うが、あのままだと鏖殺されてたと思うし。

 どちらにせよ、どうでもいいことではあった。

 ただヨル。こいつがどっちの派閥なのかはほんの少しだけ興味がある。

 

 そんなことを考えていたが帰ってきたのは間抜けで返答違いな回答だった。


「対話を目的に近づいた」

「だったらおえらいさんに交渉を持ちかけたってわけか?そんで年齢的には気に入られて保守軍の推薦状でももらう気か?だとしたらもう二度とすんなよ。俺はお前を知らねぇ。それはつまりてめぇが無名なわけだ。だが俺を知っていることから察すれば学園の同級生、クラスメイトってところだろう。俺だってみんな覚えてるわけないがそれだけ地味で目立たないってことだ。要は単純な実力も、権力も無いお前には何もしない無能でいることをオススメするぜ。変に挑戦して、踏み込んで地雷分で自滅ってのがそういう奴らの俺か知る限りのバットエンドを迎えてる。お前のことはどうでもいいが、死つぅーうのにには大嫌いだからな。馬鹿で愚かな間違いを指摘してやる。俺が直々な。だからもう一度言、う……………すまねぇ、言い過ぎた」

 小馬鹿にしたように知ったような口を聞いてしまった。思わず自分の口を塞いだ。駄目だ、俺の悪い癖だ。俺の流儀に反しそうなやつにはそいつの本当の独断で決めて偉そうに説教じみた持論を解いてしまう。

 泣くか、怒るか、黙るか。

 毎度毎度それを確認するこの瞬間が苦手だった。英雄は執拗に人を傷つけない。そんな現英雄に反したいわけではないのだ、決して。俺だってそうはしたいが、同じではない。

 俺は俺らしく。そう言い聞かせ、恐る恐るヨルの顔を見た。

「?」

 不思議そうに機械みたいなその仏頂面は剥がれず、そのまま。

 首を傾げているだけだった。

「……なんで首傾げてんだ?」

「……いや、クロの言ってることが理解できなくて………僕、別に保守軍の推薦状目的で交渉するほど無謀じゃないしなんの意味もない。媚びを売るくらいなら死んでやりたいくらいだ。それに僕は支配依存派では無いよ。僕が彼女を裏切るわけがないからね。誤解しすぎじゃないかな?」

 こいつ……舐めてかかったら大火傷するタイプの奴だ。

 今、全身にそう伝令した。警戒心を強めた。平気で死んだほうがマシだなんて言うやつは自己をちゃんと持ってやがる。発言の部分の端々に妙に重りのかかった言葉があった。俺を震わせた。

 弱いだなんて訂正だ。

 息を呑んで、俺は再度聞いた。

「はぁ?なら理由はなんだってんだ?」


「友達になりたかったからだよ。ただの単純な理由」

 

 馬鹿げた理由だった。

 そんなリスクを犯してまで馴れ合いがしたいのか、こいつ。傾向を見るにおおよそ予測はつく。多分のこいつは友達がいないんだろう。それでいて無神経で仏頂面、言葉選びも最悪だ。失礼した以前の問題に万人に嫌われそうな性格をしてやがる。幹部の息子は多分意味分かんねぇとか気味悪がってリンチをした。ある程度まですれば満足するものの、こいつの性格は最悪だがひっくり返せば打たれ強く根気強い。いつもは助けを懇願し泣き喚くのを見て満足するアイツらもこいつの態度には永遠と苛立ち続け、ムキになった結果のボコボコ状態。俺が通りかからなきゃ死んでただろ、こいつ。

「それで初っ端から難易度高い堅物をターゲットにするかよ。ちゃんと裏の目的があるんだろ?」

「無い」

「なら本当なのか」

「僕は嘘をつかない。安心して欲しい、クロ」

 逆に怖ぇよ、と思わず笑ってしまった。

 こんな大真面目に、俺と目を合わせるとは変わったやつで大馬鹿だが嫌いなやつではない。寧ろ割と好きだとも言える。無鉄砲で考えなしの大馬鹿は嫌いだが、変人で曲がりなりにも自分を曲げない大馬鹿は好きだ。


「それで僕と友達になってくれるか、クロ」


 ほら。お礼というのは嘘ではないようだったがきっと真の目的はこっちなのだろう。

 友達になりたいから。

 こんなの笑うしかないだろう。

「まずはお互いを知ることからしよう、クロ。僕を知ってもらってからの返答でいいから」


「ーーーーーいいぜ。友達になってやる」


 そして、肯定するしかないだろう。

 俺とこいつの共通点を見出した。正しくは見出させた、ことが勝負で言えばこいつの勝ちだろう。

 対話で人を制して利害をともにする。

 俺は駄目ならば別手段で。

 ヨルならきっと、諦めが悪いのだろう。

 想像できたのだ。ヨルがリンチを受けてボロボロなのに避けた唇も曖昧な視界も気にせず飄々と言うんだろうと。

『サンドバックでもいいから、友達になろう。喧嘩は得意じゃないけど、喧嘩という名目があれば痛みを与え受け入れて相互理解につながる。そうして初めは違くてもいずれは本当の友達になってほしい』

 普通なら変人や凶人に当てはまり嫌悪されるだろうが、俺は違う。

 思ったのだ。

 英雄は一人ってわけではない。世界を救う勇者には仲間がいるように、支えてくれる誰かが隣にはいるのだ。結局一人で戦うことに変わりないが、そういうことではないのだ。一人でも一人じゃない。寂しさの有無を関係なしにそれはきっと、誰しも必要なのだと今、思った。

 それがこいつなんだ。

 対等であろうと、するこいつ。

「え…………?」

「はぁ!?なんで泣いてんだよ!?」

 目をつぶり干渉に浸り、歯をむき出して笑いかけてやると、ヨルは目をうるうるとさせてやがった。くっ、童顔だから余計に罪悪感を感じる。俺は何も悪くねぇのに。

 ………ったく調子が狂う。

「いや、なんか……安心して、ね。なんだろ……僕もわかんないや」

 笑った。

 ヨルが、不器用に涙を拭いながら見せたその表情は。自然をそう思わせた。まあ、次の瞬きからいつもの仏頂面だったがな。

「どうせ暇だ。その酔狂に付き合ってやるよ。友達から親友になる為の対話をしようぜ」

「…………うんっ!そうだね。僕はクロと話すことで忙しいから、暇ではないけど」

「案外も大概捻くれてんな」

 確かこいつ初対面に曲がってるね、だなんてほざいてやがってたからな。今のうちに言い返しておこうか。

 存外言われっぱなしも嫌だからな。

「もしかして初めに言ったこと気にしてる?」

「まぁな。なんで俺が曲がってるか、まずそこの議論からしようじゃねぇか」

「単純な話なだけだよ。クロは英雄が好きなのに英雄を殺そうとしてる。それは矛盾じゃないのかな」

「好きだからこそ、だろ。俺の理想と違えばそれは英雄とは呼べない。俺がしているのは英雄もどきの怪物殺しだ。英雄殺しなんて俺がするわけ無いだろ」

「さも当然だろって顔されてもわかんないよ」

 そういうところが曲がってるっていうんだよ、と言わんばかりにヨルの鉄面皮が一瞬だけゆるくなった。鉄面皮という表現は撤回しよう。案外こいつは分かりやすい。


 他にもヨルと色んな話をした。

「俺は英雄が好きだ。お前は?」「特にないかな」「つまんーねーな」「でも、強いてゆうなら夜」「夜?俺は大嫌いだぜ。どこかのガラクタ英雄様がつまんらねぇ景色を永遠にしちまったからな。こんな真っ暗で見てるだけで重くなりそうな世界のどこが好きなんだよ」「そんな下らない世界でクロみたいな素敵な生き物と出会えるから、かな」「………?冗談はいいから本音を言いやがれ」「心からの言葉なのに酷いよクロ。だってこの永遠の夜しか来ないこの世界だからこそクロみたいな英雄好きの英雄殺し、僕の中で言う王様が居たわけだし」「王様って俺か?」「比喩表現。ごめん、どちらかというと蛮族っぽかったかな?」「あ?王様の方がかっけぇから止めろ」「ふふっ、じゃあそうするよ」

「しかし王様かぁ……うん、いいな。英雄になれば自然と世界を収める義務が当てられる。英雄王………それはそれでかっけぇぜ」「僕は英雄といい響きよりは英傑のほうがなんとなく好きだな」「訂正しろ、ヨル。英雄と英傑、決定的な違いがある。英傑には非常に優れている人物としか記されてねえんだよ。ただ、英雄は違う。優れた才知と実力を持った非凡なことをやり遂げた人物だ。非凡なこと、俺にとっての英雄殺しだ」「でもさクロ。英雄っていうのは大衆に喜ばれるようなことを成し遂げて第三者視点から呼ばれるもの、定義されるようなものだと思うんだけど………この世界に夜以外を望む人はどれくらい居るんだろうね」「……お前は馬鹿か?」「馬鹿に馬鹿だと言われたくないよ」「それこそ馬鹿だろ。お前学園通ってんだろ?そしたら組織対立の講義聞いてなかったのかよ」「残念ながらサボりがちで最近更生して転校してきた先がこの学園なんだ。知るわけないよ」「あー、だから友達がほしいのか?」「その話は関係ないだろ、クロ。君が話すべき題は君が馬鹿でないという証明だ」「そこじゃねぇだろ!」「痛っ……そうしてすぐに暴力に頼るところが馬鹿っぽい」「口の減らねぇ野郎だな。やっぱお前と友達になるの辞め」「ごめんなさい、クロ様。クロ様は鬼才を持った英雄王たる資格と素質を兼ね備えております」「はぁ……ある意味根強いというか変わってんな」「というか話しそれたから戻してよクロ。冗談はこのくらいにして」「…………」「勿論クロはこの学園でいい意味と悪い意味との有名人で色んな噂があるんだ。それの真偽はともかく僕はクロが文武ともに成績優秀であることは知ってるよ」「なら馬鹿って言った発言を取り消しやがれ。けっ」「あれは冗談だっていったからセーフ」「………嫌いなものはお前みたいなやつかもな」「またまたぁ、僕みたいな変人も存外好きなんじゃないのかい」「五分五分」「嬉しいよ、ありがとう。僕も変人奇人のたぐいは好きだよ。夜以外にも」

「………派閥があるんだよ。学園内だけじゃない、世界は世界だし人も人だ。十人十色の異色だらけだ。だから当然のようにいろんな思想と信念が生まれる」「それだから今の英雄や世界に不満を持つ人もいるってこと?」「その派閥に所属してるのか俺だ。学園の三分の一くらいの規模だな」「残りの三分の二は?」「吸血鬼という偽物の英雄を祭りたて上げ信仰するこの英雄と世界に宗教的に信じる派閥だな」「僕が来る前にボコボコにしてたやつ?」「少し違うな。もう一つの派閥というか組織があるんだ。新世界派に比べて宗教派ならぬ現世界派には圧倒的な戦力差がある。だから基本的に戦闘に出てこない。変わりに来るのは吸血鬼の眷属、血を与えられた人間もどきの戦闘人形だ。人形とはいっても元人間だ。ただ俺らの派閥は処すべしと洗脳された可愛そうな奴らだ」

「眷属ってことは人間より断然強いはずなのにそれに完全勝利するクロは強いね。そういう真っ直ぐに信念曲げない人は強い。何にも染まらない」「その点言えばお前は危ういよな、ヨル」「………なんで?」「そりゃあ、どの派閥にも無所属だからっつうーのもあるが……そうだな、ヨルには絶対まげられねぇーつうもんがなさそうなんだよな」「失礼なことを、と言いたいところだけどそうだね。認めるよ。僕には君のような好きなものの、貫けるものも、夢もない。でも叶えたいことはあるよ。夢とは違う、確信できる運命的な出来事を待っているというのかな」「夢じゃないのか?叶えたい、はそうじゃないのか?」「そう言われると難しいよ。でもこれはまた今度話すよ」「何だよ水臭ぇな」「その前にクロにあってもらいたい子が居るんだ。その子とクロ、二人揃ったら話したい」


「………まぁ、構わねぇが話はこのくらいで切り上げていいか?」

「いいよ、また明日学園で会えるなら」

「不良じゃねぇよ、俺は」

 俺は立ち上がり再び、敵を見据えた。琥珀の瞳は暗闇に動く影を捉えて獲物を見定める。蝙蝠のような羽が全く小さい、瞳の輝きも鈍い、下級眷属だろう。情報を聞き出そうにも下級では駄目なのだ。せめて上級、能ある鷹は爪を隠すというがその見分けも難しいのだ。羽と瞳の輝き、それと単なる力量や威圧感、視覚情報と勘で意識を一点集中させる。

「英雄狩りするの?」

「敵を倒すだけだ」

 見つけた。

 多分あれだ。気配を上手く隠している。飛び方に無駄がなくてオーラのようなものがこころなしか見える。あいつを取り得て尋問か拷問をして、親玉、絵本で言う最終悪役の魔王の居場所を突き止める。腰を下ろしていた屋上の端から五歩ほど離れて再度前を向く。

 助走距離確保、あとは飛翔。

 ビルからビルに飛び移り隠密行動に目立たぬように、橋に右足がつくと同時に拇指球に力を入れて飛翔した。この空を切るような、空を飛んているような気分がして好ましいものだった。英雄狩りーーーそう呼ばれるらしいこれはクロの日課だ。慣れた手付きでその空中で隠密行動をするための迷彩パーカーのフードを深く被った。

 パルクールという遊びのようだが、

 実際これは単なる狩りというなの傷害行為である。

 夜闇に潜るのだ。潜り潜みに、物陰へと背をつけた。目標まで残り五メートル、確実に仕留めるに当たり本当にもう少し近づきたいところだった。

「もう少し近づきたいね」「!?!?!?」

 思わず大声を出しそうになるものの寸前で留まった。平然と従前たる態度を取るヨルが声を足したことに対しての敵の反応が気になった。反射にバレぬように(バレたかもしれないが)見るには平気なようだった。ヨルの無鉄砲を叱るのは後で取り敢えずは狩りに集中しなければならない。

 一日のノルマ達成、残り数時間でタイムリミットだろう。

 ここで確実に狩るのだ。

「それよりもどう仕留めるつもりなんだい?興味がある、近くで見たい。邪魔はしないと約束する。なんなら手伝うし」

 だからこの馬鹿野郎の口を縫い付けることからしようか。

 こいつわざとか?わざとでやってても殺すし、天然だとしても一度脳天殴ってやるか。取り敢えずヨルの口を手で塞ぎ、人差し指を立てて静かにするように促す。不服そうな顔(眉をひそめた)をするヨルはこれぞと言わんばかりに無理矢理に口を開こうとする。俺も俺でそれを必死に防ぐわけで静かなる攻防が数分続いた。

 そして攻守交代と言わんばかりに、一瞬のスキに手を噛まれた。

「つぅっーーー?!なにしやがるてめぇ?!」

「僕の主張を聞いてほしい」

「おい、俺の手を噛んだことをなかったことにするな。この手を見ろ、はっきり歯型が残ってるぜ」

「それはすまないと思わなくないけど………」

「はったおされてぇのかよ………」

 悪びれもない。天然じゃねぇな、これは。天然といえば天然だが、単に空気が読めない自己中野郎だ。これじゃあ友達ができないのも納得だな。

 拳を寸前に構えたところで「ほら、クロ今喋ってるでしょ?」とヨルは主張を切り出した。確かにそうだと頭を抱えしゃがみ込んでしまった。

 俺としたことが…………

「でもまだ眷属の子、まだ居るよ。ちゃんと見てよ、クロ」

 ヨルの言葉は信用ならねぇ。だが半ばノルマ達成を諦めてしまった身とすれば藁にもすがる気持ちでターゲット書いたであろう場所に視線を移した。

 いた。

 何故だ?結構な大声を出してしまっていたので気づいていないということはないだろう。だとしたら大物じゃない、ただの小物。

 だとしたら考えられるのは、ヨルが何かしたかだろう。 

「うん、僕がした。僕は戦闘タイプじゃないってのはクロの認識どおりなんだ。変わりに僕ができるのは援助タイプだ。僕のつけてるこのモノクル自体に仕組みがあるんだ。簡単に言えばこのモノクルから半径五メートル以内の人物の声と気配を相殺することができるんだ」

「お前が作ったのか?」

「ん。まあ、そんなところだから安心して喋っていいよ。僕はあくまでも見学、クロは腕試しみたいなもんだろう?遊び感覚でしようよ」

「…………腑に落ちないがまあ、いいぜ」

 無表情たが最後は俺の心をくすぐる顔をしやがった。俺の実力を見てみたいって算段らしいと踏む。いい度胸してやがるが一つムカつくところがある。

 遊び感覚で。

 これは気に入らない。

 俺はいつだって本気なのだから、それを見せつけてやろう。それで俺の恐ろしさを知らせよう。ヨル、こいつは出会ってから一度も俺を恐れやしない。薄っぺらい口で言葉はよく吐くくせに、だ。のらりくらりと攻撃をいなされているような気分で少々不愉快であった。

「ただし、俺の邪魔は絶対にするなよ」

「うん。頑張ってね、クロ」

 念押しをすると当時に睨むものの、手を振り軽い声援を送るのみだった。

 俺は俺として、やることは決まっている。ヨルが言うことを信じるのならば相手からすれば何もない所から人が現れて刃を向けてくるのだ。驚くや戸惑いは確実、成功確率は高いがイマイチ信用ならないヨルの言葉を信じないならば失敗のほうが大いにありえる。

 ヨルの言葉が嘘の場合。

 いや、今は時間が惜しい。その時はその時で対処するであった。クロはヨルとほ距離を把握し、膝を沈めた。両手は脱力させ次の所作を反映させておく。


 次の瞬間、俺は一瞬で眷属の前に現れた。


 極力地面と足との接触を避けて、少ない数で長い跳躍で、体の重心のかけ方で跳躍中もコントロール、そうして数度の跳躍での接近が可能となる。そして上手く作動させられた。屋上、風吹き続ける中一人立ちずさむところに至近距離での右足の蹴りが神出鬼没に現れたはずだった。

 そして眷属は肩を一瞬震わせるものの、既に構えられた右足の蹴りに狙われた首を刹那の間に腕を挟み防がれた。

「………っ!」

 小さく声を唸らせる眷属はそのまま横へと衝撃で転がる。一回転の途中その目獣のような黄金の瞳に捉えられる。次の半回転には着地、あの一瞬で俺の動きは読まれた。距離を詰めるための猛進と短剣二本の投擲は、結果として探検を逆に掴まれ勢いに勢いを重ねたまま俺へと返ってきた。幸いにも右頬と左脛を掠るのみの被害にとどまった。

 が、距離は微妙に埋まらなかった。

 蹴りはできないし、再度腰に隠した短剣も投げることでしか意味を成さない。なら次の行動は決まっている。先と同じ最短で最適な跳躍接近方法を用いる。ある程度の攻撃を受けても問題はない。

 だが、眷属は何もしないというほど無力ではない。

 眷属は背中のベルトにつけたナイフを素早く取り出した。こちらに投げるでなく斬りかかるでもなく、自身の手首の脈動を切りつけた。鮮血が生生しく中を舞い凝固する。凝固したそれは槍の形を成した。

 吸血鬼眷属特有の血液凝固創生術だった。

 真っ赤な槍は投擲され、俺の脇腹のあたりのパーカーの布を破った。本来なら腹のど真ん中を狙われた寸前での回避に冷や汗をかいてしまう。


 最小限の怪我で最大限の反撃を。


 今度は左足でその腹に思い一撃を食らわせた。敵は自ら武器を放棄した、それはチャンスなのだから。その衝撃は余程大きかったのか、眷属は口から胃液を吐いた。立て続けに無駄なく追い打ちをかけようとしたが、無理に終わる。

 クロの背後、首元に嫌な感じがした。

 何かが来る。

 反射、野生の嗅覚で勢いのまま上半身を脱力させる。攻撃の構えのままだったのでまたを開き手を地につけた猫の威嚇のようなポーズになる。ぶわん、という空を切る音と共に見上げれば眷属の手にはあの血液武器が戻ってきていた。槍というか、鎌に変形しているが。

 槍は腹を掠った後に鎌に変形、武器創生術解除を促し強力な引力で引き戻すことに成功。その証拠に先程の自傷した部分が沸々と泡を上げて発熱している。そして水鉄砲のようにし光熱血液爆弾をかがむ俺の目の前までその赤は迫った。

 これも寸前で回避。今度はうつ伏せにほぼ近い体制になるものの肘を折り曲げ収納する形にどうにかする。

 避けられたがどちらにせよ武器の回収をされてしまったことはかなり痛い。結局振り出しに戻るだ。だがダメージが多いのは向こうだ。

 有利は変わらない。

 指全体に力をかけ、右手を右足方向へと回し、その勢いのまま左足を眷属の足へと蹴りつけた。小さや唸り声を聞く暇を与えず右足め踏み込み、体を崩した眷属の後ろを取る。その細い首元に手を絡ませる。

「俺の握力はてめぇら眷属にも劣られねぇ。むしろ格上、お前みたいな大物ならわかるだろう?わかるならさっさと両手を上げてその鎌の術をとけ。従わねぇな!?!?」

 喋りの途中に違和感はあったもののスルーした。眷属というのは一度は死に吸血鬼の血に生かされているもの。要は死人で体温など存在しない筈なのだ。

 それなのに首元が妙に熱い。

 掴んだグローブ越しのに伝導しているというのに沸点を超えんとする熱を感知した。耐えられるのでまだ離してはいなかったがそれが仇となった。眷属の体からは蒸気のような白煙が溢れている。そして首がありえない方向に曲がり俺を見た。

 


「ばかにしないで、ね?」



 顔は溶解していた。恐らくこれも血液を利用した整形術および変装術。多少体格の良い男性体型から相まって全体図としては俺より少し小さな華奢で細身の少女へと変貌を遂げる途中。顔もまつげが長く真紅に輝く瞳は鬱陶しい前髪に見え隠れし変貌前の醜さをも美しいものへと変えていた。

 幼いながらの色白の肌故か、その紅は美醜の中和になっていた。

 少女の眷属。

 その口の中、周りはべっとりと付着した血液は勿論その根本は舌。舌を噛みちぎっていた。口の中は血液が溜まっており、俺の目が合うと同時にその血液を吐きつけた。


 目だ。目を狙われ、案の定食らった。


 俺はとっさに距離を取る。取らざる得なかった。仕留めぞこねた。だが口を割らせるにも舌を噛みちぎられては喋れないか?だが変装術も使えるもなれば本当に大物だ。きっとすぐに再生するだろう。

 ならば問題ない。

 また仕留めればいい。むしろ今を逃しては、好機は二度と訪れない。幸いにも片目は守れたので支障はない。片目の視力を失ったぐらいで俺の力は抑えられない。そう自負できる。

「おい、逃げんなよ。俺はまだ負けてねぇ、今のはウォーミングアップだ。だから武器を構えろ」

「………」



 英雄は逆境ほどよく笑う。



 誰が言っていた。助ける人を不安がらせない為だってな。英雄はその世界の象徴で中心人物。そんな人物がいるからこそ成り立つ世界で、だから英雄と呼ばれるわけで。

 だから英雄が笑えば群衆も笑う。誰だって嬉しいから。

 だから英雄が苦しければ群衆も苦しい。誰だって嫌だから。

 英雄という夢を見させる存在、平和と安泰をもたらす存在が負けてしまえば世界は絶望に染まるのだ。だか、苦しいときこそ応援し共に苦しみを分かち合おうとする。

 それこそ醜い。

 汚れた英雄の眷属よりもだ。

 それを美しいというものもいるらしいが俺は違った。英雄は応援者や信者があってこそあるが、違う。俺が目指すのは違う。


 英雄は孤独であり、栄光を手にする存在。


 群衆という立場により不幸か幸にも英雄という存在は逆転もする。だがそれを決めるのは群衆で、英雄自身が英雄を定めればいい。この世界の誰か一人にでも認められれば英雄だ。全世界全員に否定される英雄なんていない。

 英雄がいるように敵がいるのは表裏一体で、否定には必ず肯定もいる。

 だから英雄自身が英雄と決め、それを誰かが目撃し認知すれば英雄なのだ。英雄は最低でも一人いれば完成する。それを一応は度胸のあるヨルに託そうとは思っているがそれこそ品定め中である。


 今回ヨルが俺を試したように。

 俺だってヨルを試している。


 まあ要始めに戻れば、俺が笑うのは俺自身の為だってことだ。己を鼓舞し逆境に立ち向かう糧とする。俺は万人の為の英雄になるのではなく、俺の為俺を実に必要とする誰かの為に英雄を目指すのだ。

 だから俺は笑うのだ。

 不敵に、ニヤリと嘲るように笑う。策は整った、あとは行動に移すだけ。真の姿を体現させ、本気モードなのは確かだが相手は出血も多い。たが上位眷属ならば多少なりとも問題ない。

 相手にも俺自身にも関係なく、俺に有利不利関係ないのだ。

 踏み込みの瞬間、間に割り入る人物がいた。

「ーーーーーーーーそろそろやめようよ、クロ」

 ヨルだ。

 こいつ、俺の速さに反応したことにも驚いたが何よりその度胸に驚いたし怒りを覚えた。俺はたしかにこいつに邪魔をするなと言った。それなのに邪魔をしたということは相当な覚悟があると見る。一度は止めた足を再び進めようとしたとき、続けてヨルは言葉を紡いだ。

「ツキも多分限界だろ?」

「………余裕だし。それとヨルは嘘つき。遊び感覚でいったのにがちのやつだった」

 ツキ、そう呼ばれた少女は吸血鬼の眷属で俺の敵だ。それなのにその敵が俺の腰巾着お試し期間のヨルに駆け寄ってひっついてやがる。「ごめん」と正面から対して変わらぬ頭をなでているし。

 なんだこいつ、ヨルは敵だっだ?

 そもそもこの眷属とヨルはグルだったってことか?

 それならばそれまで。どちらも倒せば問題なしだ。拳を鳴らしているとヨルが話しかけてきた。

「ごめんよ、クロ。少し試した」

「不愉快だ。全部説明しろ。全部だぜ」

「クロのそういうところ好きだよ。ちゃんと話を聞いてくれる」

 まあむこうなりの言い訳もあるようだし、話だけは聞いてやる。その言い訳次第で殺すか生かすかを決めてやろう。殴ることは内定しているが、それだけは譲れない。

 

 再度降り出しに戻る。


 屋上の端に腰を掛けて足を立てた。下を見下ろせば同じ学園生徒が抜け出したのか薬物を吸っているし、警備員も徘徊している。上を見上げれば雲が二つの月を覆い見え隠れしている。俺の座った位置の直ぐ隣肩と肩が触れる距離に躊躇いなくヨルは座った。「離れろよ。馴れ馴れしい」と引き剥がすものの強引に本当の端まで追い込まれて強引に状況を作られた。よってもらおうにも眷属の少女ーーーーツキがすでにピッタリとヨルにくっついており、ギュウギュウ詰め。俺は諦めた。攻めと思いヨルの肩に背中を向け距離を少しでも測った。

「要は全部お前の策略だったってわけか、ヨル」

「全部が全部ってわけじゃないけど……うん、大方それでいいよ」

「引っかかる物言いだな。怒らねぇとは保証はできないが言えよ。洗いざらい全部な」

「なんだか悪役みたいだ」

「実際俺から見ればそう見えるんだが」

「参謀だよ。知的ボジション」

「そっちのほうが胡散臭ぇ」

 こんな小粋なやり取りは心地がいい。だがここからがヨルの山場だろう。参謀だろうがヨルが俺を騙したことは変わりないわけで、俺はここで決別することだって可能なのだ。それを見定める。

 度胸と気概は認めるが、果たしてその本質はどうなのか。

「本当はあそこの屋上で君と会えるかは五分五分だったわけだし、お礼を言いたかったのは本当で、君のその目の良さを信頼しての作戦だった。見つけてくれなくても僕が待ち合わせしてたツキとの対話も可能だったし。リスクなんてのはクロ、君以外にはなかった」

 確かにこうして殴られるのを前提に言い訳タイムを聞いてやってるわけだが、俺的には現在、まあ許してやらんでもないくらいだった。俺の力を信用しての、信頼のための対話もした。

 それでまだもうもう一歩がほしい。

「ところで、初めに君に近づいた理由、覚えてる?クロ」

「友達になりたいから、じゃなかったか?」

「うん、正解だよ。友達は友達でもその定義、語り合って共通点を見出し違いを尊重する。それが達成できたと思う。でも一つ問題が生じたんただ。もうひとりの友達、僕の左にピッタリとくっつく眷属のツキだ」

 ツキ、そう呼ばれた少女俺と一瞬目を合わせ、横に流れる。小さくお辞儀はした。

「クロは英雄が好きだから英雄を殺したくて、それ故にその眷属、敵と血縁のあるツキとはどうなのかなって思って」

「………でも、わたしがね言ったの。力比べで相手の信頼度を試せばだいじょうぶって。わたし、ほら。眷属だから体で仕込まれてきたから力の使い方で当人の本質が分かるから、ね?」

 まさかここもグルだったか。

 騙されすぎだろ、俺。あからさまに呆れる様子を見てからツキは急かす勢いで弁明した。

「あと、ね。わたしもこのヨルの計画はね、聞いてなかったからなかま、だよ?背後でヨルの声が聞こえたときはびっくりしたけど、遊び感覚でって聞いてばとるしたの」

 ん?それはおかしい。

 ヨルは声は聞こえていないといった。気配もだ。

 それなのにバレていたとなれば………

 視線を一気にヨルにやる。ヨルは平然といってのけた。

「そこからが嘘だよ。僕にそんな力はない、武力的にも知力的にもね」

 すべてが嘘ではないとは言った。それは本当なのだろう。

 それでも、だ。俺の力を信用しての綿密な計画性には驚かされたがとばっちりにも程がある。偶然今日、俺と出会いツキとも待ち合わせの約束もしておりそれを見つけられて、嘘が突き通せてこうなっている。

 おおよそ一日、否、数時間での出来事が濃密すぎる。

「よし、てめぇが精神的に強いってことだけはわかったぜ。殴らせろ」

「ここでじゃないならいいよ。君のその勢いだと僕はここから落ちる」

 すくりと二人息ぴったりに立ち上がり、中心の方へと移動する。その際ツキは少し距離をおいて沈黙を貫いた。それで俺は躊躇いなくヨルの腹を殴った。背後の方で小さく「うわぁ…」という引き声が聞こえたが、気の所為だ。

「何でお腹?」「案外可愛い顔してるからやめておいてあげたんだぜ。感謝しろよ」そんなやり取りをしながら背後にいるツキへと俺は体を向けた。殴った直後ということもあり、警戒心強めの視線が痛く感じた。だがまずは順序だ。


 俺はグローブを外し、素の掌を前へと出した。


「まずは認める。お前は強いし、あまり親である吸血鬼の狂信者というわけではないと判断した」

「………あたりまえ。わたし、大嫌いなものが多いけどナンバーワンはそれだから」

「なら好きなものの話をしようぜツキ。お前は俺の興味を引いたし、見ればお前の好きなもんはあれだろ?」

 親指でヨルを指すと驚いたような顔をしたツキの顔は頬を少しだけ赤らめた。

「お前の好きなもんの友達が俺だ。そんな俺と仲良くするのはお得何じゃねーか?」

 口説き文句。背後でやっぱり曲がってる、なんて戯言目聞こえたが気のせいだろう。再度強い眼差しでツキに握手を促す。ツキは少し躊躇いながらも、色白の手で握り返した。

「話を聞くだけならいいよ。わたしもあなたも、相容れない存在だからゆっくり判断しよう」

 それなら、いいよ?ーーーと言葉に答えるツキには既に俺の判断は決定事項となっていた。



 そこからは繰り返すだけ。


 ヨルと違った点を言えばきりがないが、口論が多くなってしまったがその分対話としては百点満点以上だったと思う。俺もツキも、最終的にはヨルも加わり普通に楽しんでしまった。

 普通に話して、

 笑って、

 泣いて、

 怒って、

 語り明かして。







 こうして、俺達の妙な友達関係始まったわけだった。

 



 

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