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ヨルの歩き方

夜が支配する世界。

それは太陽が登らないということ。

それは日が沈まないということ。

それは月が欠けないということ。

それは地球は回っていないということ?


回らないという前提に。

回らないということは進まないことをさす。

進まず、繰り返して、間違い続けること。

間違い続けて、路頭に迷うこと。


迷った挙句、遭遇すること。

人間ではないナニカに。

怪物に、吸血鬼に。


そうして今日も

僕は出逢い迷って


『ほんもの』を手繰る。





 僕は夜が好きだ。




 闇で包む英雄がいるから。

 闇を飲み込む敵がいないから。

 光を導く、闇に抗う狂人がいるから。

 闇を知らせる、光の壊し屋がいないから。


 無数の孤独が蔓延る、静寂しか存在しないから。

 喧騒から死海までも遠ざかった時空だから。

 

 纏う空気が冷たく当たり、容赦も遠慮もないから。

 虚空に浮かぶ塵や灰までもが目視できないから。


 否が応でも肺への誘導な煙が薄れるから。

 嫌が怠慢する廃棄物が撤去されるから。


 御託ばかりの詭弁も大概に。要は特に理由もないが、退屈だったので不意に思ったことを並べては格好つけて口だけでもそれらしくあろうとした。それだけだ。

 僕が夜が好きなことに特に理由はない。

 好きだから好きだとか、そういうなんとなくの雰囲気だけのものだ。


そして唯一例を述べるのならば、



「やぁ、こんちくわー!ヨル、調子はいかが?元気?元気だよねっ?」



 彼女がいる、それだけで十分だろう。








 彼女は、自身を吸血鬼だと言う。

 僕は信じちゃいない。吸血鬼だという彼女を信じていないだけで、彼女の人間性を信じている。人間性というと何様だとか言われるかもしれないが、僕は人の言葉にこそ本物が宿ると信じている。もっと詳しく伝えるには、僕自身の思念を信じているか故の彼女への信頼がある。

 ここで間違っちゃいけないのが、僕は彼女を信頼しているが信用はしていないということだ。

 僕の思念に基づけば当然だ。嘘を付く者は信用しちゃいけない。言葉にこそ対象の人間性は読み取れるのだから。それでも僕が彼女を信頼するに足る理由は嘘以外の部分。本物を語るようで語らない、彼女は本物を諭すのだ。


 語るでなく諭す。


 ここには大きな違いがあることを忘れないでほしい。双方一方的であることには変わりない。一方的に持論や許諾を並べる。だがそこに本物があるかどうかだ。


 例を上げるのならば両親と先生。


 両親は無意識にも自身の理想を押し付ける。それが偽物だろうと本物だろうと関係なく、各々が持つ定義による。各々というだけあり、それが嘘か真かは分からない。幼い頃、つまりは赤子の頃というのはそういうものだ。初めて目視したものを無意識に親と認識し、慕い敬うのが当然の如く押し付けられた理想にあろうとする。

 それがある程度成長して自我を持ち始めて気づく。これは嘘ではないか、偽物ではないかと。両親が押し付ける理想は、本物は自身の偽物ではないかと。今までの経験が全て無為に思え始める。賢明に無謀に愚かにもその偽物へとなろうとしていた自分への嫌悪につながる。そうして反抗期、世に言う思春期等と呼称されるそれに勝手に区分される。両親はそれが当然であるかのように、何度も何度も語る。偽物を語り続け、僕に偽物であることを押し付ける。そうしてそれでも無理ならと、他人に偽物を語り継がせようとする。

 

 それが先生だ。

 通俗的な先生も換言すれば、両親と同じ人間だ。そこに決定的な違いはない。だから違いを上げるのならば、繋がりがあるかどうかだ。両親とは血縁だが、先生は赤の他人とまでいっていい。何の関係も繋がりもないのに、何故偽物を諭そうとするのか。ここで語るではない理由は、先生は両親のいう本物を言い次ぐだけで本心では思っていないということだ。両親がいう本物も言えば、先生自身の本物も語る。それ以外の偉人や犯罪者の本物だって諭す。語り、諭して僕に手を尽くす。それでも結局は赤の他人であり、先生も一人の人間でしかない。いずれの期限を過ぎれば他言となる。きっとそれまでに諭される人間もいるのだろうが、僕は違った。語っても諭されても、ただ反発していた。


 それは偽物だと。

 本物だと思えないと。


 その人間の最後の砦となる言語の諭すというべき行為から見放された人間こそが僕だ。


 そしてその人間と人間未満の間にいる僕に諭し続ける、第二の最後の砦が彼女だ。


 最後なのに第二だとか付けば、続くのが言葉遊びだ。実際にいくら小説だとかで、第一章第二章と続き終章でくくりをつけたところで次の巻では第二巻として発売したり、タイトルの前に続などとついて終わり続けるものだってある。だから気にしてはいけない。終わりとは云うのは自らの決定医師により定まるもので第三者に決められるものではないのだ。

 かくしてこの物語が終わりを迎えることはないということである。誰にとっても終わりがスタートラインだったりする。そうゆう話を僕は今から語る。





 僕と彼女の暗黙の会合の場は闇に飲まれた東京都下の一角のビルの屋上。高さはそれほどなく、都心に比べては矮小とすらも言えるほどの少々年季の入ったビル。建付けが悪いのか、屋上の扉は開閉のみで軋みが耳に劈く程煩い。その不快音とは裏腹の、高音だが耳障りでない、心地の良い声が彼女の登場合図だったりする(僕個人の)。

「やぁ、こんちくわー!ヨル、調子はいかが?元気?元気だよねっ?」

 然程高くないが、風は靡く。

 その都度彼女の白髪は月光に照らされて銀にチカチカと瞬きを魅せていた。

「……うん、元気だよ。今日は君に逢えたから」

「よっ、いい感じにきざってんねー!いかしてるっ!ひゅーっ!でも気障りだからやめてね」

「韻踏むの上手いね。ラッパーになれるんじゃない?」

「はっはー、じょーだん上手いねヨル。あたしちゃんは吸血鬼、ラッパーなんてニンゲンがやる遊びでしょ?」

「ラッパーも立派な職業だよ。それに吸血鬼ラッパーなんて新世代でユーモアがある。きっと超儲かるよ」

「その儲かったお金でヨルは養ってほしいの?」

「んー、そういうつもりじゃなかったんだけど」

「それならお断りするよん★ヨルほど暇じゃないのであたしちゃんはっ!」

「それならこんな辺鄙な場所にいないだろ……ってそれで断るってなら僕がそうだよって言ったらラッパーになってくれたの?!」

「うん!残念だったねーヨル。あたしちゃんのヒモになれるなんてビバって感じだったのにねー」

「ビバってなんだよ」

「チョーシアワセってこと!」

 人差し指を両頬にあてにっぱりと笑う。僕を見つめた。兎耳のフードから覗く、白髪に見え隠れする真紅の瞳は今日初めて僕を見た。そのことに安堵感を覚えて空を仰いで応答した。

「なら二度目の遠慮をしておくよ」

「えー!酷っ!緯度一七度!非道!二度もあたしちゃんの誘惑に乗らないってどうかしてるね。このニンゲン未満!」

「今の僕には悪口にもならないぞ。それが僕の本物なんだから……それに、僕は君と話してる方がチョーシアワセって奴だよ」

「なにそれー?チョー嬉しいじゃん。ヨル最高」

 顔色一つ変えず彼女は笑う。

 表情筋は確かに動いてるが、頬を赤らめたりしない飄々としたその笑顔が僕の瞳にいつも焼き付いていた。


 偽物みたいだ、といつも思う。


「で、今日は学校に行ったの?ヨルは」

「一応、ね」

「ということはヨルの悩みはまだ持続中ってことだね」

「……じゃなきゃここに来ないよ」

 彼女にはよく相談をしている。先の本物偽物云々の関係なく、生きていく上での壁というか泥というか、そういうものに対しての意識の変え方の教えを請うている。

 最後の砦もあり、最大の壁もありの板挟み状態の僕にはどうしょうもないことだった。どちらも、だけど。

「この前のアドバイス、役に立たなかったの?」

「五分五分ってところだった」

「どちらにも傾かず?」

「ああ。変わんないままだ」

 まぁこっち側に傾かなかっただけマシだなーと彼女は顎に親指を載せ考え込んだ。

 不思議なものだと思う。

 人間の悩みを“吸血鬼”と自称する人間ではないらしい彼女に解決策を求めるのも、滑稽かな。最もな話、八方塞がりで四面楚歌でできることと言ったら彼女のおませのままにということ。愚直にもそれを受理する自分のほうが滑稽だけどね。

「だったらぁ………あたしちゃんからの問題だよ!」

「問題?」

 彼女はこうして僕へと諭す際、必ず問題形式で出す。三回目となればパターンも把握してくるものだ。

 一回目はとある森の中での犬猿の話。

 二回目はとある海面上での駆け引きのは無し。

 今回はどんなことを僕に諭してくれるのだろうと内心胸を躍らせていて、紡ぐ言葉を待った。


「これはとある宇宙のお話。


 線をなぞるように見事な弧を描いた流星が流れ、それを観測する三つの生命体があった。

 一つは砂の惑星で鈍く点滅する蛮族。

 一つは水晶の惑星で輝きを失った王様。

 一つは名も無き星で瞬き方を忘れた科学者。


 そこに関係性など皆無、あるのはその流星を観測し、果てしないこの空間でともに生きているということ。そして、この流星の日を原点に不動不変なる宇宙に変化が訪れ始めた。


 水晶の惑星の王様は廃れた王国への再建国を夢見ていたが、旅する狐に諭された。お前の夢は二度と叶うことはない、たった一人で国が建ち上がるわけもなく、所詮は何もせぬ夢に焦がれ盲目しているだけだと。それにこの国が滅びたのはお前のせいだろうと。

 実は、王様は自身の強欲さ故に民に無理をさせてしまっていたのだ。

 そのことを王様は自覚し孤独で生涯を終えることが贖罪だと思っていた。

 だが、狐は厳しくそれを否定し王様に使命を言い渡した。狐の言葉に王様は士気を奮い立たせ、新たな建国を指針に惑星を出た。


 残された救命艇に乗り砂の惑星へとたどり着いた王様はそこで蛮族と出会う。


 ここでの理に則り、襲われたものの王様の交渉術により和解に成功した。和解はしても仲は違えなかった。お互い知らぬ環境と理で生きている生命であったからの必然の取り違え。王様と蛮族は三日三晩、七日七晩と語り合い、相互の欲を興味を見出した。

 王様の孤独と寂寥を、蛮族は鼻で笑い、その莫大な夢に笑いはした。

 だが、王様のその核心に笑いはしなかった。

 蛮族の野蛮で強引な殺伐を王様は顔を引きつり、意志に直結する奥底の自信とは真逆の小さな夢に首を傾げた。

 だが、そんな生き方での事故が定めた信念に感心した。


 互いが互いに無いものを見出し認め、やがて手を取り合った。


 そうして二つは旅へと再び出た。

 果てしない夢と小さな夢への終着点を目指して。


 そうしてたどり着いた惑星が名も無き惑星だった。

 まっさらに何もないその惑星に、二つは一つの生命を発見した。

 その生命は、灰被りに眠っていた。

 揺すり起こすとそれは科学者らしい格好をしていた。ただしどろもどろに言葉を紡いだ。


 度を過ぎた研究が加速し、理念のもとにあった真摯な研究が暴発した。全てを無に帰してしまった。人道を外れ、一つ取り残された孤独で不完全な生命体である被験者で科学者は今では何もかも忘却してしまったと。

 そこで王様と蛮族は科学者に問うた。

 君はあの流星を見たのか、と。

 頷く科学者に蛮族は語る。自身の経緯を包み隠さず素を全て、嘘も交えて愉快に語る。

 それを見守っていた王様も続けて、科学者の無機を映す虚空の瞳に訴え語った。心情を、夢を、恥かしげもなく惜しみなくして真剣に語る。


 やがて科学者とて本当を語る。

 何故構うのか、と。


 似ているような気がしたから、と王様は。

 同じ穴の筵、と蛮族は。


 かくして科学者は夢を語る。叶うならば覚えてもいない故郷が見たいと。ならば共にゆこうと王様と蛮族は手を差し伸べる。科学者はその疑問に何度訴え、同じ答えを聞いた。拒絶もした。

 だが懲りず二つの生命は見放してはくれなかった。

 科学者は諦めと微かな希望を秘めて決断した。こうして三つの生命は各々の夢を理念を追い求め、救命艇に乗り込んだとさ。

 おしまいっ!」

 二度の手拍子と共にものだりは終幕された。

 彼女は満足感があるのか大きな息を吐くとともに満面の笑みを見せた。そして見下ろしていた町並みから一点、夜空を真紅に映した。

「そういえばお星様の数はニンゲンがあの世に逝った数っていう噂みたいなのあったよね?」

「………………それはこれからある質問に関係あるのか?」

「単なる雑談だよ?」

「手早く頼む。明日も行かなきゃいけないんだ」

「ふぅん、君ってホントによくわかんないにゃー。それってつまり君の言う偽物になろうとしてるってことになるはずだよ」

「両親の理想すべてが僕の偽物とは限らなかっただけの話だよ。学校に行っていい成績を取ることは偽物じゃないよ。自己肯定を高める素敵な本物だよ」

「それならテストなんだねー。ニンゲンも大変だね」

 他人事なのは当然だが、にしても雑談を交えて派生した会話にここまで興味なさげだと思うところもある。だがいち早く助言を求めたいところなので口を紡いだ。

「それで、質問は?」

「しっつれー、話の腰を折っちゃったね!というか膝を折って座ってるから関係ないけどね★」

 僕は彼女を軽く睨む。彼女には好意もあるし、敵意もある。僕が彼女を第二の最後の砦というように、僕は早く答えを、本物を欲しているのだから。僕の自然に彼女は物ともせず、鼻を鳴らす。

「問、王様と蛮族と科学者の共通点はなーんだ?」

「孤独であること、そんで自分自身の罪を自覚していること」

 王様は強欲さ故に王国を滅ぼす魂胆となり、

 蛮族は惑星の摂理故に他の生命を犠牲に生きており、

 科学者は好奇心という虫に喰われた故に虚無を手に入れた。

 そして皆、孤独と後悔と夢を抱くことになった。

「問、蛮族は何故王様と共に行動することを決めた?単純明快なものでなく、詳細に心情的に表すものとする」

「……高貴な身分である王様とは真逆とも言える価値観や倫理観に拒絶を覚えながらもその中に蛮族自身の共通点を見出したから」

 彼女がこの質問をしたのは、以前と助言につながる。

 いくら赤の他人といえども必ず共通点はある。直接でも関節でも、どんな些細なことに僕なりの価値を見出し尊重しろ、と。嫌悪ばかりでは始まらない。


 相互理解のもとに成り立つのがそういう対人関係というものだ、ということを。


 実際、蛮族は王様からそれを見出した。

 それはきっと、蛮族が孤独を拒絶していたから。  

 僕は孤独を受け入れている。だから、この助言は上手くいかなかった。

「問、王様と蛮族が科学者への興味を抱いたのは何故?」

「科学者との共通点があったから」

「違うよ。それは全ての物語を終えてからのものだ。その時完全に初対面なんだよ?科学者とはね。完全になーんにも知らない状態ってこと!もっと登場人物に感情移入して考えてよ、ヨル」

 それもそうだった。僕の前提と王様らは違うのだ。

 王様と蛮族は互いの夢の規模は大幅に違いはしても親しいものであったことは確か。王様の強欲さ、蛮族に怯まなかった豪胆で巧妙な言葉から聡明で自由気ままってのが性格なんだろう。だとすれば考えられるのは……

「………………王様の第六感、とかでどうだ?」

「及第点だねっ★理屈よりも直感、じゆーこそ王様の流儀にハマったのです。ぱっぱらぱー、つまりは生きる為なら手段を選ばないという蛮族の流儀にも当てはまるのです。ふかーく理解できたでしょ?王様と蛮族が共に行動する理由!」

 深く頷く僕に彼女はうんうんと真似するように頷いていた。

 そして彼女は少し間を開けて問を再開した。

「問、科学者の罪とは何でしょう?」

「………研究に熱心になりすぎたことにより周囲が見えなくなって、人道を外れてしまった上にしまいには惑星をまっさらにしてしまったこと………か?」

「ぷらすわんっ!もっとちょーっだい!」

 夜空の星を指差すように、人差し指を立てる彼女を横目に深く考えてみる。

 それでも答えはなかなか出なかった。

「ぶっぶー!たいむアップ。ここで大事だったのはあたしちゃんが科学者のことをいくつかの名称で呼んだことなんだよ」

「不完全な生命体……と被験者、だろ?」

「いえす!そして科学者は故郷が見たいとも言っていた。このことから他国のものであるということも分かるよね!」

 被験者、ならば科学者は自身をも研究対象にしていた?

 それならば人道を外れるなんて研究の全容も知れるというものだし、不完全な生命体というのも人道を外れたから来ているんだろうけど。

 ここまで解説前のヒントをもらっても分からなかった。

「正解はーーー科学者の罪は名もなき惑星にて長く滞在しすぎたこと。それにより自身を業へと墜とし、国を明滅させる元凶となってしまったこと、だよ!」

「でもそれじゃあ、科学者は報われないじゃないか。科学者だって旅人みたいな立ち位置で偶然通った場所で偶然目を引く研究があって、協力して、科学者を止められなかった国民側にも非はあるように僕は思える」

「優しいんだね、ヨルは」

「どこがだよ」

 この物語と彼女の問。

 全て僕から読み解けば皆が皆罪人であり、生命体と称してどんな行為を行っても、全て人間らしい真の人間に思えた。


 強欲に溺れた王様も、摂理に抗えなかった蛮族も、好奇心に喰われた科学者も。

 制御剤なり得なかった元王様や女王様も、摂理に従順できなかった他の生命体も、余所者を信頼し責任を放棄した愚かな国民も。

 

「問、王様の元へ現れた狐。実はこれは誰かの差金だった。一体誰のでしょう?」

「………………見事な弧を描いたって所が人為的なものだと考察すれば、その流星を引き起こした裏ボス的な立ち位置の奴、とか?」

「おー、絶好調だねヨル!大正解」

 でも態々何の為にそんなことをしたんだろう。

 その宇宙が不変でつまらない、だとか。それなら神様的存在になる。

 狐を向けたのがそいつなら王様に別の形で贖罪を取らせようとした、だとか。それなら国民になる。さすれば流星というのも、星の数が生命の死の数というのなら納得も行く。他にも、

「王様と蛮族と科学者を運命的に出逢わせる為とかは?」

「疑問形ってことは答えはないんだな」

「物語ってのはそういうものって話だよー。どんなエンドを迎えたってその先を考えるのが享楽ってものだし、分岐したものを想像してもいい。自由が出来るというのは新たな可能性が無数に存在するということだから、とーってもすてきなこと、なんだよ★」

 ピースを闇へと溶け込ませ、滑らかに中で動かす。なんの意味もない行動、だが所々のほのかな月明かりに照らされた部分が上下に振れ人魂のように思えた。

「はい。では、らすとくえすちょんっ!」

 やっとかと思い、一応気持ちを引き締める。僕は大きく息を吐き、崩していた体制を猫背気味に、できる限りで背中を伸ばしてみた。 



「三つの生命の終着点はどこでしょう?」





 「それでお前はなんて答えたんだよ。そこまで話したんなら全部喋れよ。急に黙り込みやがって、気持ちわりぃ」

「そこまで言うことじゃないんじゃ……」

「ああ、ごめんよ。いや、この話にどうやってオチをつけようと思って」 


 結局あの日を境に僕は彼女と会わなくなった。

 詳しくは会えなくなった。


 翌日アドバイスを実行するのと、僕の本物を求めて登校。通常喧騒に溢れた雑音だらけの教室が妙に静かだったということが、初めの違和感だった。次に扉を開けた先、常に僕の目に嫌悪を映し続けた醜い偽物の机に意識が向いた。醜い偽物の机は窓際の一番前と目立ちやすい位置で必ず視界に映る。だからそれを見た時、僕は立ち尽くした。

 その机には彼女が座っていた。


 彼女、昨晩語り諭してくれた吸血鬼を自称する彼女。

 紛れもなく、その顔も体躯も目も口も鼻も全て、彼女に見えた。


 扉の前で立ち尽くす僕は唖然としていて、声すらも出なかった。そもそもこの場での言葉すら浮かばなかった。それだけ僕にとっては衝撃的なことだった。いつも目が合うなり雷や火花を散らしては果てしない火力へと膨れ上がって止められて。僕が僕でなくなるような嫌悪で満たされる感覚に陥る。それが今日は空っぽの瓶みたいに中身を失った。鈍い光は僕のもとを立ち去り、新たな光をもたらす。

 未知という、不可解という曖昧模糊な光。

 同時に闇は濃くなった。光あれば闇があるように、兆しがあれば閉ざしもあったのだ。

 クラスメイトは通常通りだった。口を煩く忙しいくらいに動かしている。なのに声は聞こえなかった。彼女を目視する僕の視界には僕が偽物だと認識している人間が全て靄がかかったみたいに見えることにも気づいた。その靄は今までは幼い子供が描き殴ったクレヨンみたいなのが顔を隠すようにあるものだった。だけど今日は違った。靄、クレヨンなどという話ではなく普通だった。

 鏡で見た自身の顔、偽物の顔以外の普通の顔というものを初めて目視した。


 ???????????????????? 


 それにもう一つ。決定的な疑問点があった。

 何故クラスメイトは彼女がいることに違和感を覚えないのか、ということだ。クラスメイトはクラスの中心にいた偽物の存在が居ないことに違和感を覚えないはずがないのだ。それなのに、何故。何故。

 立ち尽くす僕の背中は担任の先生により押された。

 ホームルームだぞ、なんて平然という先生と着々と怠けながらも席に座るクラスメイトの中、僕も無意識に座っていた。そして次の瞬間全てを察した。


 先生は言った。昨晩クラスメイトの■■君が不慮な事故により亡くなってしまいました。


 クラスメイトはどよめきを見せ、口を慌ただしく動かした。泣いているのではない。嗤って、いた。 


 そして彼女は言った。これで相互理解、でしょ?と。


 そして彼女の手を強引に引きその場から逃げた。

 それは僕の価値観の崩壊で。

 僕の偽物が偽物にも至らなくなった。

 本物以前に、その本物すら求められなくなった環境からの。

 決定的な、逃亡だった。





 あたしちゃんはヨルのお手伝いをしただけだよ。


 ヨルのいう偽物にあたしちゃんはあたしちゃんなりの相互理解をしに語り合いにいったの。

 昨日たーくさんお話したでしょう?王様と、蛮族と、科学者との宇宙のお話!あたしちゃんもあのお話は大好きでねー、孤独な生命が言葉と心情、時間を交えることで相互理解相互信頼に至るってのが綺麗事でステキって思うわけなんだよん。それを実験したくなったってのもあってね、ちょっと試してみたんだっ!


 それでそれでーっ相互理解したの。


 あたしちゃんは吸血鬼でそれはニンゲンで、価値観の食い違いに相互証明したの。たーくさん話して語ってー、ヨルのことを出した途端にピーピー小鳥みたいに五月蠅くって諭してあげたの。あたしちゃんったらやっさしー!それなのにヨルみたいにね、静かにならなかったの。折角あたしちゃんが、やりやすい生き方の教示を解いたのにシツレーな奴だったよ。んで、あたしちゃんもその偽物はねお互いが噛み合わないってことを理解したの!

 

そしてあたしちゃんもわかっちゃったわけ、何でヨルが本物を求められないのかーってね!


 この偽物至らん環境がいけないってことだったんダヨだよ。


 あたしちゃんは偽物を吸血して、ま★さ★に★!

 流儀に沿って血液からヨルの偽物を知ったの。


 それでその偽物の考えに則ればヨルのくらすめいと?っていうのはゼーンブあたしちゃんの、そしてヨルの偽物何だと判断したなり~!だからみーんな、ヨルの偽物じゃなくなったんだよ。

 偽物にも至らない、ヨルみたいなニンゲン未満ですらない、人外★だよっ!それにそれにー、ヨルを駄目駄目にしてた環境もぜーんぶひっくり返してあげたんだから!


 人外っ!びば!眷属ライフっ!


 吸血鬼のあたしちゃんと『オトモダチ』なら、あたしちゃんの眷属なら顔見知り程度にはできるんじゃないのかなーって考えたのでごわす!褒めて褒めてー!あたしちゃん、頑張ったんだから!



 彼女は吸血鬼で、僕は人間だった。

 それだけの話だった。



 僕は彼女を同じ側の存在だと思っていた。人間未満の僕とそれを掬い上げる存在である先生、同じ位置にいなければそれはできなくて、だから僕は同族意識を無意識にも思っていた。いつでも諭してくれるのだろう彼女に縋っていた。彼女なら僕を本物へと導いてくれると微かな期待を抱いていたのだ。でもそれは違った。 僕が愚かだった。 

 人間ではないといつから自負したんだろう。

 僕に彼女の価値観が理解できない時点で僕と彼女は決定的に違うのだ。

 

 だから僕は彼女を拒絶した。

 それは違う、これは僕の求める本物でない。そして偽物でもなかったと。  

 


 それからだ。彼女と会えなくなったのは。



 僕は聴力と引き換えに己の過ちを知った。 

 己を知った。人間を、吸血鬼を。人間の生き方を。


 別に本物がなくたって生きてはいけるのだ。そう割り切れるくらいには成長できた気がする。だから、別れで終わりのこの話に終着点というのはまだないのだろう。


「大丈夫かよこいつ。まただんまりでつまんねー」

「そのちょっとを待つこともできないほうが問題じゃん……」

「あ?てめぇもっかい言ってみろよ!」

「………待つこともできないマグロ野郎って言った」

「一言一句ちげぇよ!舐めてんのか!」

 だから、僕は今も人間として生きようとしていて。

 彼女からの最後のアドバイスの結果、ほっぺをつまみ合う賑やかな仲間を見つけた。あの話にそうならば共に志をするものを見つけた。

 語り合いの相互理解。

 尊重し、否定し、肯定し、認める。  


 王様はこの如何にも粗暴で獣のような目を持つが、根は優しい少年。

 蛮族は一見大人しげだが、猫かぶりのおちょくり上手の少女。

 科学者は僕。本物を探求し続ける、迷い羊のように友達のそばにいる。 

「彼女とまた会ったら話をしたいなぁ……」

「何干渉に浸ってんだよ、ヨル。話の続きをしろ!続きが気になるんだよ!」

 それで感謝をいう。

 君のアドバイスのお陰で、君に会えたお陰で僕は素敵な理解者に会えたよと。本物を、答えを見つけられそうだと。

「それで僕はきっと、本物になれるんだろうな」

 彼女との再会こそ、僕の本物へと答えとなるんだろう。

 友であり親であり先生だった彼女に、一皮むけたちゃんとしたニンゲンの僕を見せてあげるのだ。

 











 あ、そういえば彼女の名前を言いそびれていた。




 彼女の名前はミミック。




 百鬼夜行のこの世の中。

 ヨルの歩き方を教えてくれたニンゲンみたいな吸血鬼だ。

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