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聖女候補からのリーフの評価




 扉が開く大きな音で、メアリーさん達商会の皆は一斉に緊張した表情になる。そういえば、お爺さんが先客がいると教えてくれた事を思い出す。


 それが一体誰なのかはボクにはわからないけど、一瞬で静かになってしまった事実に、息を呑んで様子を見るしかなかった。




 商会の奥の部屋から出て来たのは、よく手入れされた長い金の髪を綺麗に巻いて、白い肌に濃い碧い瞳をした、ボクと同じ位の年齢の女の子だった。


 着ている服も豪華な装飾が施された物で、誰がどう見てもその姿は、貴族のご令嬢なのだと判断出来る。後ろには同じ格好をした大柄で精悍な顔の男の人達がいて、恐らく彼女の従者なのだと考える。


 しんと静かになってしまった商会内をじろりと見つめる少女は、一緒になってやって来た商会の会長さんに声を掛けた。


「一体何の騒ぎですのよ、全く、騒々しいですわ……」


「も、申し訳ございません、パトリシア様……何分今日は大事な式典ですので、多少浮かれてしまう者もいたのでしょう」


「このお店は品揃えは優秀でしたけど、従業員の方はもう少し教育をなさった方が宜しくてよ?」


 パトリシアと呼ばれた少女にそう言われ、会長さんが頭を下げたと思ったら、メアリーさん達も慌てて頭を下げて、自分達の持ち場へと移動していく。


 それだけで相当な家柄の出身なのだと感じ、ボク達も失礼の無いように、なるべく隅っこの方にいるべきだろうか。そう思い義兄さんに確認を取ろうと顔を見ると、彼女を見つめ何だか嫌そうな顔をしていた。


 知り合いなのかなと疑問に思い、ふとパトリシアさんの方にまた顔を向けると、彼女は義兄さんを見て微笑みながら近づいて来ていた。




「お久しぶりですわ、スコール様! このような場でお会い出来たのは、何だかわたくし達、運命を感じませんこと?」


「パトリシアじゃないか……運命も何も、あの素材は俺が採って来たんだから、仕向けられたようなもんにしか感じないが」


「あら、あの『竜狩り』の異名を持つ、英雄様がそう感じるだなんて、随分と悪いお方もいらしたのですね」


 義兄さんのすぐ側にまで近寄り、パトリシアさんは普段ボクや街の人達が呼ばない言い方をする。その呼ばれ方をした義兄さんは、嫌そうな顔を更に露骨に浮かべてしまう。


 二年も昔に、前人未到の単独での竜を討伐した事で、義兄さんはそう呼ばれるようになった。それからあっという間に国の外にまで噂が広まっていき、当時は家の中で大変な事をしてしまったと、うんざりした顔をよくしていたのを思い出す。


「あ、あの、義兄さんはこの街の中で、そう呼ばれてしまう事を嫌がるんです……」


「あら? スコール様、この子は誰なんですの? にいさんだなんて、随分と親しいようで」


 義兄さんには、露骨に嫌な顔を女の子には向けて欲しく無いと思い、二人に声を掛けると、今度はパトリシアさんのボクを見る目が鋭くなっていく。




 それを見て、アネットさん達もボクを庇うように側に寄り始めた。何が起きたのかわからなくて、義兄さんの方に顔を向ける。


「おい、パトリシア! あんたは家柄もある令嬢だろ。護衛も見てる前で俺の義弟をそんなに睨み付けるなよ」


「おとうと……? ああ、成程理解しましたわ。あなたがリーフという訳ですのね」


「は、はい……初めまして、ですよね……? その、パトリシアさんはどうしてボクの名前を……?」


 パトリシアさんはボクの名前を知っていて、鋭い目をしたままこちらを観察し始める。彼女は一体誰なのか、二人はどういう関係なのか、どうしてボクの名前を知っているのか等、色々教えて欲しいと今度は義兄さんに目線で問いかけた。


「え、えっとだなリーフ……パトリシアは、この国の結構身分の高い家の生まれで、昔偶々依頼を受けた先で知り合っただけなんだ」


「だけなどと、ご謙遜は止して下さいスコール様。大事な領内を守る為に、勇猛果敢に魔物の群れを討伐なさった事は忘れておりません」


 その話を聞いて、アネットさん達が何かを思い出していた。どうやら冒険者の間では有名な話らしい。


「一年と少し前だったかなぁ、結構な規模の魔物の群れが出たんだけどね、それをスコールさんが率先して倒したって話、リーフは聞いてない?」


 セシリーさんからそう言われ、その話なら記憶にある。珍しく義兄さんが家の外で魔物と戦った時の事を、実演しながらしてくれた話だった。


「ええと、昔、晩ご飯を用意する前に、家の中だと狭いって言って外で木の棒を振り回しながら、話をしてくれた事があったかな……」


「普段のスコールさんって、そんなはしゃぐ事があるの!? 意外だわ……」


「流石に普段はそこまでじゃないよ? その土地って、良質な薬草が採れるって有名な場所の筈だよ」


 義兄さんのはしゃぐ姿を想像して驚くアネットさんに、ボクは話の内容と色々と調べた知識を合わせて、場所を特定する。




 どうやらボクの言った通りの場所で合っていて、パトリシアさんがこっちを見て来る目付きが若干変わっていく。上級のポーションを作る上で、調合の選択肢にも加わるとなると、街の工房にも素材を卸している商会の皆の様子もこうなるのは、尚の事理解出来た。


 それがわかってしまうと、思わずボクも急に緊張して来る。出て来た情報を合わせると、もしかしてパトリシアさんは聖女様の候補者なのではと思い、胸の鼓動が早くなる。


「ねえ、義兄さん……もしかしてなんだけど、パトリシアさんって、聖女様の候補者なのかもしれないよ?」


「なっ!? パトリシアがぁ? 今この街にいる理由にはなるが、ほ、ホントなのか……?」


 二人は知り合いで、土地柄だって聖女様になる事を目指すきっかけには十分な筈。それなのに、義兄さんが何にも知らないだなんて。


 さっきからパトリシアさんに少しどころか、相当失礼な事をしているのではと、ボクは怖くなり、恐る恐る彼女の方を見る。


「ふふっ……スコール様には自力で察して欲しかったのですけど、初対面のあなたが先に気づいてしまうとは」


「ホ、ホントなのかよ!? ……いや、悪い、パトリシア……最近色々考える事があって」


「いえ、この度に選ばれる聖女と共に中央に招かれるとあれば、スコール様も心労がありましたでしょうし」




 事情を察して慌てて謝罪する義兄さんを見ながら、パトリシアさんが衝撃的な言葉を口にした。


 それは、ここにいる人達の中では、義兄さんと彼女の二人だけしか知らなかった今後の事であり、今まで静かにしていた商会の皆も思わず驚いた表情を見せている。


 この国一番の冒険者で、英雄と呼ばれている義兄さんなら、聖女様と同じ位の存在として扱われても不思議では無い。中央国からそう判断されるのはとても光栄な事なのだけど、ボクは全く知らなかった。


 義兄さんが家で様子がおかしかったのは、素材の件や家の件等、色々とあったのだろうけど、この事が一番大きな悩み事だった筈。ここに来るまでの間でした話の内容についても、納得出来る部分もある。


 メアリーさん達からの視線がボクや義兄さんに向かって来る感じがして、どう言う事なのかすぐにでも尋ねたい。でも、ボク達の様子を見ていたパトリシアさんの冷たい目を見ると、どうしてか震えてしまいそうな感覚になってしまい、上手く声が出せなかった。


 そんなボクを見て、彼女が若干ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、ゆっくりとした綺麗な動きで義兄さんに近付いた。




「あら、スコール様。こんなとても大事な事を、他の誰にも教えにならなかったのでしょうか? うふふ」


 どういう事なのか詳しく事情を聞く為に、ボクは震えそうな身体でなんとか勇気を出して義兄さんに尋ねる。


「に……義兄さん……そ、その話、本当なの……? ボク、全然知らなかったよ……!?」


「す、すまないリーフ……俺もこの話を聖教会の連中に聞かされたのは、ライト達と酒を飲んでいた時だったんだ……」


 本当かどうか尋ねるボクを見て、申し訳無さそうな顔をしながら義兄さんはパトリシアさんの話を肯定した。


 そんな表情をしてそう言われてしまうと、ボクもどんな反応を見せれば良いのか戸惑ってしまう。式典から日が経って落ち着ける時間があれば、素直に喜べたのかな……


 義兄さんが言えなかったのは、きっとボクが素直に今日を楽しめなくなるかもしれないと思ったのだと考える。何も言えなくなったボク達に対して、パトリシアさんは使い込まれた自身の収納鞄を大事そうに両手で抱えながら、こっちを見ていた。


「そういう訳ですので、わたくしはこれからあなたの大事なお義兄様から頂いた、この貴重な素材で聖女の座についてみせますわ」


 パトリシアさんはニコリとボクに微笑むのだけど、目を見れば正反対の感情が籠っている気がして、震えてしまう。


 彼女の口から出るのは明るい声の筈なのに、ボクを突き刺してきそうな程に鋭くて、怖くて、目を瞑ってしまいそうになる。


「ですので、あなたはそのままこの街で、冒険者相手に聖女ごっこでもしていると良いわ」




 ボクが今日までやって来た事は、ごっこ遊びだと言われてしまい、今度は身体中が熱くなって来る。さっきまで怖かった筈なのに何でだろう。


「せ、聖女様ごっこ……!? ぼ、ボク、そんな事したつもりなんて無いよ! どういう事!?」


「あら、ごめんなさい。わたくし、これでも名のある家の娘ですので、当然その手の噂話は耳に入って来やすいのですわ」


 この街の事は噂話として、パトリシアさんの住んでいる場所にも届いているのだと説明される。


「聖女候補として今までポーションについて学んで来た身としては、あなたの存在は嫌でも知ってしまったわ」


「ここの商会の人達からも、ボクについては色々と聞かされましたよ……? み、見た目の事は、ボクだって気にしてるんだよ……」


「確かに、繊細そうな見た目ですこと。髪を伸ばして上等な衣装でも着せればまるでご令嬢のようですわね」


 そう言われ恥ずかしさで顔まで熱くなるボクに対して、パトリシアさんは綺麗な髪を軽く靡かせ始めた。その仕草が何を意味しているのかすぐに理解して、冷静になろうと首を振る。




「ふん、気が付かなければそのままバカにしてこの場を去るだけでしたが、察しは良いみたいですわね。本当に女性みたいだわ」


「こ、子供の頃は勉強の為に、ある程度は伸ばしてたから……でも、女の子だってからかわれて」


「男の身でありながら女のような姿に育ち、髪を伸ばす事の意味も知っていながらからかわれたから止めるとは、多少は期待しましたけどやはりごっこ遊びですわね」


 呆れたようにため息を吐かれる。その指摘は確かに当たっている部分もあってか、相手は聖女様の候補者という事実を前にして、何も言い返せなくなる。




「聖女様の事は憧れている部分もありますよ……? で、でも、ボクがそうなりたい訳じゃないから……」


「ならば、中途半端に首を突っ込まないで下さる? この街の方達は皆あなたが式典に参加するのだと言って、大変息苦しかったのですから」


「そ、それは……ごめんなさい……迷惑になるから訂正して欲しいってボクだけが言っても、意味なんて無かったよね」


 実際に迷惑になってしまっていた事を知り、ボクは素直に謝罪するしかなかった。パトリシアさんの鋭さは若干和らいだ感じがしたけど、それでもまだ勢いは止まらない。




「あなたのポーションについても調べましたわ。味が良いだけのただの基礎ポーションで、これを有難がってる冒険者達には理解出来ませんわ」


「ポーション作りは、て、手を抜いた事なんて一度も無いよっ! お婆ちゃんと一緒に作ってきた大事な思い出だから! これはごっこ遊びだなんて言わないでよ!」


 これだけは否定されたく無かった。そう思うと、目元が熱くなってきて声も震えてしまう。


「ですがあなた、上級のポーションは作成した事はありますの? わたくし達聖女候補なら必須条件ですし、一人前の証ですわよ?」


 一人前の証。今のボクに圧倒的に足りていない部分を言われたようで、その言葉の重さの衝撃で、目の前が真っ暗になっていく感覚になる。




 視界が滲み出して来て、前を見れなくなり頭が俯いてしまう。何をどうすれば良かったのかなんて、男のボクにはそんなのわからないよ……

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