式典の街中
気分を切り替えて、楽しい気持ちになれるように、ボクは知っている限りの聖女様の情報を義兄さんに話していく。
女神様の存在と、中央国の始まりの部分は、冒険者として色んな国を旅している義兄さんなら知っていた。
そして東西南北に国が出来て、それらの国々はもうずっと長い事、女神様の庇護下に置かれている中央国に仕え、共に支え合っている。
数十年に一度、四つの国ごとに聖女様になる女性を一人ずつ選び出し、四人の聖女様が一堂に中央国に集まり、お互いの得意な分野に女神様の加護を受けて使命を果たしていくと説明する。
「四つの国が全部、ポーションを作って聖女を決めるって訳じゃ無いんだな」
「うん、国ごとに聖女様に求められてる事は違うんだって。その中でもボク達の国の聖女様が、役割上人気も一番高いらしいよ」
数年前にお婆ちゃんからそう教えて貰い、商会でも情報を集め、本屋で買った本の中にもそう言った記述があるのは調べてある。
「療薬の聖女様って呼ばれてるみたいで、癒しの力で色んな人を救うだなんて素敵だよね!」
そう呼ばれる程に、凄い腕前を持つ人が作るポーションとはどんな物なんだろう。一度でも良いから実物をこの目で見て、参考になる部分があればお手本にしてみたい気持ちになる。
「お、おう……そう聞いてみると、リーフも冒険者相手に割と近い事やってるんだぞ」
「えへへ、義兄さんはいつもそう言って褒めてくれるね。でもボクは上級の素材を扱った事が無いから、調合の勉強を頑張らないと」
数日前にまた会う約束をしていたアネットさん達と再び会った時、ボクのポーションの効果が凄いのだという話を聞かされている。
ボクのポーションを元に、現地で採取した素材と調合して作ったポーションが、冒険者達の窮地を何度も救った事があるという話だった。
誰かが大きな怪我をしている所をボクは見た事が無いし、義兄さんも会わせてくれる冒険者を選んでいるからか、どれ程の怪我から回復したのかは上手く想像出来ない。
けど、使った人達皆がボクに感謝しているというのは、話を聞く限り伝わって来る。
彼等が使用した素材が何なのかはわからないので、そこは冒険者達の知識や調合の腕が熟練されているのだろう。そうやって誰かの役に立てているのはとても嬉しかった。
話をしていると、あっという間に街の近くまでやって来る。顔馴染みの衛兵さんに今日もいつもみたいに挨拶をしようとすると、義兄さんがボクの隣で、衛兵さんを睨み付けていた。
二人はどうしたのかと尋ねようとすると、先に衛兵さんが謝って来て街に入って良いと、怯えた様子で距離を取られてしまう。
街の中に入ると、まだ朝であるのに普段よりも大勢の人達で賑わっていた。前日から所狭しと設置されている食べ物の屋台では、物を売る前の仕込みが済みつつあり、近くで子供達がそわそわしながら待っている。
今日はお店を休業して式典を楽しもうとしている、パン屋の店員さんや道具屋さん達と出会っては軽く挨拶をしながら、義兄さんと一緒に街の景色を見て歩いていく。
「凄い光景だな。街の連中も朝からこんなにはしゃいでたら、夕方まで持つのか?」
「あはは、今日一日くらいなら皆大丈夫だよ! いっぱい楽しんだら、それだけぐっすり眠れそうだね」
こんな時間から既に楽しみ始めている街の皆に、ボクも釣られてわくわくしてしまう。屋台の準備が済み、周りから美味しそうな匂いまでして来る。
親しみのある食べ物から、国の外の物まであり、人が並び始めている。朝ご飯を食べていなかったら、とっくに足が止まっていたかもしれない。
「マジか……ここで北の国のアレが食える屋台があるのか……! おい、リーフ、早く用事を済ませないと」
「う、うんっ、そんなに美味しい物があるの? わかったよ、早く済ませに行こう」
今日は遊ぶ前にやる事もあるので、誘惑に負けないようにボク達は少し早く歩いて街の中央へと向かう。
この街は西の国の中で一番大きくて、中央に建造されてある巨大な聖教会にて、聖女様を決める大事な式典がもうすぐ行われる。
メアリーさんから聞いた話曰く、国中からご令嬢や、商家の娘、聖教会のシスター等、それぞれ修練を積んだ、ボクと同じ歳位の女の子達が多く集まっているという。
「うわー、聖教会の前には既にいっぱい人が集まってるね! でも、男の人ばかりだよ義兄さん」
聖教会の周辺には、聖女様の候補者を一目見ようとして大勢の男の人達が集まっていた。
今日の聖教会は立ち入りが制限されていて、馬車も通れる出入り口や柵の内側には、特別にやって来た騎士達で厳重に守られている。
ボクもどんな人が聖女様になるのかは、とても気にはなっている。でも、義兄さんは落ち着いた様子でまるで興味が無さそうだった。
「聖女候補の顔でも見ようとしてる連中か。あんなとこにいても顔がみれるのかね」
「聖女様に選ばれようって人達なんだよ? 綺麗で素敵な人ばかりだろうし、気にはならないの?」
街に来る前にその話を振られたばかりなのに、どういう訳か義兄さんは無関心だった。それが不思議でボクはじっと顔を見上げる。
「な、なんだよ……まだ選ばれても無いのに、そこまで思い入れの無い女に興味が持てるかよ……」
「冒険者として色んな所に旅してる義兄さんなら、そういう女性がいてもおかしくないと思うんだけど?」
義兄さんなら密かにそんな関係の女性がいても、おかしく無いと思っている。ボクに気を遣って、一緒にいる時はそういう素振りを見せなかったのかと思っていたけど、急に慌ててしまう姿を見れば、本当にいないのだろうか。
「き、気になる奴は、いるにはいるんだけどなぁ……」
「本当? でも、聖女様の候補者じゃないの……? むぅ、何だか変な感じがする」
「お、俺の好みは、な、なんていうかだなぁ……おぉ? ありゃ、ライトの奴じゃないか?」
慌てた様子の義兄さんが急に周りを見渡し始めると、顔馴染みを見つけたらしくて反応する。顔が向いた方をボクも見てみると薄茶色の髪の青年がいて、それは、アネットさん達と一緒にパーティを組んでいる剣士さんこと、ライトさんだった。
完全に休みの日の格好をしていて、凄く真剣な眼差しで聖教会の方を見つめる彼を見て、声を掛けるべきかどうしようかと二人で少し考える。すると今度は人だかりとは別の方向から、ボク達に声を掛ける女性の声が聞こえた。
「リーフ、リーフじゃないの。おはようだね、それにスコールさんも、おはようございます」
「アネットさんに、セシリーさんも。おはようございます。あの、向こうにライトさんがいるんだけど、皆さん一緒なの?」
「えぇ? あっ、ホントだー。あれライトじゃん、式典の日にやるべき事があるって、昨日の晩に話してたけど何やってんだろ?」
「大方リーフと聖女候補、どっちが優れてるのかって、気になってるんでしょうねぇ……スコールさん達がギルドで焚き付けるからですよ?」
本格的に話をし始めたのは数日前からだけど、すっかり仲良くなった赤い髪の女性と、青い髪の女性は、ボクを見つけて笑顔を浮かべながらゆっくりと近付いて来る。
ライトさん同様にアネットさん達も私服姿で、挨拶されたボクもこれに返事をしてから皆の予定を聞いてみる。
二人は彼が何をしているのかを話し合い、アネットさんが呆れた表情でボクと聖女様の候補者がどうだと、予想をしていた。
「タイロンは聖教会よりも屋台の方が気になるって、飛び出して行ったんだよねぇ。リーフ達の今日の予定は?」
「はい、ボクはこれから商会に依頼されてたポーションを納品したら、義兄さんと一緒に街を見て回ろうかと」
「今日も仲良し兄弟かぁ、ねえ、二人が邪魔に思わないなら、私達も一緒に街を見て回ってもいい?」
セシリーさんが戦士さんの行き先を話してくれて、アネットさんに一緒に街を見てみたいと提案される。ボクは人数が多い方が楽しいと思い、賛成したいと義兄さんの顔を見ると、それを言う前に珍しく先に頷いてくれた。
「ああ、それは構わない。例の件もあるし、今日は俺以外の誰かがリーフの側にいてくれた方が助かる」
「先日ギルドでも、他の女性冒険者に似たような事を言われたんですけど、そんなになんですか?」
義兄さんが急に真剣な顔をして、アネットさんに何かを頼み込み始める。セシリーさんも真面目な顔になって、ボクをじっと見つめて来た。
「うーん……やっぱりリーフってば、全然男の子には見えないよねぇ……」
「えぇっ!? やっぱりって、ボクだって気にしてるんだよ……? どうしたら逞しくなれるのかな」
「ごめんって、でも、私達もそうだったみたいに、あなたの事良く知らないって人は今日は特に多いのよ」
直接会話をした数日前まで警戒していた事もあり、二人はボクの顔をじっと見ながら注意を促して来る。
その話を聞いて、この街でずっと暮らしていたボクには考えつかなかった視点に、思わずハッとなる。改めて人だかりの男の人達をよく見れば、知らない人ばかりが大勢いる。
「特にこんな男ばかりの所にいたら、リーフみたいな子は絶対ナンパされちゃうわよ! 早く目的地に行きましょ!」
「あっ、う、うぅ……ナンパだなんてそんな……それは流石に無いと思うよ? 義兄さんもそう思うよね?」
アネットさんからの指摘に、ボクはメアリーさん達の話や、数日前の冒険者ギルド内でのライトさんとの出来事を思い出してしまい、途端に顔が熱くなって周りも見れない程に俯いてしまう。
商会内は見知った人達ばかりだし、冒険者ギルドの時は、すぐに義兄さんが止めに入って来てくれたからすぐに解放された。けど、今日は街の雰囲気自体が変わっている。
特にこの辺りは目を閉じても、頭の中で正確に思い描ける位には見慣れた場所だけど、纏っている空気感は全然違う。
こんな事で悩んでしまうだなんて、ボクはどうしてしまったのだろう。気にするなと笑い飛ばして欲しくて義兄さんの方を見るのだけど、顔を見つめると動揺していた。
「うっ、わ、悪い……リーフ、ちょっと考え事をしてた。お前等、あんまりからかってやるなよ」
「はーい、ごめんねリーフ、変な事思い出させちゃったわね。反省ものね」
「でも、ここにあんまり長居したくないって気持ちはホントだけどね……ライトのあの姿はあんまり見ない方がいいかなぁー」
自分達が近くで会話をしているのに、全く気が付かない様子のライトさんを見て、乾いた笑い声を出すアネットさん達。
三人から軽い謝罪を受け取り、早く商会に向かおうと義兄さんに促される。ボクも街を見て回りたいし、さっきの屋台の事も気になっている。
人だかりから離れる前にライトさんの方をチラリと見るが、やっぱりボク達には気が付いている気配は無かった。
聖教会から少し歩いた所に、いつもポーションを納品している商会がある。近場の倉庫から荷物を持ち運びして、街のあちこちに向かう従業員達の姿も見えた。
それを見ているだけでは間が持てなかったのか、歩きながらアネットさんが不意に尋ねて来た。
「そう言えばリーフ達って、私達が声を掛ける前に何か話してたっぽいけど、何の話をしてたの?」
「えっと、街に来る前に聖女様について教えて欲しいって義兄さんに言われてね。ボクが知ってる事を教えてたんだ」
「へー、それで聖教会の前で立ち止まって、その話の続きをしてたんだー」
「てっきり気になる女性が街の外にいて、式典に参加するのかなって思ってたんだけど、何だか違うみたいで」
ボクの話にセシリーさんも加わる。商会に向かう道を歩きながら、ライトさんの存在によってはぐらかされてしまった、義兄さんが気になっているという女性の話をすると、どうしてか二人が途端にボクから顔を逸らしてしまう。
義兄さんもわざとらしく咳をし始め、無理矢理ボクの話を遮って来た。
「俺の女の好みはどうだっていいんだよっ! それよりも、リーフ、早く商会に行くんだろ」
「そ、そうですよねぇ! リーフ、こういう大事な話は、二人っきりの時にスコールさんからしてくれると思うから」
「そうそう、お兄さんの大事な人の話を私達が聞くのも野暮だし、後はスコールさんの頑張り次第かなぁー、なんて」
「そっかぁ……それもそうだよね。ごめんね義兄さん、人の多い場所で聞く話じゃなかったね」
とっても大きな身体で、普段は大胆な判断をして中々物事が決められないボクを引っ張ってくれているのに、義兄さんの意外な一面を見てしまった。
恋愛事もそうやってあっという間に決めていて、ボクの知らない内に、一歩二歩どころではない差があるのだろうと、思っていたけど違っているみたいだ。でもそうなると、どうして聖女様の事について尋ねて来たのかが気になってしまう。
ボクが聖女様に憧れを持っているからなのだろうか? 頭の中で考えても良くわからないまま、義兄さん達に急かされて商会へと向かう。