冒険者ギルド内での酒の席の話
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西の国一番の冒険者である、スコール・ミルクラウド。彼は暗い青色の髪に、紫色の鋭い目をした、筋肉質な身体つきの精悍な顔をした青年である。
若干二十歳でその実力を遺憾なく発揮して名声を得たスコールは、国内外に存在が知れ渡る今を生きる英雄の一人であった。
そんな彼には血の繋がりは無いが、弟が一人いた。幼い頃から義理の兄であるスコールを慕って私生活を支えていて、見た目は女の子かと思う程の可愛らしい姿をしていた。
その子の名前はリーフ・ミルクラウド。今では十六歳にまで育ったリーフであるが、肩先まで伸びた亜麻色の髪に、大きく丸い緑色の瞳をしていて、容姿は全くスコールとは似てはいなかった。
普段は商会に依頼されてポーションを作り、それを売って生活をしながら兄の帰りを待つリーフは家にいる時間が自然と長くなる。
その為か肌は色白で、繊細さを求められる作業も成長に影響したのか本人の気質か定かでは無いが、身体つきも少女のように小柄で細身であった。
そんな二人が揃い、『きょうだい』であると口頭で説明を受けただけでは、勇ましい姿のスコールと、彼に寄り添うように世話をするリーフを見て、兄妹なのかと誰もが勘違いしてしまう程だった。
そして、聖女を選ぶ為の手段としてポーション作りが盛んな西の国では、一定以上の水準のポーションが作れる腕前があれば、それだけで特別視される。
リーフの腕前は当然水準を上回っており、今では知る人の間ではリーフの作るポーションは、とても価値のある物として扱われているのだった。
更に容姿も十分に興味を惹く物であり、もうすぐ行われようとしている式典にも影響を与えていく程の事とは当の本人は微塵も思っていないが、既にリーフを良く思っていない者も密かにいたりする。
だが何か悪い事をした訳では無く、長年街で過ごしてきた上での周囲の評価がそうなってしまっただけの話であり、一応男の身であるリーフはそれを不本意に感じていた。
スコールも当然、義弟の扱われ方には気が付いていた。実は彼も内心では誰よりもリーフを特別視しているが、兄弟としての良い関係を自分から壊したくは無かったので、表向きは格好良い兄として振る舞っている。
しかし、近頃では色々と限界を迎えつつあるのも事実だった。歳を重ねる毎に自慢の義弟は日に日に可愛らしく見えてしまう。
式典が始まる日も迫っていて、誰が口に出して言うでも無く、長年の評価で期待する者も現れていた。
そんな期待が現実の物になってしまう瞬間は、彼等が今この時を思い返す事があればあっという間の出来事になるだろう。
そうであって欲しいと誰もが一度は願った事は、リーフに嫌われたく無いが為に本人の前では一生口に出さない者もいるのかもしれない。ただし、他の誰でも無いこの国を庇護する女神が、最終的に判断をする事は紛れも無い事実ではあるのは忘れてはならない。
◆◇◆
リーフが義理の兄であるスコールを迎えに、冒険者ギルドを訪れてから後日。
夕暮れに差し掛かった時刻にスコールは冒険者ギルドに一人で訪れ、前に一緒に酒を飲む約束をしていた疾風の牙のメンバーである、剣士風の男ライトと、戦士風の男タイロンと酒を飲んでいた。
彼等の周囲には、他にも冒険者が大勢いて、大半は男達が集まっているのだが、一割程は女性冒険者も混じっていた。
リーフがそこにいれば、男同士の席では無いのかとスコールに詰め寄っていたかもしれないが、彼女達の風貌は歴戦の冒険者といった雰囲気をしている。更に正直に言うとリーフよりも勇ましい見た目であり、どちらが男らしいかと問われればリーフに勝ち目は無かった。
疾風の牙の剣士、薄い色の茶髪をしたライト、彼は集まった面々を見てその誰もが多少は名の通った者達であると気が付き、萎縮してしまっていた。
「おい、どうしたんだ! 確かライトとか言ったなお前! もっと飲まねえか!」
「あっ! は、はいっ! 思ってたよりも、豪華な顔ぶれで緊張してしまって……」
縮こまるような思いをしていたライトに、冒険者の一人が背中を叩いて来る。その勢いで持っていたジョッキから酒を零しそうになり、ライトは慌てて口を付けて中の酒を僅かに飲んで反応する。
そんな彼にスコールが近づき、助けを出すように声を掛けた。
「大丈夫かライト? 悪いな、こいつ等酒を飲む時はいつもこんな調子なんだ」
「だ、大丈夫です。スコールさん……所で皆さんは一体どういった集まりなんで……?」
「こいつ等は皆、お前と同じように過去にリーフを勧誘しようとしたり、口説こうとしていた連中だな」
「おいっ! 聞き捨てならねえな! 俺達は全員リーフちゃんに惚れこんじまっただけなんだ!」
スコールがお前と同類だとライトに説明をすると、屈強な見た目をした者達が何人もスコールへと詰め寄って来る。
彼等は一様に、リーフの事をまるで女の子のように扱う言い方で呼び始め、この場にリーフがいたら即座にひっくり返ってしまいそうな勢いであった。
「畜生! スコール! 何でお前がリーフちゃんの兄貴なんだ! オレの妹なんざ、あんなに可愛くなんかねえぞぉ!」
「しかしあれでいて、男なんだよなぁ……娼館で女は抱きまくったが、リーフちゃんを見るとそれとは全く違う感覚になるんだ……」
「馬鹿だねぇ、アンタは。リーフちゃんは私らとは全く違う生き物なんだよ、下手な女よりも女の子してるよあの子は」
「……と、まあ、こんな感じにこいつ等は、俺の義弟を好き放題に扱って煩悩を晴らしてるんだ」
自分の妹とリーフを比べて嘆く者や、男である筈のリーフに特別な感情を抱く者や、女らしさで自分よりも上だと言う者等々がいて、その場は酒も入ってか増々混沌とし始める。
スコールの周りには更に冒険者達が集まり、ライトの肩にも腕を組んで雑に絡んで来る者も現れる。
「お前もリーフちゃんを女の子だと思って、告白まがいの勧誘をしてたよな? 見てたぜぇアレ」
「ちょっ!? ま、マジっすか!? ……うわぁ、凄い恥ずかしくなってきた……」
「まあ、リーフちゃんをそう思うのは無理はねえよ。オレだって半年前にやらかしてんだ! 今も大好きだぜぇ! ハハハハっ!」
彼もまた、リーフを女の子と勘違いして、冒険者ギルド内で口説こうとしていた男である。彼の場合はライトよりも更に過激に迫ってしまい、スコールに徹底的に絞られた経験もあった。
更には男と知った今でも尚、リーフの事を好きだとスコールの前で挑発するように告白する。
「い、良いんですかスコールさん? そりゃ、俺もリーフさんの事は昨日今日で切り替えなんて出来てないですけど……」
「ハハっ! お前だって正直じゃねえか! それに、実を言うと長年一緒にいるコイツが一番拗らせてるしよぉ!」
冒険者の男がそう言うと、酒を飲もうとしていたスコールが急にむせ始める。慌てるようにライト達を睨むものの、既に反応で丸解りであった。
「……何だ、悪いか……俺だって人並みに欲求不満になる事もある。だが、リーフをそれ以上に大事に思えば、格好良い兄貴でいられる……」
「カッコつけやがって! 要はここにいる誰よりも弟をそういう目で見てる野郎の癖に!」
「お、俺はお前等とは違う! リーフとはガキの頃から一緒に暮らしてるんだ! そ、それを今更どうこうする気は無い!」
いつも自分を信頼してきて、顔を見上げて優しく声を掛けてくれるリーフの顔を見ると、スコールはその内どうにかなってしまいそうになっていた。
最近は特にそうである。理由は恐らく、式典が始まろうとしている街中の雰囲気のせいなのだろうと考えに至る。そして、つい先日自分の下へとやって来た特別な素材を調達する依頼も、彼の中でリーフを強く意識させる物だった。
「クソっ! 何なんだ……お前等はリーフを変な目で見るし、聖女候補とかいうのは俺が素材を採って来ないとまともに聖女になれないとか、やる気あるのかよ……!」
スコールは持っていた酒の入ったジョッキに口を付け、中身を一気に飲み干して一息つく。そして、普段リーフには見せない態度を周囲に向けながら悪態をつくのだった。
スコールには素材の効能等、依頼を受けていた最中では知る由が無かった。
後で家に帰って、リーフに聞けば嬉々として冒険者にもわかるように教えてくれるのだろう。しかし、それを一番使って欲しいと彼が思うのはリーフ本人である。更にそんな物が無くても、現時点でリーフのポーションに助けられているのはここにいる全員が理解していた。
どこの誰なのか知らない奴に、苦労して手に入れた素材を使われる事にもどかしさを感じていた。もしかしたらリーフならば聖女候補よりも凄いのでは、という淡い期待もスコールが苛立ちを募らせる理由になってしまう。
あからさまに機嫌を悪くし始めた彼を見て、周囲はこれ以上は危険だと冷や汗を流した。西の国一番の冒険者という肩書は、ここにいる彼等の中で一番強いという事でもあった。
現にスコールの冒険者としての二つ名は、人類史上類を見ない偉業を達成した事象そのものであり、それ故に英雄なのだった。
苛立ちが言葉になって、彼等に襲い掛かって来そうになる寸前、スコールの隣に先日リーフの対応をした受付嬢が近づき、空いたジョッキに酒を注ぎながら彼に話し掛ける。
「まあ落ち着いて、スコール。あなたが帰って来たあの日、リーフはとっても感動しながらあなたの事を格好良いと褒めてたのよ?」
「り、リーフが感動……? それは一体どういう事だ……」
注がれる酒に意識を向けながら、スコールは受付嬢の話に興味を持つ。その一瞬で苛立ちは何処かへと吹き飛んで行った事に周りは安堵した。
「今にも蕩けてしまいそうな笑顔で、兄の活躍が物語の一節に刻まれていくのだと、自分の事のように喜んでてとっても可愛かったわ」
「んなっ……!? リーフの奴、お前にそんな事を言ったのかよ……!」
「んふふ、あの子はちゃんとあなたがやって来た事の凄さを理解しているわ。だから胸を張って堂々としてなきゃ駄目じゃない?」
リーフはきちんと今回の依頼の凄さを理解して、感動もしていたと受付嬢から聞かされる。帰り際に見えた笑顔も、今思えばそうであったのだとスコールは感じられた。
一番に理解して欲しい存在に、正しく自分の成果が伝わっているという事に、スコールの不満は解消されていく。手に入れた素材を使って欲しかった気持ちはまだ残っているが、いつかリーフがそれらを十全に扱える環境を得てから、もっと上質な物を手に入れてくれば良いかと考える。
その考えが心に余裕を与え、スコールは笑顔になった。
「ハハっ、何が聖女候補なんだか、俺は絶対リーフの方が凄いって思うぞ……現に今だってあいつは凄いんだ」
「そうよねぇ、確かに凄い可愛い笑顔だったわ~。可愛過ぎて私、女としての自信を無くしそうになっちゃったもの」
「リーフちゃんの笑顔は確かに可愛いもんねぇ。スコールだけ一人占めは何だかズルくない?」
「私もあんな妹みたいに可愛い義理の弟が欲しくなっちゃった。あっ、そうだ! スコールと結婚すれば良いんじゃない!」
スコールが笑顔を見せた事で、場の空気が変わり始める。女性冒険者達がリーフと姉弟になりたいと結婚をせがみ始めた。
彼自身国一番の出世頭であり、精悍な顔立ちもあってか、実際女性人気は凄まじい物だった。本来であればそれだけで周りの男達の恨みを買いそうな場面であるが、この場にいる人間は、スコール含めてリーフに夢中である為そんな事は起きる気配が無かった。
「そうか! 女にはその手があったか! オレもスコールと結婚したら、リーフちゃんと兄弟になれるのかぁ……!」
「おい! なんだそれは! 何で俺がお前等と結婚するんだよ! リーフ並みに可愛くなってから出直してこい!」
「ええ? オレがリーフちゃんみたいになったら、それってもう女の子同士って事にならないか?」
「やめろ! 俺が悪かった! お前なんかがリーフみたいになれる訳無かった! これ以上は吐きそうだ!」
酔いが回り過ぎているのか、まともな思考をしている男達は殆どいなかった。
スコールは突然催した吐き気を抑えながら、こんな話を振ってきた女達に言い返す。
「お前等もお前等だ、俺が好きなのかリーフが好きなのかどっちかにしてくれよ」
「んー、リーフちゃんはとっても可愛いけど、じゃあ男として見れるかって言うのは別の話だよねぇ」
「リーフちゃんの方が好きだけど、男に対する好きじゃないかもなぁー。それはスコールもわかるでしょ?」
「本人が聞いたらショックを受けるだろうな……一応あいつも気にしてるからな」
女達に聞けば、スコールよりもリーフの方が好きであり、しかし、それは男に対しての好きでは無いと返されてしまう。
彼女達はリーフを気にいっていて事実ある種の理解もしてくれている為、将来を見据えれば悪くない相手かもと思考する。だが、そんな返答では、真剣に結婚を考える相手では無いなとスコールは考え、聞けばリーフも落ち込むと答えて首を横に振って彼女達の話を無かった事にした。
義兄としてこの場にいない義弟に気を遣う一方で、リーフを男として見れないという女達の意見に、自分の感情を肯定された気がしてどうしてか安堵してしまうのだった。