かわいいあの子は今日もポーションを作る
良く晴れた日の朝、ボクは昨日の晩に作っていた、西の国の街にある商会に依頼されている納品用のポーションを手に取る。そして、それを商会に持っていく用に魔法で中を加工されてある収納鞄に入れ終えて一息ついた。
「うん、依頼されていた分の基礎ポーション百個、これで全部鞄の中だね」
ボクが納品依頼を受けている基礎ポーションは、正にポーション作りの基礎中の基礎の物ではある。けど一番重要な部分でもあり、ここで丁寧な出来であればある程その後の効能が上がるのだと周りの人は言う。
「いつも基礎ポーションを作っているけど、これ一個分でどれ位のポーションの元になるんだろうね?」
鞄に入れたポーションを見て、自分のポーションを実際に使っている人達の事を考える。
ボク自身は、実際にボクのポーションを元に、更に等級の高いポーションの素材にしている場面はあまり見た事が無い。だけど、納品する度に会う商会の人達からの評判はとても良い。
「ボクは中級のポーションまでしか作った事が無いけど、それでも小瓶に分けて十個分だったなぁ」
今家の中にはボク一人しかいないけど、時期が時期だけについポーション関連の独り言が多くなってしまう。それだけ心待ちにしている事が、もうすぐ街で行われるからだ。
毎日ワクワクしながらも、うっかりミスが無いように鞄の中に入れた納品用の依頼書を最終確認する。紙に書かれたボクの名前である、リーフ・ミルクラウド宛ての内容を確かめて、鞄を持って家の戸締りをしてから家を出る。
収納鞄は中に入れた物の重さを軽減するように作られていて、ボクみたいにあまり鍛えていない身体でも、軽々持ち運べる優れものだ。
納品用のこの鞄は商会からの借り物であり、その分質が良く、個人用に持っているボクの鞄よりも多く物を入れられるのに重さを感じない。
「わぁ、外に出てみると今日は良い天気なのがよりわかるね。一週間後も今日みたいな天気が続いていると良いなぁ」
街の外れの森にある家から外に出て空を見上げると、木々の隙間から澄み切った青空と真っ白でふかふかしてそうな雲が流れている。
昨日までは雨が降っていたので、まだ少し雨露に濡れた葉っぱや草花達が太陽の光に照らされ光り輝くように見えていた。
まるで女神様がもうすぐ訪れる大事な日の為に、晴れの日になるように動いて下さっている気がした。ボクは自分が全く関わらない事だとわかっているのに、それが嬉しくてつい鼻歌混じりになって今日の予定を考えていく。
街へ続く道にはいくつか水たまりもあったので、踏んで靴を汚さないように気を付けながら歩いて街へ向かうのだった。
「よう、リーフじゃないか。今日も朝から元気が良いな」
「おはようございます、衛兵さん。だってもうすぐ大事な日ですから」
街へと続く舗装された道を歩いていると、顔馴染みの衛兵さんに声を掛けられる。
ポーション作りを仕事にして暮らしている人達にとって、一週間後を心待ちにしている人は多い筈だ。
ボクも楽しみ過ぎて、つい笑顔で挨拶をしていると衛兵さんが不意に視線を逸らしてしまった。
「あー……そう言えばもうすぐ式典だよなぁ」
「はい! 西の国の聖女様を選ぶ、大事な大事な式典が待ってますから!」
東西南北にある国々から、女神様が庇護する中央国へと仕える事になる聖女様を選ぶ式典がもうすぐこの街で開催される。
聖女様に選ばれた女性達は、女神様から特別な加護を頂き国々を越えて人々を守るという、大事な役目が与えられる。
歴代の聖女様達は、過去に何度も多大な貢献をもたらした事もあり、今では英雄としての側面も強く、憧れを抱く人達はボクを含めて大勢いるのだった。
「森の方からはあんまり人は訪れないが、中には人の出入りが多くなってる場所もあってか、他の衛兵が愚痴ってたな」
「そうなんですか? そういえば何だか商会のポーション作成依頼も、普段より納品する量が多くって」
そして、国ごとに聖女様の得意な分野も変わっていく。それは長い事続いて来た歴史の中で変わる事は無いらしい。
西の国ではポーションを作り聖女様を決めるという。それもただのポーションでは無く、上級の物を作れる程の腕前を要求される。
素材を集める為の予算や、それをきちんと保存する設備を用意出来ないボクでは、中級までしか作った事が無く、それだけに自分以上の腕前を持った人達に憧れを抱いていた。
ボクにとって依頼量が多くなった事は、式典が始まる前の準備段階や聖女様の腕前等の期待を膨らませる大事な要素として、忙しくはなったけど楽しく作業が出来ていた。
だけど、そんな風に感じられるボクの方が特殊過ぎて、衛兵さんは苦笑いをしている。
「そんな風に仕事に楽しみを感じられるとはなぁ。そこまで行くとひょっとしてお前も式典に参加したりしてな」
からかい混じりに衛兵さんが笑いながらボクにそう言って来る。けど、ボクは聖女様になんてとてもじゃ無いけどなれる訳が無いのだった。
「もう、またそう言うんですか? 何度も言ってますけど、ボクは男だからどんなに周りがそう言っても聖女様にはなれませんよ!」
「わ、悪い……でもよぉ、こんなに心待ちにして尚且つ、ポーション作成も苦に感じて無い奴なんて、候補者の中に一体何人いるんだろうな」
衛兵さんがボクに謝りつつも、ボクのこういう部分が引っ掛かりを感じると指摘が入る。
ボクの方がおかしいのだと言いたげな顔をする衛兵さんを不思議に思いつつも、きっとボクと似たような気持ちで過ごしている人もいる筈だと頭の中で考える。
「そ、そんなにボクっておかしいですか……? 候補者さん達の中にもきっとボクと似たような人はいると思いますよ?」
聖女様に選ばれるような人は、ボクが大好きだった人みたいなんだろうなと、勝手に期待し過ぎているだけなんだろうか。
今になって考えを改める事は難しい事だけど、知らない相手に理想を押し付けるのも良くないのではと自制しようとすると、衛兵さんは何故か顔を赤くしていた。
「心待ちにしているって言う所もあるけどな、その……あー、悪い……やっぱ何でも無い。もう街の中に入っても良いぞ」
急に顔を赤くした衛兵さんに街に入る許可を貰ったので、どうしたんだろうかと思いつつも、依頼を受けている商会へと向かうのだった。
◆◇◆
衛兵さんとの会話で少しだけ引っ掛かりを感じつつも、ボクは今日も街の中へと入り顔馴染みの皆に挨拶をしていく。
いつもご飯として食べているパン屋さんに、ポーションを作る時に参考用の本を沢山買っている本屋さんに、素材を調合する道具を取り寄せている道具屋さん等、それぞれのお店の人達と日々盛り上がっていく街並みについて軽く話してから、目的の商会へと向って行く。
街の人達も皆元気そうで、ボク程では無いけど各々式典を心待ちにしている様子だった。石畳で舗装された道を歩き、朝から賑わう街の中にある商会の入口へとやって来る。
石造りの外壁に木製の扉はいつも見ている商会で、ボクも扉を開く前に鞄を確認してから中に入る。
木目調の内装の商会内を歩き、受付へと向かう。ここで働く従業員の声を聞きながら、ボクも受付へ挨拶と依頼されていたポーションの受け取りをお願いするのだった。
「おはようございますメアリーさん、これ、いつもの依頼されている基礎ポーションです。確認お願いしますね」
「おはよう、リーフ。まだ一週間もあるっていうのに、もう式典が待ち遠しいって顔してるね」
受付へと挨拶をし、対応してくれる顔馴染みの受付嬢のメアリーさんにそう言われる。
程良く伸びた茶色い癖っ毛にこげ茶色の目をした彼女の、そばかすのある少し呆れたような笑顔は、ボクを少し張り切り過ぎだと言いたげだった。
「だ、だって……それだけ楽しみで仕方がないんだよ……街だって少しずつ盛り上がっていくし」
「式典の影響で納品依頼も多めになってるって言うのに、それすらも楽しみにしてるのはリーフだけよ?」
「ええっ? や、やっぱりボクが期待し過ぎているってだけなの……?」
慣れた手つきでメアリーさんはボクから鞄を受け取り、手早く後ろの確認用スペースへと回して依頼が完了するまでの雑談に入っていく。
衛兵さんにも言われてしまった事を思い出し、少し照れくさくなっていると手が空いている従業員達にも声を掛けられる。
「しかし、なんでそんなに楽しみになんてしているんだ? 式典に参加するって訳でも無いっていうのにさ」
「それ、どうしてか衛兵さんにも言われたよ? そ、そんなにボクを式典に参加させたいの?」
ボクと従業員達は、歳はそこまで離れていない筈なのに、身長には大きく差がある。いつの間にか見上げるのが自然となってしまった彼等を見ていると、不意に慌てだす。
「わ、悪い……! でも、やっぱこんな見た目をして、それでも男だからって理由で式典に出れないってなんかよぉ……」
「リーフ、あなたここ最近密かに話題にされてるのよ。この街を訪れる人に既に何度か聞かれたの」
「えっ!? ど、どうしてそこでボクが話題になるの!?」
ボクがあまりにも式典に夢中になっているから、からかわれているのだろうと思っていたら、メアリーさんからも思わぬ形で指摘されるのだった。
「この商会って聖教会とも近いでしょ? 依頼が無くても近場に来る事もあるリーフの事が噂になってるのよ」
「背はメアリーと変わらない程で、肩の辺りまである亜麻色の髪をした、緑色の大きな目の男装した女の子がここにポーションを納品してるってやつだっけか」
「もう一々訂正するのも面倒になってきたんだよなぁ。街の連中ももしかしたらリーフが式典に参加するのかって面白がってるし」
ボクはあれこれ噂になっているという事を、今初めて聞かされる。
そして慌てながら肩にかかる自分の髪を摘まんで、まじまじと観察する。
「じょ、冗談じゃ無いよっ! 聖女様はどんな人なんだろうって期待はしているけど、ボクがそうなりたい訳じゃ無いんだよ!?」
「ええー? でも、今のリーフでも絶対良い線行くと思ってるわよ私達」
「そう言ったって無理な物は無理なんだよっ!? 髪の毛だって、上級ポーションを作る人達はもっと伸ばして魔力を備える物だもの」
良い線行きそうだというメアリーさん達に対して、今のボクでは条件を満たしていないという説明を丁寧に行う。
ボクの性別が男だなんだのとは別に、聖女様に選ばれるような腕前になるには今のボクの腕前と比べて、何がどれだけ必要なのかを説明すると、メアリーさん達は表情を改めてくれた。
「そ、そうなんだぁー……ポーションを作るのにも、突き詰めるとそこまで奥が深い物なのねぇ」
「うん、だから、商会の皆には既に迷惑をかけてるけど、ボクの事は訂正してくれると有難いかな。候補者の皆さんにも迷惑になると思うから」
「でも、リーフの作る基礎ポーションはすっごく評判が良いのよ? これならきっかけさえあれば上級ポーションを作る機会もありそうなのに」
雑談も終わり、メアリーさんは少し残念そうに依頼が完了したとお金と領収書を乗せたお盆を受付に持って来る。ボクはそれらを確認していると、別で新しいポーションの納品用の鞄まで用意される。
「納期は一緒なのに、量だけ多くなってるって言うのに、依頼にも不満を言ってこなかったのもリーフだけよ?」
「式典で皆忙しくなって、人の入りも多くなればそれだけ怪我や事故も付き物だから」
そんな中で少しでもボクも貢献出来ていればと、せめて楽しく加わりたいのだと考えると、メアリーさんは更に苦労していそうな人物の名前を出してきた。
「まあ、今一番忙しいのは、あなたのお義兄さんのスコールさんよねぇ……」
「うん。義兄さんが帰って来たら、式典までの間いっぱい休ませてあげなきゃだね」
冒険者として聖女様のポーションの素材を集めるという、急なお仕事に参加している義兄さんの話を出され、ボクは今義兄さんは何をしているのだろうかと不意に胸に手を当て考える。
もう数日したら、この街の冒険者ギルドに帰って来る予定でもある。当日には迎えに行って、その足で義兄さんが食べたい物を二人で買ったりして、きちんとご飯を振る舞って話を聞いてあげたい。
「ほーんと、あなた達兄弟って、血の繋がりは無いけど仲良しさんよねぇ……」
「あはは、義兄さんはいつも頑張ってるから、どうしたら喜んでくれるのかなって」
「はぁ、スコールさんもこんな兄思いの子がいて幸せ者でしょうねぇ。まぁ、だからその分大変でしょうけど」
メアリーさんは何かを含んだような言い方でボクに微笑むと、納品用の依頼書も追加でテーブルに出して来る。
鞄の中身は、ポーション用の空き瓶が前回と変わらない数が入っていて、基礎ポーションの材料となる素材も用意されている。依頼書と鞄の中身を確かめてからサインをして、今回の納品依頼を受け付け鞄を肩にかける。
「じゃあ、納期は一週間後の式典の日にね。当日は商会ももっと忙しいから追加の依頼とか無いからね」
「はい、わかりました。義兄さんと一緒に朝早くに来ますね」
「うんうん、当日は二人仲良く元気に顔を見せに来てね。働き者の二人は式典を楽しみなさい」
笑顔のメアリーさんとそう言って別れ、商会を出る。
時間はまだまだ朝の時間帯であり、お昼になるまで街を探索しながらどうすれば義兄さんを喜ばせられるのか考えつつも、商会から貰ったお金で必要な物を買い揃えて行く。