才能
二人が進み始めてから少したって川にたどり着いた後、急にワルトが尋ねてきた。
「そういえば魔法が暴発したって言っていたけれど、それってどんな感じだったの?」
アンナはその言葉に少し呆れた。
「それを聞きます?まあいいですけど」
そう言って遠い記憶を思い出そうとした。
ソレは突き出した手の平の前に現れて、腕を巻き込んで燃え上がっていた深紅の炎だった。
今思えばそれは運が良かったのかもしれない。それは大きな火傷跡がついたものの今こうして何の不自由もなく右腕を使えていたから。
「普通に『ファイヤーボール』を使おうとしたら深紅の炎が腕を巻き込んで燃え上がっただけですよ」
その言葉を聞いたワルトは少し悩んでいる様子だった。
「どうしたんですか?」
「……それはね、アンナちゃんが魔法を暴発させた理由を考えているんだよ」
アンナはワルトが言った言葉の意味がわからなかった。魔法が暴発した理由なんて魔力制御を失敗しただけだと思っていたからだった。
「どういう意味ですか?」
「僕は今までアンナちゃんが魔法を暴発させた理由は魔力制御だと思っていたけれど、それだとしたらもっと重症じゃないとおかしいんだよ」
その疑問はこの世界では一般的に魔力制御を失敗して魔法を暴発させたとき、重傷を負うことがかなり多いからだった。腕がちぎれることなんてよくあることで、最悪の場合は命を落とす時もある。
しかしアンナの場合は火傷を負っただけでそれ以外の後遺症は無かった。
「アンナちゃん、もしよければ今ここで魔法を撃ってくれない?」
「いやですよ!また暴発するかもしれないし!」
ワルトの言ったことが信じられなかった。炎がトラウマになっているのに魔法を使わせようとしてきたことは予想外だったからだ。
「ああ、魔力制御の問題はないよ、僕がサポートするからね。アンナちゃん、どうする?」
アンナは黙り込んだ。ワルトの補助があると魔法の暴発する可能性が極めて低くなるが、それでも魔法のことはとてもこわかったからだ。しかしアンナはこれで魔法の暴発する理由がわかったら自己嫌悪を克服できるかもしれないと思いワルトの提案を受け入れた。
「魔法を試してみます。だからサポートをお願いします」
アンナの覚悟を決めた様子を見てワルトは少し驚くとともに優しく笑ってアンナの右腕を支えた。
「すごいね、アンナちゃんは。よし、いつでも撃っていいよ」
「わかりました、撃ちますよ」
アンナは支えられた右腕を見た後、魔法を撃とうとした時、脳裏にあの時の記憶が浮かび上がる。
腕を焼く深紅の炎、焼けた肉のにおい、そして腕の痛み。それが頭の中で明確に再現された。
「あ……あ…………っ」
アンナは鮮明に思い出した記憶によって呼吸ができなくなった。
(怖い……あの痛みをもう一度感じたくない。魔法を撃ちたくない)
アンナの心が折れかけた時、優しくて人を安心させるような声が届いた。そして支えられた腕から魔力の流れが滞りもなく流れていった。
「大丈夫、僕がいるから失敗なんてしないよ」
その声によってアンナは安心させられるとともに、ワルトに尊敬の念を抱いた。
(すごいな、ワルトさんは。私も頑張ろう)
「撃ちますよ、ワルトさん」
「うん、いいよ」
『ファイヤーボール』
燃え盛る深紅の炎が川に向かって発射された。その炎は右腕を巻き込まずに燃えていて、やがて対岸にある岩にあたって消えた。
「……せ、成功した」
アンナは暴発せずに魔法を発動できたことによって疲れていたが、ワルトが何も言わないことが気になってワルトの顔を見た。それはとても悲しそうな顔をしていて、アンナは困惑した。
「ど、どうしたんですか?」
その声にワルトはハッとしてアンナの方を見て、そして苦渋の表情をして言った。
「……アンナちゃんが魔法を暴発させた理由がわかったよ、とても残酷なことだけどすれでも聞く?」
ワルトのこれ以上のない深刻な顔でアンナはとても不安になったが聞かなくてはならないと思い、気を引き締めた。
「いいですよ、言ってください」
「……それは、魔法は一切暴発していないよ。アンナちゃんは才能があったんだ、そのせいで魔法の範囲が大きくなりすぎて腕を巻き込んだんだ」
「え?」
頭が真っ白になった。今まで才能がないと信じ込んで、だから暴発させたのは仕方がないと思っていたが、それを否定されたからだった。
「……噓でしょ、冗談はやめてください」
ワルトは首を横に振っていて、とても苦しそうな顔をしていた。
アンナは嫌な予感をしていたが、必死に目をそらそうとした。しかしワルトから伝えられた真実はそれをさせなかった。
「冗談じゃないよ、まず『ファイヤーボール』は深紅色ではないんだよ。実際はもっと明るい色、ただ魔力を多く使うと深紅になるんだよ。アンナちゃんは深紅の炎を出しても魔力はまだまだ残っているから、魔力量はかなり多いね。…………才能が有ったから不幸になる、そんなこともあるなんて」
その時のワルトの顔は曇った表情をしていた。魔法が使えない、才能がないワルトにはこの事実は辛いものだったのかもしれない。それは才能が有っても救いがないからなのか、それとも今まで才能が有る人を羨んでいたことに対する後悔なのか、ワルトの過去を知らないアンナにはそん時のワルトの気持ちがわからなかった。
それでもワルトの様子を見ていたアンナは「才能なんて無かったら良かったのに」なんて言えなかった。
そしてこの旅の間ずっと自分を気にかけてくれていたから、ずっと優しさを受け取ってばかりだったからアンナは自分も辛いけど、それを耐えてワルトにある事を伝えようとした。
「……確かに私は才能があったから不幸になったかもしれません。でもそのおかげで家から出られたんですよ、私の家族なんてどうせ私のことを使い捨ての駒としか思ってなかったんですから。もしかしたらこれから人生が楽しくなるかもしれませんよ」
アンナはこれからの人生が楽しくなると思えなかったが、精一杯噓をついた。
「それに魔法を教えてくださいよ、魔法を使えた方がこれからの暮らしが楽になるかもしれませんから」
でもアンナは自分の才能を好きになろうとした。自分のことを好きになるって決めたから、それはとても辛いけれどワルトが手伝うって言ってくれたから頑張ろうと思った。
「……すごいね、まさかそんなことを言うなんて」
アンナの言葉にとても驚いた様子でワルトは言った。そしてそのことにアンナは少し笑った。
「私だって成長しているんです、いつも泣いているわけではないんです。それより魔法を教えてくれるんですよね?」
「わかったよ、結構厳しめで行くから覚悟してね」
ワルトはいつもの様子を取り戻していた。
「はい!」
アンナは少し自分のことが好きになった。泣かずに自分の才能のことを受け入れた自分のことを、そして前に進もうとした自分を。
(ああ、こういうことなんだ、自分を好きになるっていうことは)
創作意欲になりますので面白ければブックマークの追加や☆評価をください