食事
「アンナちゃん、こっちに来て。前もって言ってたように手伝ってもらうから」
ワルトは不貞腐れて離れた場所に座っているアンナに声をかけた。アンナは不機嫌な様子でワルトの方へ歩いてきて言った。
「なんですか?」
「あ、アンナちゃん、どうかしたの?」
「なんですか?それより手伝うことは何ですか?」
壁を作るような言い方にワルトは少し気を遣うようにしていた。ワルトは何故アンナが距離を置いているのかわからなかったからだ。
「そ、それじゃまずは内臓を抜こうか。やめたかったらやめていいから無理しないでね」
そう言ってワルトは腰に下げていたナイフを持って腹部を切り開いてゆっくり内臓を引き出した。
アンナはその時の血の匂いに吐き気がした。
「うっ」
「だ、大丈夫?休んでいいよ」
「……大丈夫です、続けてください」
アンナはぐっとこらえた。利用価値がない、能無し、そう言われて来た自分を否定したくて、ワルトの様な人になりたくて歯を食いしばって耐えていた。
「わかったよ」
ワルトはナイフで浅い切り込みをいれて皮を剝いでいった。
「アンナちゃんもやってみる?」
「……わかりました。やってみます」
そう言ってアンナはナイフを持って死体に切り込みを入れて皮を剝いでいった。
「っ」
なれない感触でアンナは顔をしかめた。さらに一生懸命に力を入れないと皮が剝がれなくて、まだ体力が少ないアンナにはかなりの重労働だった。
(疲れたぁ、まだ半分残ってるの?もうやめたいよ。でも諦めることだけはしたくない)
アンナは歯を食いしばって諦めずに続けていって、血の匂いに耐えながらやっと一匹のウルフの死体の皮を剝ぎきった。
「はぁ……はぁ……終わりましたよ、ワルトさん。この後はどうすればいいですか?……え?」
皮を剝ぎ終わってからワルトを見ると、そこには残りすべてのウルフの皮を剝ぎ終わっていたワルトがいた。しかもアンナが皮を剝いだ死体とは違いきれいに剝ぎ取られていて憎らしかった。
「……何でそんなに早いんですか?」
「慣れかな、僕だって最初はアンナちゃんみたいに時間もかかったし奇麗にできなかったよ。」
あってはいるけど時間がかかった、奇麗じゃないという評価にアンナは腹が立ってワルトを蹴った。
「痛っ、いや痛くはないけど、急にどうしたの?」
「少しムカついただけです。そんなことより次は何をするか言ってください」
「そ、それじゃ肉を焼こうかな?」
ワルトはアンナの機嫌を伺いながら言った。
その様子を見てアンナはため息を吐いた。
「別に気にしないでいいですよ。それよりどうやって火をつけるんですか?ワルトさんは魔法が使えないって言ってましたよね」
「それはね……火打ち石を使って火をつけるんだよ」
魔法が使えたら楽なんだけどね、と続けながらワルトは火打ち石を持って火花を起こして火口に火を付けた。
「こうして火口に火を付けた後、焚き付け材に火を移していくんだよ。火が消えないように多めに準備して、木材に火が移るまで継ぎ足すのがコツかな」
そうして火が木材に移り勢いが増した。
その時、アンナの目が一瞬凍りついたように見えたが、それでも右腕をぐっと握り締めて耐え凌いでいた。それはトラウマを乗り越えるために耐えているように見えて、ワルトはあることに気が付いたが何も言わなかった。
「アンナちゃん、肉を焼くよ」
火が安定してきた後、ワルトは燃えにくい木の枝を肉に火の近くに立てかけた。肉から油が滴っていて、焼けた肉の芳ばしい香りが辺りに漂いアンナの食欲をそそった。
「はい、どうぞ」
ワルトは焼けた肉をアンナに渡してきて、アンナはその肉を口に含んだ。その肉はアンナが近年食べた中で最もおいしくて涙がこぼれて、嫌いだった食事が好きになってきた。
「肉はまだたくさんあるから、もっと食べていいよ」
そう言ってワルトは焼けた肉を次々とアンナの目の前に置いていった。アンナも初めは食べていったが、今までの暮らしの影響で少食だったのですぐに腹一杯になった。
「……ワルトさん、もう肉は要らないです」
「遠慮しないで良いよ、まだ若いからもっと食べないと」
「いや、もうお腹がいっぱいで……」
「気を使わなくていいから。はい、次の肉」
腹一杯になっても次々と肉を渡してくるワルトのせいで好きになりかけ食事がまた嫌いになった。