冒険者
「これで終わりかな。…………痛い。また頭痛がする……」
上位種との戦いに勝った後、アンナは地面にうずくまって痛みに耐えていた。ただ、痛みがひどいだけで身体強化が使えるぐらいには魔力が残っていて、今後旅を続けることができなくなるほどの状態ではない。
それより重要なことがこの戦いで二つあったナイフの一本が砕けたことだ。今までナイフが二本あったことで魔獣の攻撃を防ぎきれていたこともあり、これからの旅で複数体の魔獣と交戦した時に攻撃を防ぎきることができるか不安になる。
「あっ、これはまだ使える。良かったー」
上位種の肩に刺さっていたナイフを抜いてみると、まだ刀身が残っていて使うことができそうだった。
そのナイフは武器屋でワルトが買ってくれたものであり、思い出の品だったから壊れていないことに安堵して息を吐いた。
「よし、このままじっとしてても何も変わらないから進もう。頭痛がするけどこの程度ならまだ耐えれるし」
アンナは痛い身に耐えながら歩き始める。戦いの疲労が体に残っているせいで足取りは軽くなかったが、それでも前へ進んでいく。
アンナは歩いていた。アンナの感覚ではかなり進んでいて、急いだら街にたどり着くことができると思っていた。
「随分進むことができたけど、これからどうしようかな?」
これから急いで歩くと今日中に街にたどり着くことができるが、注意が散漫になってしまい魔獣の接近に気づかない可能性がある。
しかし、このままの速度で歩いていくと今日中に街にたどり着くことは無く、夜寝ている間に魔獣に襲われる可能性がある。
「まあ、このまま歩こうかな。そもそも山を急いで歩くと危ないし」
アンナはそう決めて歩き出した。夜をどうやって過ごすかまだわからないけど、それはその時に決めようと思っていた。
昨日までとは違って魔力の糸などが使えるようになっており、夜に魔獣から襲われないようにする方法にあまり悩まないで済むと考えていたからだ。
「それにしても歩きやすくなってきたね」
山の下の方まで来たからなのか傾斜が少なくなり、体力をあまり使用せずに歩くことができていたため、上位種との戦いで疲労した体でも何とかここまで歩いてくることができていた。
「でも、魔獣と戦うのは少し難しいかな。数匹程度なら魔力も体力も保つけど、それ以上は今後の旅に支障をきたすよね」
それもアンナが急がない理由の一つだった。急いで街に行こうとしても体力が保たない可能性があり、もしそうなってしまうともう打つ手が無くなってしまうからだった。
「ッ!」
その時、強化した聴覚が遠くの方で魔獣の声と何かがぶつかる音を聞き取った。
その音は戦闘の音のように聞き取れてアンナはそこに近づくか悩み始めた。
(戦闘の音?こんなところで起きる戦闘といえば魔獣と冒険者が戦うことぐらいだよね。もしかしたら私を街まで連れて行ってくれるのかもしれない…………あっ、魔獣同士が争っている場合があるのか。それなら離れるべきだよね、どうしよう)
アンナは自分が冒険者ではないのに魔獣と戦っていることを棚に上げてそんなことを考えていた。冒険者がいる場合は街に連れて行ってくれる可能性が高く、そこにいるのが魔獣だけだった場合は襲われる危険性が高い。両方の可能性を天秤にかけて、これからどうするかを決める。
「よし、近くまで行って人がいるように感じたらそのまま戦っている場所にいこう」
アンナは近くまで行き、強化した聴覚で確認することを選んだ。それならば魔獣に襲われる可能性が低くなると思っていたからだ。
実際にその判断は間違っていなかった。だけど、二つアンナが見逃していたことがある。
アンナにとっての冒険者のイメージはワルトであったが、そのワルトが金級冒険者だったこと。
そしてもう一つは自分は才能があったことだ。この二つのことでアンナはこれから苦労する羽目になった。
だけど、今回の判断には後悔は無かった。
「あっ、人の声が聞こえた。つまり、冒険者がいるってことだ。急いで行かなくちゃ」
ある程度近づいた時、人の声が聞こえてアンナは急いで戦っている場所に向かった。そうしなければ冒険者が魔獣を倒して何処か遠くへ行ってしまうと考えていたからだった。
足を急いで動かす。体力が残り少なかったが、冒険者と会うことができればそんな心配などしなくてもよくなる。だから、アンナは全力で走っていた。
いくら傾斜が少なくても山の中にいることには変わりがない。地面が凸凹していて走りにくく、体力がどんどん削られていく。それでもなんとか戦っている場所にたどり着けて、その場所を見るとアンナは驚いて目を見開いていた
しかし、アンナが驚いていたのはそんなことではない。そこには十数匹の魔獣とそれらに襲われている一人の商人と三人のアンナより少し年上のように見える冒険者のような人がいた。だけど、その冒険者の動きはワルトどころかアンナと比べても悪く、このまま戦っても魔獣たちに勝てるようには見えなかった。
まだ魔獣たちはアンナの方に気付いていない。すぐにここから離れると魔獣たちに襲われずにここから逃げることができる。もし、魔獣に見つかってしまうと、今の魔力と体力では魔獣たちに勝てる可能性は低く、生き残ることを考えるならば今すぐ逃げることが正解だった。
だけど、アンナの頭の中には逃げるという選択肢は最初からなかった。何故ならワルトならこの光景を見るとすぐに助けに行くからだ。それがどんなに無茶なことであっても関係ない。困っている人がいるならば助ける、その信念を貫いて生きていく。
「全く、ワルトさんは責任を取ってくださいよ。こんな無茶をする羽目になったんですから」
そんなことを口に出していたが、アンナの心の中では全くそんなことを思っていない。心の中にあるのは喜びだ。数日前の自分ならばこんな光景を見たら逃げることしかしなかったが、今の自分は冒険者たちを助けるために動き出そうとしているのだ。
この度おかげで自分がしっかり成長できていることが実感できた。もう、大嫌いだった自分はもういない、見ず知らずの人を助けようとすることができる自分のことが好きになる。
アンナは冒険者たちが戦っている場所に向けて走りだした。
「え?子供?」
山の中から飛び出してきたアンナに一人の冒険者が気付き、驚いて声を上げている。
(子供って、そっちも少し年上なだけでまだ子供でしょ)
そんなことを思いながら指先から魔力の糸を出して周りに括り付けていく。残りの魔力が少ない今の状態で戦うには奇襲で一気に削り切るしかない。
(まずは二匹)
アンナが飛び出してきたことにまだ気づいていない二匹の魔獣を後ろから切り裂いていく。そして、その時にやっと残りの魔獣や冒険者たちの全員がアンナの存在に気付いていく。
近くにいる魔獣が慌ててアンナのほうに向かって飛びかかるが、そこにはもう魔力の糸が張り巡らされていて、それに絡まってしまいすぐに動けなくなり、その隙に切り裂いていく。
(残り八匹)
周りのようすを一瞬で確認する。最初にアンナに気付いた女性の冒険者はすでに魔獣に警戒を向けていて、そっちにはもう気にする必要はない。しかし、残りの冒険者や商人はまだ茫然としていて隙だらけだ。
(まずいっ、この状態だと奇襲で全て倒すことができない)
守りながら戦う、その難しさを理解し、それを成し遂げていたワルトが金級冒険者だったことに納得する。
(このままだと守り切れない。一気に削るか)
アンナは魔獣たちがいる場所を確認して、一番魔獣を倒せそうな位置に向けてナイフを振る。
そのナイフから見えない魔力の刃が飛び出し、五匹の魔獣を切り裂いた。
(ぐっ、魔力を使いすぎた)
そのせいで頭痛が襲ってきたが、まだ魔獣が三匹も残っているため我慢するしかない。たが、この状態で残りの魔獣をすべて倒すのは難しい。
「ガイ!アレク!さっさと動け!」
唯一、魔獣の方を警戒していた冒険者がまだ茫然としている冒険者に向かって叫んでいた。そのおかげで二人の冒険者が状況を理解して慌てて武器を構える。
(これなら!)
アンナは魔力の糸を使い、残った魔獣たちを絡めとった。しかし、それだけでアンナは力尽き、立つのがやっとの状態で魔獣たちを倒すことができない。
だけど、ここのは三人の冒険者がいる。動けなくなった魔獣など彼らには簡単に倒すことができる。実際に絡み取った魔獣たちをその冒険者たちはすぐに倒すことができた。
その光景を見届けて、アンナは地面に倒れていく。
「あっ、大丈夫⁉」
女性の冒険者が慌ててやってきてアンナを受け止めるが、全員が無事だったことに安心したアンナは眠りに落ちていった。
明日、完結します。良ければ読んでください。