始まり
アンナは木の上でじっと息を殺して魔獣たちから隠れていた。魔獣たちは隠れているアンナに気付いた様子は無く、下処理された魔獣の肉に群がって食べていた。
(あっ、まだ食べてないのに!血の匂いにつられて此処に着いたのかな?それにしても数が多すぎると思うけど)
肉のそばに群がっている魔獣の数は十匹以上いるように見えてアンナは驚いていた。魔獣の群れだとしても、こんなに多くの魔獣が一緒に行動しているなんてことは滅多にない。
(何かから逃げてここにたどり着いた?……あっ、爆発か!あの音で山にいる魔獣が下の方に降りてきたんだ)
その理由は単純なことだった。アンナが引き起こした爆発の音で魔獣たちが山の下の方に降りて来たからだった。魔獣がたくさんいる原因が自分だったことに気付いて憂鬱な気持ちになる。
しかし、すぐに気持ちを切り替えて魔獣たちの方を観察し始めた。魔獣たちは急いで肉を食べており、少しも肉を残さないように鼻を使って隅々まで肉が無いか探していた。
(魔獣が山の下の方に集まっている原因は分かったけど、なんで肉をあれだけ必死に探しているんだろう?お腹がすいているのかな?………………もしかして、食料が不足している?たくさんの魔獣が一気に集まってきたから食べるものが少なくなってしまったんだ)
入手できる食料が少なくなったせいで、今の魔獣たちは食料を得ることに必死になっていることに気付いて、アンナは危機感を覚える。
(私って魔獣から見ると食料だよね……もし、魔獣に見つかると一生追いかけられてしまうってこと⁉)
ただでさえ今のアンナは魔力が残り少ししかなくて戦闘になると長時間戦えないのに、魔獣がたくさんいて、しかも見つかると一生置きかけられるこの現状はこれ以上ないほど望ましくないものだった。
(どうしよう、魔力が回復するまで待っとくべき?でも食料が無いからそれはできない、もう魔獣に見つからないことに賭けるしかないの⁉)
アンナはずっと考えていた。しかし、良い案は思いつかない。考えている間に、肉に群がっていた魔獣たちがその場から離れていく。
(あ、もう食べ終えたんだ。……まだ何も決まっていないけど、これからも今までと同じように進むしかないか)
その時だった。ナイフから血の水滴が落ちて魔獣の顔に当たった。その魔獣はすぐに上を向いてアンナと目が合う。
「あ」
魔獣が大声で吠える。その声に気付いた魔獣たちが続々とアンナの下に集まってきて、すぐにアンナを囲んでいく。
「まずいっ」
(このままここでじっとしとく?いや、それはよくない、今の魔獣は私のことを諦めないし、さらに増える可能性もある。仕方がない、ここは炎を使ってもいいから全部倒すべきだ)
アンナは一瞬で魔獣たちを倒すことに決めた。そうと決まれば悩んでいる暇は無い、身体強化をしらがら魔獣たちの方へ落ちていった。
落ちてくるアンナに向かって魔獣たちが飛びかかってくる。早い者勝ちなのだろうか?他の魔獣を踏みつけてまで食べようとしてくる個体もいた。魔獣たちはアンナのことを遥か格下としかみていない。万が一にも自分たちが死ぬなんて思っていないだろう。
「上位種と比べたら普通の魔獣を相手にするのは簡単だよ、力はともかく知能がたりない」
もしかしたら上位種のことを少し尊敬していたのかもしれない。相手のことをちゃんと警戒して策を練る、そんなことをしてくる上位種は強敵であり、参考できるところもあったから。
アンナは飛びかかってくる魔獣たちに魔法を使った。一瞬で炎に焼かれ、魔獣たちは全滅していた。しかし、アンナの顔には余裕がない。魔獣が生き残ってないことを確認すると、すぐに逃げ出した。
「ここに魔獣が来ないうちに早く逃げないと」
魔獣に見つかった時に大声で吠えられたこと、それに魔獣が焼けた匂いで魔獣がやってくる可能性があるためアンナは必死に逃げ出した。
全力で足を動かす、魔法を使ったせいで頭痛がかなりひどくなったが、我慢して走り続けた。
「はぁ……はぁ……ここまで来たらもう大丈夫かな」
しばらくたった後、アンナは止まった。魔力もかなり使ってしまって、ほとんど残っていなかった。
「逃げ切れたのはよかったけど、ここはどこなんだろう?もしかして遭難した?」
周りには木しか存在していなくて今いる場所がどこなのか、これからどこに向かえばいいのかさっぱりわからない。今までは遭難することがあってもワルトさんが残してくれたものを使えば何とかなると思っていたが全部川に流されてしまっている。
「とにかく歩こう、そうしたら何か見つかるかもしれないし」
そんなことを考えてアンナは歩き始めた。血木の根などのせいで地面がぼこぼこしていて身体強化をしていないとかなり歩きにくい。それでも、歩かないとこの状況を解決できないから歩き続ける。
しかし、今は魔力がほとんど残っていないせいで聴覚などを強化することができない。そのため、魔獣の接近を気づくことができず、今度はアンナの方が奇襲されるなんてことが起きる可能性がある。
少しでも魔獣に襲われる可能性を減らそうと周りを確認しながら、それに加えてできるだけ木に隠れながら進んではいるが、いくら警戒していたとしても絶対に襲われないという保証は無い。
それでも、生きるためには進まなければならない。アンナは警戒しながら進んでいたが、世の中はそう甘くは無い。
バキッ
横から枝が折れる音がした。そこには魔獣が三匹いて、アンナの方を見ている。
「なっ」
三匹の魔獣が襲ってくるが、ほとんど残っていない魔力を身体強化に使って何とか防ぐ。しかし、一匹だけならまだ対処できたが3匹もいるとなると話は変わる。
三匹の攻撃に手数が足りなくて、アンナの体に傷が増えていく。炎を使うことができればこの程度の魔獣は簡単に倒せるが、残りの魔力では指先ほどの大きさの炎しかだせない。
嫌な予感がして頭を下げる。一瞬遅れて頭があった場所に魔獣の爪が通った。それはアンナが上位種と戦った経験のおかげで勘が鋭くなり、命を落とす可能性がある攻撃を察知できるようになったのだ。
しかし、そんなことができるようになってもアンナは追い込まれていた。そもそもアンナの強みは常人の何倍もある魔力量だ。そのおかげで魔獣を一瞬で倒すことができる炎を使うことができるし、上位種とも戦えることができるようになるほどの身体強化も使うことができる。
その強みが失われるとアンナは一気に弱くなる。炎も封じられ、身体強化も普通の冒険者と同じくらいにしかできなくなるとアンナの小柄な体型はかなり不利になっていまい攻撃を防ぐことしかできなくなる。
(このままだと魔力が無くなる!こうなったら多少の傷は無視してせめなきゃ)
アンナは前に出た。魔獣の爪がアンナの頬を掠るがそんなことは無視して右手に持ったナイフを魔獣の頭に突き刺す。
「次っ」
一匹を倒すことができてもすぐに残りの魔獣が襲い掛かってきて、アンナの体に傷を作っていくが、何とか致命傷になりそうなものは防げた。
そして、三匹から二匹になったことで隙が生まれ、その隙をついて二匹目の頭にナイフを突き刺す。
しかし、それは罠だった。二匹目を倒している間に3匹目が後ろから襲ってくる。そのタイミングは絶妙で避けることができない。
だけどアンナは落ち着いていた残っている魔力をすべて使って魔獣の目の前で火花を起こす。それに驚いて魔獣が目を閉じて爪が逸れていった。
「ッ――――!」
すべての魔力を使ったことにより頭痛がさらにひどくなるが歯を食いしばって耐えていた。ナイフを持った手を伸ばして魔獣の胸に突き刺した。
突き刺したところから血が噴き出してきてアンナにかかる。魔獣はもう動く気配がなくその場に倒れた。
「………………ここから…………逃げなきゃ」
頭が割れそうな痛みに耐えながらアンナは戦っていた場所から離れていく。そうしないと魔獣が血の匂いを辿ってここに来てしまうから。
しかし、その足取りは重い。川で目覚めた時も魔力欠乏症の症状が強かったが、その時ですら意識を失っている間に魔力が少し回復していて、今ほどつらくはなかった。
「………………あ」
しかし、ここから逃げる必要などなかった。なぜなら目の前に一匹の魔獣がいて、こっちをみていたから。
魔力など残っておらず、魔法どころか身体強化すら使えない。そんな状態で魔獣に抗う手段なんて無かった。