自問自答
息が詰まった。それは屋敷にいた時にずっと言われていたことだった。
それを否定したいけど、何も言い返せなかった。実際にワルトは自分を庇っているせいで傷を負っているから、なのに自分はただ守られているだけで何もしていないから。
ワルトは何もしなくていいと言うだろうけど、それでも守られているだけなのは嫌になる。
本当に自分は役立たずだ。他人の足を引っ張っているだけで一人では何もできない、自分は何も変わっていない。
『もしかして成長してると思っていたの?そんなわけないじゃん』
自分が追い打ちをかけてくる。
でも何も言い返せない、その言葉は本当のことだったから。
魔法の練習をして魔力の扱いがうまくなっただけで、一人では何もできないことは変わらない。
ワルトのような人になりたい、でもそんなことは自分にできるわけない。
自分のいいところなんて何もない、一人では何もできない、他人に助けられながらでしか生きていけない寄生虫、それが自分の正体だ。
『ほら、理解した?それなら今すぐ死ねば、そうすれば憧れの人が生き残るかもよ』
自分が唆してくる。
そんなことはしてはいけない、自分が死んだらワルトが必死に戦っている意味がなくなる、ワルトの心に傷を残す。
アンナはそのことを理解していた、だけど今すぐ死にたかった。
自分のせいでワルトが死ぬ、もし自分がいなければこんなことにならなかった、ワルトは今頃街で治療を受けていたはずなのに。
実際はそんなことにはならない、もしアンナがいなかったとしてもワルトは安静にせず依頼を受けて人助けをしていただろう、でも今のアンナはそうとしか思えなかった。
ああ、手元にはナイフがある。ちょうどいい、これで首を切れば私は死ぬことができる。誰にも迷惑をかけずに一人で死ねる。一人では何もできなくても死ぬことはできる。
アンナはそう思ってナイフを持った。そして首に添えた。
このナイフに力を加えるだけで私は死ぬことができる。
『やっと決心したんだ、さっさと力を加えなよ』
自分の声が背中を押してくれる。これは正しいことだ、私が死ねば全部解決する。
そう思って力を加えようとした、だけどできなかった。腕を少し動かすだけなのにそんなこともできなかった。
ワルトならこんなところで諦めない、ずっとあがき続ける、憧れの人は絶対にそうする。
『は?私はあの人のようになれるわけないでしょ。さっさと諦めて死ね』
自分の声が責めてくる。その言葉は正しい、私はあの人のようになれない、そんなことはわかっている、でも諦めきれない。
頭では理解していても感情がソレを許さない。ここで死んではいけない、あの人に憧れているのならそれだけはいけない。
死んだら何も返せない、あの人から受けとったものはたくさんある、だからここで死んではいけない。もしかしたらこれからも迷惑をかけるかもしれない、でもそんなことは関係ない、あの人は気にしなくていいよと言ってくれる。
『……何言ってんの?頭おかしくなった?』
ああ、本当に頭がおかしくなったのかな?でも仕方ない、ここで諦めるなって心が叫んでいるから。
うつむいていた顔を上げる、私を守っているワルトの背中がよく見える、目標がしっかり見える。
ああ、心が燃えてくる、深紅の炎が燃え上がってくる。
私は悪い人だ。私のせいでワルトは大変なことになっているのに、さらに迷惑をかけるかもしれない。すごく傲慢だ。
でもあの人なら許してくれる。
『どうかしてるよ、本当に。理解できない』
昔の自分が諦めたようにつぶやいていた。
気持ちはわかるよ、私でも理解できないんだから。何でここで諦めないんだろうか、たぶん私の心に火が付いたからかな。
心で燃え上がっている炎はこんな雨で消えたりしない、永遠に消えない。
「ああ、こういうことだったんだ」
ワルトが英雄になりたいと言っていた時の気持ちがよくわかった。
こんな炎があれば諦めることはできないよ、ほんと迷惑な炎。でもよかった、こんな炎が私の心で燃え上ってきて、これであの人に少し近づいた。
アンナは立ち上がる、ワルトを助けるために。何もできないかもしれない、足を引っ張るかもしれない、でもそんなことは関係ない。私の心に身を任せる、消えない炎がどんどん燃え上ってくる。
「よし、戦おう」
あの人を助けつために、あの人のようになるために。
アンナは初めて立ち上がった。