雨が降った日1
しばらく時間がたって二人が昼ご飯を食べた後、ぽつぽつと雨が降ってきた。
「あれ?雨が降ってきた?」
アンナは降ってきた雨粒が体にあたってそのことに気づいた。
「アンナちゃん、これを着ていて」
ワルトは真剣な顔で水をはじく素材でできている服を渡してきた。
「それにこれからは聴覚をずっと強化して続けて」
「いいですけど、なんでそんなことをするんですか?」
山を登った経験がないアンナには雨の危険性を理解していなかった。
「ああ、雨の子を怖さを説明していなかったね。何個もあるんだけど、例をいくつか挙げると雨に濡れて体温を奪われることによって低体温症になる危険があったり、地面が脆くなって土砂崩れが起きやすくなるんだよ。それに視界が悪くなるからいつもより慎重に進むからね」
ワルトは雨の危険性をアンナに説明した。
その説明を受けてアンナは雨の危険性を理解するとともに、焦り始めていた。
(時間が無いのに慎重に進まないといけないなんて)
しかし雨の危険性も理解していたから、ワルトの言葉に従って慎重に進んでいた。
「そういえば、雨が降っているときは魔獣に襲われることはあるんですか?」
しばらく歩いた後、ふと生じた疑問をワルトに問いかけた。するとワルトは少し考えてその質問に答えた。
「雨が降っていない時と同じかな、かなり激しい雨が降っている時はさすがに出てこないけれど、その時は土砂崩れが起きやすいから危険なことには変わらないよ」
「えっ……雨が降っている状況でも魔獣と戦うんですか?こんな地面の状態だとまともに戦えませんよ」
雨が強くなってきていて、地面が滑り安なっているのに気が付いていたアンナはその状態でも魔獣と戦わなければならないことを聞いて驚いていた。もしこんな状態で戦うと、すぐに地面に足を取られてまともに戦えないことが簡単に予想出来たからだ。
「それでも戦わなければならないだよ。だから雨は怖いんだ」
その時のワルトの顔はとても苦しそうに見えた。それは自責の念に駆られていて、今すぐに押し潰されそうに見えた。
でも何も言わなかった。言えなかった。まだ若いアンナにはワルトの後悔がどのくらいのものか理解できないから。
「気をつけてね、聴覚を強化しても雨の音に紛れて魔獣の接近に気づかない事もあるから」
そうして二人は歩いていった。最初は少ししか雨が降っていなかったが、だんだん強くなっていって、今では絶え間なく降り続けていた。
すると二人はあることに気づいて立ち止まった。
「アンナちゃん」
「わかってます」
アンナは魔獣の足音が聞こえたのでワルトの後ろ側に隠れた。しかし、昨日とは違い地面が雨のせいでぬかるんでいて、さらにワルトの体調のことを知ったことで不安を拭えなかった。
「成長しているね、昨日までなら気づかなかったのに」
しかしワルトは安心しきっている様子だった。病に侵されているはずなのにそんな様子を微塵も感じさせなかった。
そんな会話をしているうちに4匹のシルバーウルフが二人を囲んでいた。雨のせいで地面がぬかるんでいるはずなのに、足をとられずに軽々と走ってきた。
「あ、言い忘れていたけど魔獣たちは基本的に雨のせいで動きが変わることはないからね。普段から自然の中で生きているからこんな地面は慣れているんだよ」
ワルトは魔獣を見て急にそんなことを言い出した。ただでさえ不安だったのに、それを逆撫でてくるような言葉を言ってきたワルトの事が信じられなかった。
「それ、今言います⁉︎」
「?」
「もういいです!」
そんなワルトのことは無視して、魔獣の方に注意した。その魔獣たちは昨日に戦った魔獣よりも一回り大きい気がして、気のせいだと思ったが念のためワルトに尋ねた。
「なんか大きくないですか?」
「やっぱしアンナちゃんもそう思う?……少しまずいね」
「え?」
今まで戦闘に関しては少しも弱音を吐かなかったワルトが急に弱音を吐いてアンナは驚いて頭が真っ白になった。そして今までずっとワルトに頼ってばかりだったことも理解出来た。
するとワルトが昨日と同じように大剣を振って、昨日と同じように4匹の魔獣の腹部が切られて血を噴き出して倒れた。腹から流れでている血が水溜まりを赤く染めていって、再び動き出す魔獣は1匹もいなかった。
「え?」
「どうしたの?アンナちゃん。進まないの?」
ワルトは立ち止まっているアンナを見て不思議そうに首を傾げていた。それは少しまずいね、と言っていたくせに一瞬で魔獣たちをを討伐したことが理解できなくて立ち止まっているアンナを怒らす原因になった。
「どうしたのって、さっき「少しまずいね」と言っていたのに一瞬で魔獣を討伐してるんですか⁉︎少しもまずくないですよね⁉︎」
怒りを我慢できなくてアンナはワルトを問い詰めた。ワルトの言葉のせいですごく不安になったのに、実際は全く危険じゃなかったことに腹が立っていたから。
しかしワルトの返事は予想いていなかったことだった。
「ああ、そういうこと。誤解させる様な言い方だったね、ごめん。僕がまずいって言ったのは目の前の魔獣のことじゃなくて上位種がいるかもしれないっていうことだよ」
言葉を失った。上位種いる可能性があるなんて信じたくなかったから、でもワルトはそれを許さなかった。
「1匹だけ大きいならまだ良いけど、4匹も大きいのは群れができている証拠だよ。魔獣の場合は群れると大きくなるんだ、餌も効率よく集めれる様になって、さらに戦闘になっても負ける可能性が低くなって生き残りやすくなるからね。それで群れのリーダーは基本的に上位種なんだよ、晴れてる時なら問題なく倒せるけどこの天候だとかなり厳しいから少しまずいなんて言ったんだ」
「そ、それならどうやって進むんですか?」
不安になってワルトに聞いた。ただでさえ戦闘で足を引っ張っているのに上位種と遭遇したら自分のせいでワルトが死ぬかもしれないと思ったから。
「基本的に聴覚を強化して避けながら進むし、もし避けられなくて戦闘になっても僕が頑張って倒すから安心していいよ」
そんなことが言われても少しも安心できなかったが、今できることは戦闘を避けて移動することだけなことを思い返して、アンナは周りに注意しながら進むことにした。
「……大丈夫ですよね?」
「うん」
それでも不安を拭えることは無かった。