出会い
「お願います!」
人で賑わっている冒険者ギルドの中で少女の声が響き渡った。
「お願いしますといわれてもねぇ、銀貨一枚でノルラインまでの護衛の依頼は出せないよ。ただでさえ銀貨一枚は安いのにこの街からノルラインまで行くには山脈を越えなければいけないのよ。せめて金貨五枚はないと話にならないわ」
少しばかり年をとった受付嬢は呆れたように言った。
それでも少女は諦める気配が無く、しかも今度はより大きな言葉で言った。
「でもノルラインに行きたいんです!お願いします!」
「だから依頼は出せないって言ってるでしょう!まず何でアンタみたいな子供が一人でノルラインまで行こうとするの?まさか家でじゃないでしょうね?」
受付嬢は少し怒りながら言って少女は目を逸らした。それは本当のことを言い当てられてなにも言い返せない様子だった。
「それは……その……」
「ほら理由も言えないじゃない!ここはアンタみたいな子供が来る場所じゃないの!」
受付嬢は今度こそ明確に怒りながら言った。
(そうだよね、こんな依頼を受けてくれないよね。でもここで諦めたらまたあの暮らしが続く、それだけは絶対に嫌だ!)
それでも少女はしつこく頼み込んだ。
「でもどうかお願いします!」
「だからお願いしますじゃないのよ!まず護衛依頼ってのはどんな天候でも重たい荷物を抱えながら魔獣や盗賊を常に警戒しなければならないの!とっても大変な依頼で死ぬリスクもあるの!わかる?わかったらさっさと帰りなさい!」
それは昔の過ちを繰り返さないために必死で怒っているように見えた。
しかし少女はそんな受付嬢の様子を見ても一瞬息を呑んだだけで、また依頼を出そうと頼み込んだ。
「それならいざとなったら私を見捨ててもいいので依頼を出させてください!」
「そう言う事じゃないのよ!さっさと帰って!」
二人の言い争いはどんどん激しくなってギルド中の冒険者に注目を浴びていた。
周りの冒険者はアンナに白い目を向けて誰も手助けしようとしなかった。
(わかってる!私が間違ったことを言ってるって。それでもこれしか方法がないから)
「でもどうかお願い『まあまあ落ちついて、1回冷静になろうよ』します!」
突然、二人の言い争いの中に一人の冒険者が割って入った。
その冒険者は30代ぐらいで大柄とは言えない体型をしているにもかかわらず背中に大きな大剣を背負っていて、何故か老人のような雰囲気を出している。そんな人物だった。
「このまま言い争っても埒があかないよ、冷静にならないと」
「でも依頼を出したいんです!関係ないので黙ってください!」
少女は八つ当たりするように銀髪の冒険者に言うと、受付嬢が顔を真っ青にして焦った様子で頭を下げた。その様子はまるで猫に見つかった鼠のようだった。
「も、申し訳ございませんワルトさん!この小娘が失礼な事を言って、ほら!アンタも謝りなさい」
「そんなに怯えなくていいよ、僕はあまり気にしてないし。それに君は悪いことをしてないしね」
その冒険者は怒っているように見えず、優しい声で受付嬢を安心させた。
すると冒険者は少女の前に来て叱るようにして言った。
「君、今回は僕だったからよかったけど、他の人にその態度で接してたらどうなるかわからないよ。いくら冷静じゃ無くても限度ってものはあるんだから」
そう言われて少女はやっと冷静になり今の行動を反省して冒険者に頭を下げた。
「失礼なことを言ってごめんなさい。今後は気をつけます」
「うん、反省する事は大事だよ。大人になっても出来ない人はいるからね」
冒険者は優しく言って少女の頭を撫でた。
それはまるで親が子供に接しているように見えて、冒険者の優しさが感じられた。
「君、名前は?」
「アンナ…………」
「じゃあアンナちゃんは何で依頼を出したいの?」
「それは……」
依頼を出したい理由を言うと家に連れ戻されるかもしれなくてアンナは言い淀んだ。
その様子を見て冒険者はため息を吐いて諭すようにして言った。
「冒険者って仕事はねとて大変なんだよ。アンナちゃんはさっき自分のことを見捨ててもいいって言っていたけど、もしそんなことをしたらギルドから罰則を与えられるんだよ、銀貨一枚でノルラインまでの護衛依頼なんてリスクと報酬が割に合わないんだ、それでもアンナちゃんは依頼を出すの?」
その言葉にアンナは一瞬目を逸らした。改めてこの依頼の危険性と報酬の少なさを理解させられたから。
それでも執拗に冒険者の方を見て言った。
「わかっています!自分勝手なことだってわかっています!それでも行きたいんです!もうあの暮らしに戻りたくないんです」
アンナは目に涙を浮かべていた。それは頭では間違っていることをわかっていても何度も諦めないで駄々こねている自分に対して自己嫌悪に陥っているような様子だった。
するとそんなアンナを見て冒険者は呆れてながら言った。
「死ぬかもしれないよ、自分だけじゃなく他人も。それでも?」
「………………はい…………」
アンナの握りしめていた拳から血が流れて出ていて、それを見た冒険者は溜息をついて頭を掻いた。
「はぁ……そこまで行きたいだなんて、わかったよ僕がその依頼受けてあげる。でも今回だけだよ、もう1回こんなことしたって誰も依頼を受けないからね」
「ワ、ワルトさんいいんですか?」
受付嬢が慌てて言った。その時の受付嬢の目は信じられない物を見たような目をしていて、その様子を見た冒険者は無理もないと思った。
「……まあそんな反応をするよね。いいよ、今お金に困ってないし、時間は少し無いけれど間に合うと思うから。だけどアンナちゃん、君みたいな子供にはとても大変な事だし、しかも僕はソロだから色々手伝って貰うけど、それでもいい?死ぬかもしれないし辞めるなら今だよ」
そんな冒険者の言葉を受けてアンナは嬉しそうに涙を流して冒険者に頭を下げた。
「お願いします!」
「うん、わかったよ。そういう事だから受付嬢さん書類を作ってくれないかい?」
受付嬢は心配そうな目を二人に向けた後、諦めるようにため息を吐いて書類を取り出した。
それは半分くらい自暴自棄なように見えて少し罪悪感が湧いた。
「いいんですね?後から依頼の取り消しは受け付けませんよ。この依頼は危険なんですからね、やめるなら今ですよ。……まあワルトさんのような人なら大丈夫だと思いますけど」
そこまで強そうな雰囲気を出していないのに、受付嬢に評価されていてアンナは不思議がって疑問を抱いた。
「ぼ、冒険者さんはすごい人なんですか?」
冒険者は照れ臭そうに頭をかいて言った。
「はは、そこまで僕のことを高く評価しなくてもいいよ。受付嬢さん、手続きをお願いします。さて、これからよろしくね、アンナちゃん。僕はワルト、これでも金級冒険者なんだよ」
「え!?」
ワルトはアンナが想像していた金級冒険者とはかけ離れていて驚いて声を上げた。
「じゃあこれからノルラインに行く準備をしに行こうか、ついてきて」
「は、はい!」
アンナは慌ててワルトについていく。これがアンナにとって人生の中の一瞬だけれども、決して忘れられない旅の始まりだった。