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青い春の目印

作者: 神崎 月桂

 卒業式。面倒といえば面倒だったが、部長という立場であることもあって、部の代表として参加することになった式典。……まあ、部の代表と言っても、部員は現在俺ひとりしかいないし、送り出される人たちの中にも、元部員はひとりしかいないのだけれども。


 式がひとしきり終わって、体育館から外に出る。

 校庭の方を見てみると、泣いている生徒や大騒ぎしている生徒なんかがいて。そんな様子を横目に見ながら、ひとりの人物を探す。

 面倒ではあるのだが、あの人のことだから、会いに行かなければたぶん拗ねる。高校生も卒業だというのに、子供か。


 パッとあたりを見回して見た限りでは、その姿は見えない。だが、だいたい場所の推測はつく。

 明らかな人だかりができている場所が一箇所。露骨に女子生徒が集まっている。

 本当にすごい人気だなあ。……あの中心にいるのが女性なのだから、なおのこと。


 あそこに特攻する勇気はないので、人が捌けるのを待つ。どのみち近づいたところで周りの女子たちに厄介払いされるのが目に見えてる。……あ、ちょうど無謀にも挑んだ男子が蹴り飛ばされてる。


 わーきゃーと黄色い声がしばらく聞こえていたものの、しばらくしてそれも収まってきて。人の集団が在った場所の中心には、なんとも自信満々な立ち居振る舞いの女性がひとり残っていた。


「相変わらずの人気っぷりですね、先輩」


「やあ、遅かったじゃないか、後輩!」


 彼女こそが、今日卒業していく、俺の先輩。なぜか半強制で彼女の部活に所属させられ。他の部員もいなかったために彼女が抜けてしまった現状、俺が部長を引き継がざるを得なくなってしまった原因となった人物である。

 まあ、完全に自由というわけではないものの、実質好きに使える部屋がある状態なのでありがたい側面がないわけではないのだけれども。


「全く。君が来るのが遅かったから、今来たところでボタンは残ってないぞ? さすがにシャツのボタンはやれないし、ブレザーのボタンは少ないからな」


「いりませんよそんなもの」


 おそらくは先程の女子集団にせがまれてあげたのだろう。普通のボタンはもちろん、袖口のボタンまで見事に全部無くなっている。


「ふむ、あと君にあげられそうなもので残ってるものといえば、このリボンくらいなものか」


 彼女はそう言いながら、首元についていた青色のリボンを解く。

 その所作までもが様になっているので、本当にムカつく。顔は本当にいい。


「というか、そのリボン貰ったところでどうしろって言うんですか」


「うーむ、そうだな。カバンとかにつけておいたらいいんじゃないか?」


「学校指定の女子物のリボンをつけてる男子生徒とか、どこからどう見てもヤバいやつですよ」


「まあまあ、それはそうかもしれないが。だが、御利益はあるかもしれないぞ? さっきまで来ていた彼女たちも私のボタンを学業成就の御守にするって言っていたし」


「…………」


 絶妙に否定しにくいのが、なんとも言いにくい。この面のいい先輩は、それだけに留まらず勉学も運動もできるというとんでもない人だった。

 どこぞの雷神様なんかは生前人であった頃に勉強が良くできたという理由で学問の神様なんて言われたりしてるし。先輩の自信に満ち溢れた格好なんかも相まって微妙に説得力がある。根拠なんてないのに。


「まあ、貰えるものなんだから貰っておけ。ボタンなんかと違って紛うこと無き一品物だぞ!」


「……わかりましたよ」


 なんだか言いくるめられた気がしなくもないが、俺は彼女から青いリボンを受け取る。

 さてはてしかし、貰ったはいいものの、これをどうしたものか。


「……っと、忘れるとこだった」


「ん、どうかしたか? 後輩」


「どうしたもこうしたも、本題ですよ、本題」


 なにやらよくわからない授受が発生して失念していたが、そもそも今日の主役は俺ではなく先輩である。


「卒業、おめでとうございます」






     * * *






「早いもんだなあ……」


 そんなことを両親に言ったらまだまだだって怒られそうなものだけれども。一年が過ぎ去って、次の春。


 新たな地である大学の敷地で、その広さに少し驚きながらゆっくりと見て回る。


 なにもかもが新鮮な雰囲気に包まれながら歩いていると、懐かしい声に引き止められる。


「やあ、久しぶりじゃないか」


「……よく、俺の場所がわかりましたね、先輩」


 声のした方向に振り返ってみると、そこには懐かしい、面のいい顔があった。


「簡単さ。女物の青いリボンをカバンにつけている男の新入生を見なかったかと聞けば、割とすぐに見つかったぞ」


「最悪な探し方しないでくれます?」


 俺が渋面を浮かべているその対面で、高らかに笑っている先輩。本当にこの人は。


「まあ、それはさておき。サークルを作ったんだが、現在私ひとりしか所属していなくってね」


「それ、サークルって呼べないんじゃないんです?」


「そこで君に入ってもらいたいんだが」


「なんか、既視感があるんですけど。具体的には高校のときと同じな気がするんですけど」


「ああ、安心してくれ。拒否権ならないから」


「安心させたいなら拒否権を用意しろ!」


 全く、この人は。相も変わらず俺の話を聞かない。

 ……まあ、先輩に振り回されるのは今に始まった話じゃないし、構わないんだけども。


「わかりましたよ、入りますから」


「君ならそう言ってくれると思ってたよ!」


「言わせるまで付き纏う気だったくせに」


「もちろん!」


 堂々ということじゃないからな、それ。


「……とにもかくにも、また、よろしくお願いしますね、先輩」


 少々不本意ではあるが。先輩に付き合わされる日常は、大変ではあるものの、飽きはしないし。


「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、後輩! ……っと、これを忘れるところだったな」


 先輩はそう言うと、ニヤッと。楽しげな笑顔を向けながらに。


「合格、もとい入学おめでとう」

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― 新着の感想 ―
とても面白かったです! 先輩のサバサバとしたキャラ好きです。 私自身、高校の卒業式に出なかったのでこういう物語を紡いでいった人達もいるんだろうなと感慨深くなりました。 素敵な作品を書いて下さりありがと…
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