表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/197

駅弁




 移動しながら端末の画面を見る。

 夏菜子への連絡も、宵宮への連絡も、一切返事が来ていない。宵宮に至ってはおそらく仄香のことをブロックしている。本当に今後仄香と関わらない気だ。


(宵宮先輩は頑なそうだから接触は諦めるとして……夏菜子先輩は何してるんだろう)


 どうやら尚弥の方にもしばらく返信が来ていないらしい。尚弥は連絡頻度としてはいつもこんな感じだと言っていたが、妙に引っかかる。


 あまり元カノの話題を出したくないが、志波と会った時に夏菜子のことも聞こうと思った。想い人である彼ならば、夏菜子からの返信も来ることだろう。


 そんなことを考えながら目的の駅に着きエレベーターを上がると、身長が高いが故に人混みの中で頭一つ出ている志波を見つけた。

 待ち合わせ時刻まで時間があるのにもう来てくれていることに驚きつつ、小走りで志波の元へ向かう。

 しかし近付くにつれて、彼の周りに若い女性達がいるのが見えてきた。


(……は?)


 仄香の口角がひくつく。

 そういえばこの駅はナンパスポットでもあるらしい。志波の周囲を囲むお姉さん達は皆、甘ったるい声を出しながら志波に色目を使っている。


 イラッとしていると、志波の目線がゆっくりと上がり、仄香を捕らえた。


 その愛しい顔を目にした途端、体裁などどうでもよくなった。

 仄香はズカズカと大股で歩き、周囲の女性陣を押し退けて志波の手を引く。


「え、誰?」

「妹さん?」


 機嫌良さそうに笑っていた女性達の表情が不穏なものに変わる。


「――この人、私と約束してるので」


 仄香はきっぱりと伝えて歩き出した。

 志波も仄香の力強い手に抵抗することなく付いてくる。


「何あれ。彼女?」

「顔可愛いけど目の色紫じゃん……ヤバ」


 後ろから納得のいっていないような声が聞こえてくるが、無視して歩き続けた。

 仄香の苛立ちが伝わったのか、隣の志波がくっくっと低く笑う。面白がられている。


「逆な気がする……」

「逆?」


 ぼそりと呟くと、騒がしい駅構内でも仄香の声を聞き取ったらしい志波が聞き返してきた。仄香は仕方なく説明する。


「こういう待ち合わせって、大抵は女側が変な人に絡まれてて助けてもらうって流れなんですよ」

「そうなのか?」

「恋愛ドラマとか少女漫画ではそんな感じです。胸キュンイベントの王道なんです。それがまさか、志波先輩の方が絡まれてるなんて……」


 志波と違って仄香は声なんてかけられない。そのような胸キュンイベントは夢のまた夢だろうと項垂れていると、志波が真顔で言った。


「そうならなくてよかった。君が変な男に絡まれていたら男を殺したくなる」

「殺…………、いや、それはやりすぎです」

「胸キュンイベントなんだろう?」

「殺しちゃったら恋愛ドラマじゃなくてサスペンスドラマになっちゃいますから……」


 それは何か違う、と否定する仄香だが、志波はよく分かっていないようで首を傾げていた。



 お互い早く着いたため、予定より一本早い新幹線に乗ることになった。

 仄香は新幹線に乗るのが初めてである。一ヶ月前から新幹線に乗る旅の動画を観て楽しみにしていた。憧れの駅弁も購入し、ドキドキしながら中に乗り込む。

 そこで再びハッとした。違う、浮かれている場合ではない。これは単なるデートではないのだから。


「志波先輩、この一週間は私から離れないでくださいね」

「分かっている。何度も聞いた」


 念を押してから新幹線の座席に座る。思いの外距離感が近くて緊張しながら、気になっていたことを問いかけた。


「あの、夏菜子先輩って元気ですか?」


 本当は二人でいる時に他の女の話などしたくない。それも特別美しい夏菜子のことを思い出させるなんて気が引ける。でも、必要な確認事項だ。

 志波から返ってきた答えは意外なものだった。


「休職した」


 仄香は一瞬フリーズする。


「……え?」

「もう一度海外に行くらしい。自己研鑽のためだと聞いている」


 想定外の展開に目をぱちくりさせてしまった。

 確かに夏菜子は自身の能力を高めるための努力は惜しまない性格であるように見えるが、それにしても急すぎる。異犯を休職してまでやりたいことができたのだろうか。そんな話、カジノでの任務の時はしていなかったのに。


「夏菜子先輩と連絡取ることってできますか?」

「異犯支給の端末は海外に持っていくことができない。プライベート端末に関しては連絡先を知らない」

「そ……それでも元彼ですか?」


 思わず呆れたような声を出してしまった。長年付き合っていたくせに、まさかプライベートの連絡先を交換していないとは。


(まあ、連絡が付かない理由だけでも分かってよかったか……)


 仄香が嫌われているというわけではなさそうだ。少しほっとしながら座席の背もたれに背を預ける。

 退職でなく休職というならそこまで長い期間ではないだろう。夏菜子が帰国してからまたアプローチをかければいい。


「ところで、あの女は君の知り合いか?」


 隣から淡々とした声で質問が飛んでくる。


「知ってますけど……?」


 仄香と夏菜子が知り合いであることなど、志波は大分前から把握しているはずだ。不思議に思って聞き返すが、志波は仄香を横目で一瞥した後、すぐに話を終わらせた。


「いや。気付いていないならいい」


 新幹線が走り出す。

 仄香は、恐る恐る駅の絵がプリントされたお弁当の箱を開いた。サーモンの粕漬け、牛肉佃煮、玉子焼き、煮野菜、レンコンのはさみ揚げ、生シバ漬け、デザートに和菓子……贅沢すぎるほどの内容だ。二千円も使ってしまった。


「豪遊しすぎている……私、これ食べたら三日断食します」

「旅館では朝夕食が付いているが?」

「そうだった……」


 今回、旅館の費用を志波が負担してくれている。宵宮という稼ぎ口がなくなり、バイトもできない貧困高校生である仄香のことを気遣ってくれたのだろう。

 あまり金銭面で頼りすぎるのも申し訳ないと伝えた仄香に、志波は「大人になったら返してくれればいい」と言った。

 おそらく志波は何も考えていない。けれど、〝大人になったら〟という発言は、仄香にとって尊いものだった。


 本当に、大人になっても一緒にいてくれますか、と聞きたくなる。


 志波にとっては何気ない発言。今のままではそれが現実的に不可能なことは分かっている。けれど、志波に少しでも大人の仄香と会う気があることに、仄香は胸が締め付けられるのだった。


 まずは卵焼きから箸で摘む。

 口に運ぼうとしていると、じぃっと仄香を見ている志波と目が合った。


「……志波先輩は食べないんですか?」

「君を観察している方が面白みがある。何故そんなに楽しそうにしている?」

「駅弁ですよ、駅弁。初めてなんです、私」

「乗り物の中で摂食行動を行うことがそんなに楽しいのか? 何故?」

「何故……」


 何故と言われても。

 感情の理由を説明するのは難しい。どうにか何故なのかを絞り出して答える。


「新しいことをするのは新鮮で楽しいものなんです」

「……そういうものか」


 おそらく実感としては分かっていないのだろうが、理屈としては納得したらしい志波がようやく前を向いてお弁当に手を付けた。


「ちなみに俺も、温泉へ行くのは初めてだ」


 仄香の卵焼きを頬張る手が止まる。

 仄香よりもずっと大人で、何でも経験していそうな志波が初体験だと言った。喜びが襲ってきて食い付くように顔を寄せる。


「私が志波先輩の初めてを奪えるってことですか!?」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ