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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

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三月



 初春の三月とはいえまだまだ寒く、風は冷たい。

 換気目的で開けていた窓を閉めにいくと、寮の外に立ち並ぶ梅の木が見えた。紅と白の花が咲き誇っている。


 陸が「ちょっとションベン!」とわざわざ申告して部屋を出ていったタイミングで、尚弥に擦り寄って前から相談したかったことをこそっと聞く。


「ねえ。茜ちゃんに、尚弥のこととか、私が視た未来のこと言った方がいいかな」


 何も言わずにいれば、茜はまた仄香のことを心配して悪い発想に至ってしまうかもしれない。そうは思うのだが、どんな伝え方が適切か分からず、結局何も言えていないのだ。

 頭のいい尚弥ならいい案を思い付くのではと思い相談したが、尚弥は意外にも仄香の提案を却下してきた。


「いや。茜には言うな」

「……何で?」

「俺がわざとM.Oと接触してることを知っている人間は最小限だった方がいい。それに茜、最近精神的に不安定だろ。余計なこと吹き込んで動揺させたくねぇ」


 仄香も最近茜に会いに行く頻度が増えているが、そんな感じはしなかった。仄香の前ではいつも通りの元気な茜だった。

 仄香でも感じ取れない茜の感情の機微を尚弥は敏感に察知しているらしい。


「よく見てるんだね。茜ちゃんのこと。そんなに茜ちゃんが大切なら今の彼女と別れて、また茜ちゃんを狙えばいいのに」

「……お前って、俺が茜のこと好きじゃねぇと気が済まねぇ性質タチだよな」

「うん。気に食わない」


 存外さらりと自らの口から出てきたきつい言葉に、後からはっとして口籠る。

 尚弥がベッドの上に腰をかけて小さな溜め息を吐いた。


「お前ら姉妹、どっちも歪んでる」


 昔から二人をよく知る幼馴染みからの評価が、〝歪んでいる〟。何だか複雑な気持ちになるご意見だ。


 閉めかけた窓の隙間から風が吹き込み、カーテンが大きく揺れた。

 早く閉めようと窓枠に手をかけた時、寮の下方、梅の木の前の人影に気付く。


 仄香の方を見上げていたのは――最近よく見かける尚弥の彼女だった。

 部屋は三階なので表情までははっきりと見えないが、その顔がこちらに向けられているのだけは分かる。


 まだ寒いのにあんなところで突っ立って何をしているんだろう、と不思議に思いながら窓を閉めた。


「どうした?」

「ううん。何でもない」


 そこでふと昨日茜に預かったもののことを思い出し、鞄の中から取り出して渡す。

 綺麗に包装された小さなチョコの箱だ。


「ンだよこれ」

「茜ちゃんから尚弥へのバレンタインだって」

「一ヶ月遅れてんだけど?」

「あの子研究に没頭してて日付の感覚ないから……」


 仄香は茜に毎年チョコを渡しているが、先月は心の余裕がなくそれもできなかった。だから今月に入ってから茜にチョコを渡した。すると、茜も思い出したかのように「今年尚弥に渡してない……」とチョコの準備を始めた。これはその時預かったものである。


「ふーん」


 尚弥はあっさりとチョコの箱を受け取り、その場で開いて食べ始めた。

 他の女子からのチョコレートは全部捨てていたくせに、茜からのものならすぐ開くところが尚弥らしい。

 その口元をじっと見つめているとばちりと目が合った。


「欲しいのか?」

「いや。いいよ。茜ちゃんからは別でもらってるから」

「だろーな。これ、その余りもんだろ」

「余り物っていうか……」


 確かに茜は最初に仄香へのチョコを作り、余った材料で尚弥のものを作っていたが、決して尚弥の分を蔑ろにしているわけではない。尚弥のチョコもきちんと味見をして真剣に作っていた。

 そう伝えようとする前に、尚弥はぼそりと意味深なことを呟く。


「茜の一番はずっとお前だよ」


 そして、チョコの箱を覗き込んでいた仄香の後頚部を引き寄せてキスをした。

 尚弥とのキスも随分慣れた。しかし突然やられると驚くものがある。思わず身を引こうとすると、もう片方の手で腕を掴まれた。


「抵抗すんな。ダルい」


 凄まれたので大人しく受け入れる。嫌がれば面倒なことになるだろう。

 目を瞑ればチョコレートの味がした。


「お前は誰にもやってねぇの」

「……何を?」

「チョコ」

「咲と、茜ちゃんにはあげたよ」

「作ってんのかよ」

「今年は作る気力もないから買った」

「俺にはねぇのに?」

「尚弥にあげても捨てるだけじゃん……」

「まぁ、捨てるけど」

「捨てるなら欲しがらないでよ」

「捨てるけど、お前が渡してこないのは気に入らねぇ」


 何だそれ。意味が分からない。尚弥はいつもそうだ。

 色々言いたいが言えばまたいじめられる。喉元まで来ている文句を必死に呑み込んでいるうちに、制服の隙間から尚弥の手が入ってきた。またするのかと思いながら与えられる刺激を待っていると、部屋のドアが開く音が聞こえた。


「ぎゃあ!!」


 トイレから今帰ってきたらしい陸は絡み合っている仄香達を見て悲鳴を上げる。耳まで真っ赤にしながら手で顔を隠し、指の隙間からこちらを確認する陸。

 それを見て仄香は慌てて制服のボタンを留めたが、時既に遅し。

 室内に、「隙あらばいちゃつきよって! やっぱお前らデキとるやろ!!」という陸の叫びが響いた。



 ◆



 春休みが終わる、一週間前。

 三月も最終週に入り、未来視の異能が発現して二度目に見た未来の時期――志波が女性の飛び降り自殺を見る季節が近付いてきた。

 あれ以降あの未来は視ていないが、志波のターニングポイントがあそこなら食い止める必要がある。

 仄香は咲と買い物に行った時に買った白いワンピースを着て、志波との約束の場所へ向かっていた。

 駅の化粧室で髪の毛を整えながら、志波と久しぶりに会えることに浮かれている自分に活を入れる。


(これは未来を変えるため。決してデートとかではない……!)


 この一週間は四六時中志波と一緒だ。そう約束している。


 まずは、志波が未来視で予知した飛び降り自殺の現場、東京MIRAIタワーの近くに行くことを阻止しなければならない。

 その作戦の一貫としてこれから向かうのは東京MIRAIタワーとは逆方向、神奈川の温泉旅館だ。東京の外に出てしまえばあの未来と衝突することもないと思い仄香の方から提案した。無理やり距離を開けて未来を回避する作戦である。


(デートではない、デートではない……気を引き締めなければ……)


 にやけそうになる口角を抑え、真顔を作り上げる。周囲からしても、一人でにやにやしていたら気持ち悪いだろう。


 志波との待ち合わせ場所へ向かう電車を待って駅のホームに並んでいると、車掌のアナウンスが聞こえた。


『お客様に繰り返しお知らせいたします。ただいま駅でお客様と電車が接触したとの情報が入っております。ただいま情報収集中となっております。詳しいことが分かり次第放送にてご案内させていただきます。もうしばらくお待ち下さい。列車遅れまして申し訳ございません――』


 人身事故が起こったらしい。

 張り切りすぎて待ち合わせ時刻よりも相当早く寮を出たので支障はないが、少し不安な気持ちになった。


 日本の一日平均自殺者数は七十人を超える。

 東京MIRAIタワー付近で起こる飛び降り自殺の目撃を回避したとて、何か別の形であの未来が起こるのでは――と嫌な予感が脳裏を過ぎった。


「ちっ、人身事故かよ」

「こっちは急いでるってのに、ほんと迷惑」

「別の所で死ねよな」


 心無い言葉を吐き捨ててホームから去っていく人々の流れに乗って、仄香も一旦外へ出る。ここから約束の駅までは少し距離があるが歩けないほどではない。

 あまり悲観はしすぎないでおこう、と自分に言い聞かせながら目的地へ歩き始めた。




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