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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

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尚弥のルームメイト



 至近距離で見つめ合うこと数秒、もう一度、尚弥は今度は啄むように仄香の下唇を喰む。


「……彼女が悲しむよ」


 その顔がゆっくり離れていったタイミングで、ぽつりと小さな声で呟いた。


「尚弥、そんな人じゃなかったでしょ」


 一度好きになれば死ぬほど一途で、浮気なんか絶対にしない。茜を好きになった時の尚弥のことを思い返せば明白なことだ。

 それが今、躊躇いもなく仄香に触れている。何だか現実味がない。


「どーでもいい」


 低くて甘い声が囁いた。


「お前以外の女、どうでもいい」


 その言葉を最後にぐらりと視界が回る。

 仄香は椅子の上に呆気なく押し倒されていた。



 ◆



 尚弥と久しぶりにする行為は、荒々しくも心地良いものだった。

 疲れ果てて三十分ほど眠ってしまっていた仄香はハッとして起き上がり、同時に酷い後悔に襲われる。

 顔を上げると尚弥はまだそこに座っていて、涼しい顔で試験勉強をしている。浮気をした後の罪悪感など微塵もないように見えた。


「……尚弥、実は今の彼女のことそんなに好きじゃないでしょ」


 最初からそうなのではないかとは思っていたが、この態度でいよいよ確信する。


「お互い好きじゃないなら付き合わない方がいいよ」

「好意なんて後から付いてくるもんだろ」

「付き合ってから好きになることもあるかもってこと?」


 よく言われていることではあるが、男女交際とは好き同士になってから行うものだという価値観がある仄香は、その発言に何だかモヤモヤした。


「茜ちゃんも悲しんでたよ」

「…………」


 テキストを捲ろうとしていた尚弥の手元がぴくりと動く。やはり茜には反応するらしい。

 尚弥は面倒臭そうに溜め息を吐いて、仄香の方を見ずに吐き捨てた。


「お前、ダルいからもっかい寝ろ」

「逃げないでよ。茜ちゃん悲しませていいのって聞いてるの」

「お前こそ、そんなげっそりした顔で茜に心配かけんなよ。最近寝てねぇだろ」


 最近あまり眠れていないというのは確かにそうだ。

 目の下にクマができているのを気付かれてしまったらしい。


 尚弥が味方であると分かったことだし、確かにここで少し仮眠を取った方がいいかもしれない……と再び寝転がろうとして、ふともう一つまだ確認できていないことがあるのに気付く。


「そういえば、あの大量の写真って結局何だったの? M.Oが私のことも狙ってるってわけじゃないよね?」


 机の裏に貼られていた、監視カメラの写真についてだけはまだ説明してもらっていない。

 不安に思って問いかけると、急に尚弥が物凄く苦い顔をして黙り込んだ。


「………………」

「何その間……まだ何かあるの?」

「…………」

「ねえ、もう隠し事はなしにしようよ。お互い同じ目的なのに別行動するから変なことになるんだって。尚弥のこと正直私も嫌いだけど、好き嫌い言ってる場合じゃないんだよ。何かあるなら報告しあって協力しよう?」

「うるせえな。もう黙れお前」


 顔面にバシンと広げた手を当てられ、押し込むように無理やり寝転ばせられる。

 その大きな手の指の隙間から、尚弥が耳まで真っ赤になっているのが見えた。


(……何故赤面?)


 物凄く不審に思ったが、これ以上勉強中の尚弥に声をかけても無視されそうだったので、ひとまず目を瞑って眠ることにした。



 ◆



 尚弥がスパイだと分かって以降、二月後半から三月上旬にかけて、週に二度は尚弥と情報交換と作戦を練るために会うようになった。女子寮は全面男子禁制なので、集合場所は尚弥の部屋だ。

 尚弥の周りに見られて変に関係性を疑われても困るので、人目につかない部屋という選択は仄香にとっても有り難かった。


 そして、尚弥の部屋に通うのも慣れてきたある日、――ついに尚弥のルームメイトと鉢合わせてしまった。

 毎度の会合では尚弥が追い出してくれていたようで、一度も顔を合わせることはなかった人物だ。


「はっじめましてェ~尚弥のルームメイトの永瀬陸ながせりくっていいますう~! よろしゅうよろしゅう~」


 糸目で軽快な口調の、明るい男子生徒だ。少し関西訛りのイントネーションをしている。

 尚弥も見た目はチャラいヤンキーという感じだが、陸も負けず劣らずピアスをバチバチに開けている上にネクタイもしておらず、不良のような見た目をしていた。髪の毛も自然の色というよりは、おそらく染められた紫だ。


(苦手なタイプ……)


 尚弥と同じ、柄の悪い陽キャラ。仄香の本能が告げている。この男とは合わないと。

 しかし、ふとこの派手髪には見覚えがあるような気がして呟いた。


「咲のクラスの人? 一組の……。咲に会いに行く時見かけたような……」

「えーーーーー! オレんこと覚えてるん? やっぱ、かっこええから?」

「……や、咲のクラスには咲に会うために何回か行ってるから……」


 発光しているのではないか? と疑いたくなるほどキラキラとした笑顔に怯みつつ、小さな声で答える。


「咲ちゃん! そう、咲ちゃん、ほんまかわええよな!」


 陸が急に食いついてきた。軽々しく仄香の手を取る距離感の近さに戸惑う。


「オレ、咲ちゃんのこと好きやねん! 取り持ってくれん?」

「おい、陸。いい加減出てけ」


 後ろの椅子に座っている尚弥が鬱陶しそうに犬を払う仕草をした。

 尚弥もきっと一度は追い出したのだろう。この明るい人物が場にいては落ち着いた話し合いを一つもできない。


「何やねん、ええやろ。お前最近オレ追い出してコソコソコソコソ……。仲間外れ寂しいっちゅーねん。それにこの、仄香ちゃん? やっけ? いっつも咲ちゃんと一緒におる子やん! オレ、この子がオレの恋のキュート・ビートやと思うねん!」

「キューピッドだろ……」


 体をくねくねさせながらハイテンションで語る陸を、尚弥が呆れた目で見ている。


 咲は以前、今恋愛をするつもりはないと言っていた。それを伝えるか伝えまいか悩んでいた時、ふと陸の勉強机に並んでいる教科書が旧過程のものであることに気付いた。


「古い教科書使ってるの?」


 誰かのお下がりだろうか。武塔峰の生徒には幼少期から英才教育を受けているお金持ちが多い中、教科書を買うのにも苦労した元貧乏一家の仄香としては少し親近感が湧く。

 意外と仲良くなれるかも、と期待しながら陸を見上げると、返ってきたのは予想外の答えだった。


「ああ、それ? 実はオレ二回留年してんねん。入学時は今の三年生の学年やったから、二年生とも三年生ともツテあるで~過去問とか欲しかったら言いや~」

「留年……」


 学業不振。陸の恋を応援するにしても、不真面目な人間を嫌う咲と合うかどうか、ますます不安になってきた。

 まさか二つ年上だったとは。


「ごめんなさい、タメ口をきいてしまって……」

「ああ、そんなんええんよ! むしろ敬語使われる方が気まずいわ! オレがアホやから留年してるんやし。仄香ちゃんらの方がよっぽどオレより格上よ!」


 けらけら笑いながら言い切った陸は、次にじぃっと仄香を覗き込んでくる。


「こういうこと聞くんも野暮かなって思うけどサ〜ぶっちゃけ尚弥と仄香ちゃんてデキてるん?」

「え!?」

「いや、ゴメンな? 前この部屋でいちゃいちゃしてんの聞いてもうて……。使用済みゴムも置きっぱやし……」


 申し訳無さそうに眉を下げて呟いた陸は、次の瞬間慌ただしく両手を横に振る。


「や、オレそーいうの偏見ないで!? ハーレムってやつやろ、平安時代とか、一人の男に複数嫁おんの当たり前やったんやろ? 尚弥もそんな感じで、二人彼女がおるんよな?」

「誰がこのブスと付き合うかよ」


 後ろから尚弥がイライラした様子で否定した。


「尚弥お前、女の子にブスとか言うたらアカンやろ!」


 陸が驚愕した顔で尚弥の頭を軽く叩く。

 陸は尚弥と仲良くしているわりに、尚弥と同じクラスにいるいじめっ子グループとは別種の性格のように見えた。悪い人ではないのだろう。


「私はただの幼馴染みで……」


 念のため仄香からも否定を入れる。


「幼馴染み……ほおん、幼馴染み、か……。そ、そうか」


 陸はどこか納得のいっていないような顔で首を傾げたが、それ以上は何も言ってこなかった。

 確かにあれ以降、この部屋でも流れで性行為には及んでいる。仄香と尚弥の関係性は、幼馴染みという言葉一つで括れないものかもしれない。


(世間一般で言うとセフ……いや、やめておこう)


 よからぬ単語が頭に浮かびそうになって、仄香は考えるのをやめた。





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