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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

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裏切り者



 雨が打ち付ける、打ち付ける、打ち付ける。

 駐車場の屋根に溜まった雨水がぼとぼとと外に落ちていた。

 千遥は自身の車に乗り込み、夏菜子の帰りを待った。

 同じ時間帯に迎えに来ているのであれば、夏菜子は高秋の車で帰りたいと言うかもしれない。恋敵と高秋を二人で帰らせるのは嫌だろう。


 夏菜子の意向を聞くために連絡先を開いていると、運動時に着るようなラフな私服に着替えた夏菜子が車の近くまでやってきて助手席に乗り込んでくる。


「いーの? 高秋とほのぴ二人になっちゃうけど」

「別にいいわよ。事件も一つ片付いたことだし、あなたに用があるから」

「今回は片付いたって言えるか微妙なところだけどね」


 捕まえたいターゲットはまだ逃亡中だ。

 この件を上に報告すれば、仕事はもっと増えるだろう。少し億劫になりながらも車を発進させる。横目に高秋の車を見れば、仄香が中に入っていくのが見えた。


(……これでいい)


 元々、あれは高秋のものだ。


 夏菜子を乗せた車は、静かに駐車場を出て雨の夜道を走行する。

 いつも帰りは隣でべらべらとマシンガントークをする夏菜子が沈黙していることを不自然に感じ、そういえば用があると言っていたなと質問を投げる。


「用って?」


 仄香のことがあり上の空状態になっていた。

 同僚の相手もしなければいけない。そう思い、回答を待っていると。



「――――……千遥。あなた、異犯裏切ってないわよね?」



 夏菜子の口から飛んできたのは予想とは全く異なる問いかけだった。

 同時に、銃口が千遥のこめかみに当てられていた。


「急にどうしたの夏菜っち。ビビるんだけど」

「よくこの状態でそんなヘラヘラしてられるわね。一応わたし、今あなたを殺そうとしてるんだけどぉ?」

「一応聞くけど、根拠は?……ああ、なおやんかな」


 思い当たる節がある。

 夏菜子は以前から異犯内部のデータに時間外のアクセスがあると勘付いていた。電気操作系統の異能力者である尚弥に頼めば、アクセスの履歴もそのデータの使い道も送信先も、全て辿れてしまうだろう。

 何をするにもやや大雑把な傾向にある夏菜子が、そのようなちょっとしたことを弟に頼んでまで調べ上げようとしたのは意外だった。恋人と別れ、クリスマスや年末年始に暇だった分、余計なことにまで気を回せたのだろう。

 厄介なことになったな、と思う反面、同時に少し面白くもあった。


 ノーマークだった伊緒坂尚弥という少年が千遥の裏切りの証拠を掴み、千遥を窮地に追いやっている。

 追い詰められると燃えるタチなので、自然と口元が緩んだ。


「夏菜っちがそんなに強気に出るってことは、僕がやったって証拠もしっかり残ってたんだね。消したはずだけど復元されたか。あの人がなおやんの異能を執拗に欲しがる理由も分かる気がするなぁ」


 あっさりと肯定すれば、夏菜子の瞳が揺れる。

 その心中を異能で読み込めば、彼女がまだこの件について上に報告していないことが分かった。

 千遥からすれば、この女はどこまでも甘い。何だかんだで正しい側の人間で、善人なのだ。

 異犯になってから何年も同じ職場で働き、何度も飲みにも行った仲である同僚が裏切り者であることを心のどこかで信じきれなかったのだろう。だから先に上司に報告することをしなかった。

 今も、何かの間違いであることを期待しようとしている。


「【僕に危害を加えるな】」


 じっと目を合わせてそう発言すると、夏菜子の表情が強張った。千遥が何らかの異能を発動したのを感じ取ったのだろう。

 その様子を見て、思わずくっくっと肩を揺らして笑ってしまう。


「いつも思ってたけど爪が甘いよね、夏菜っちは。こっちの手の内を全部把握しきれてないのに先に行動に移しちゃだめでしょ。それとも自分なら僕に勝てると思った?」


 千遥の三つ目の異能である【命令】は、命じた相手が命令と異なる行動をした場合にのみ、脳幹を含めた脳全ての機能が失われるというもの。


「人が能力種を隠す理由は、こういう時のために取っておきたいからだよ」

「……今、何したわけ?」

「僕の三つ目の異能は相手に絶対服従を強いる異能。命令に逆らって今僕に危害を与えれば、夏菜っちは脳死状態になる。僕は常時一つ高秋に命令を使ってる状態だし、更にもう一つってなると体力消耗するからあんまり使いたくなかったんだけどな。使わせないでよ、こんな異能。夏菜っちのことは結構気に入ってたんだよ?」


 隣の夏菜子の顔が歪んでいく。

 車を走らせながら、さてどうしたものかと考えた。


 彼女に自害覚悟で裏切り者を始末するほどの殺意はない。加えて彼女は自分が死ねば悲しむ人間が存在することをよく理解している。例えその結論に至るとしても、それは今ではない。

 急を要するのは伊緒坂尚弥の存在だ。あれには早いうちに手を打つ必要がある。


「全ての外部との連絡手段を後部座席に投げて」


 そう告げると、夏菜子は悔しげにぎりっと歯を噛み締めながら、ポケットの中の端末を後部座席に移動させた。

 今のは異能を発動させたわけではなかったのだが、夏菜子からすればどの言葉が異能の有効範囲なのか把握できないのだろう。

 未知の異能にこれで打ち破れるという確信を持てないまま対抗するのは無謀だ。一歩間違えれば死ぬかもしれないのだから。自信家が過ぎる夏菜子にしては賢い選択だと思った。


 夏菜子は、イライラした様子で問うてくる。


「一体どういうこと? 目的は何? 金? 金ならあるでしょーが。あなたが異犯を裏切るメリットが見えてこない。いつからなの? 最初から?……全部嘘だったってこと?」

「警察という道を選ぶ誰もが夏菜っちみたいな正統派ヒーローじゃないってことだよ」


 ハンドルを握り直し、進む道を勢いよく変更した。

 不意打ちでバランスを崩した夏菜子の首筋に、犯罪者を眠らせるための麻酔針を差し込む。即効性のある物ではないが、これを打てば相手は確実に落ちる。


「はい、おやすみしよーね」

「……ッ、ぁ、なた」

「残念だよ。こんなところでお別れなんてね」


 夏菜子は最初抵抗するような素振りを見せたが、その力は徐々に弱々しいものになっていく。


(……さて。次はなおやんかな)


 千遥は、眠る夏菜子の金色のミディアムヘアに触れながら、今後の動きを考えていた。



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「随分遅かったな」


 志波の車に乗り込んだ途端、仄香は開口一番そう言われた。

 仄香は申し訳なく思い、何度もぺこぺこと頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。志波先輩と会うので、前髪とか直してて」

「前髪?」

「前髪大事なんです。女の子にとっては」

「変わらないように見えるが」

「そ、そんなこと言わないでください。さっきは暴れ回ってたんで服ボロボロだったし髪もボサボサで、今振り返るとちょっと恥ずかしいです。もうちょっと身嗜み整えてから会いたかった……」


 とはいえ、セルゲイを相手にしていた時はそんな余裕など皆無だったが。


 落胆する仄香の髪に志波の手が伸びてくる。

 そして、何故か何度か撫でられた。


「……な、何ですか?」

「犬が頑張った時はこうしている」

「いぬ……」


 相変わらずの犬扱いだ。犬だとしても志波に触られるなら嬉しい、と喜んでしまう自分がいる。

 実はさっきまで宵宮のことでずっとモヤモヤしていたのだが、志波と一緒にいるとそんな嫌な気持ちも吹き飛んでいく。

 やっぱり志波先輩にはアロマテラピーのような効果がある……と感動しながら水分補給していると、志波が淡々と言った。


「千遥は君のことが好きらしい」


 仄香は、ブッと飲んでいた水を噴き出しかけた。




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