告白
「宵宮先輩と出掛けたり、危ない任務で命張ったりするの楽しかったです。宵宮先輩の方だって私を勧誘するためだけじゃなくて、ただ単純に武塔峰の後輩としても可愛がってくれてたって思うのは私の自惚れですか? 今までの行動全部が損得勘定によるものだったとは思えません。貴方はまだ化け物じゃない」
予感がする。ここで宵宮を引き止めなければもう二度と交渉できなくなるという予感が。
「宵宮先輩お願いです。もう少しだけ私にチャンスをください。貴方を止める機会をください」
情けないくらいの勢いで懇願した。
「……もう無理だよ」
しかし、宵宮は煙草をふかしながら無表情で言った。
深夜運用のホテルの警備ロボットが、『ここは禁煙です』と煙に寄ってきて機械音で告げる。そうだこのホテルは喫煙ルーム以外は禁煙だった、と今更気付いて仄香からも注意しようとした時、その言葉を遮るように被せ気味に告げられる。
「――――僕、ほのぴのこと好きになっちゃったみたいだから」
パチパチパチ、と瞬きを三度。
突然自分が難聴になった可能性を考慮し、頭の中で言われた言葉を再構築する。しかし、やはり〝好き〟と言われたようにしか思えない。聞き間違えようのない距離だ。その上で、やはり間抜けな声が出た。
「……………………え?」
「何年もかけて計画立ててきたのに、恋愛感情なんてくだらないものに引っ張られて妨害されてたら馬鹿らしいでしょ。ほのぴにはもう僕の目の前を彷徨かないでほしいんだよね。邪魔」
「れん……あい……感情?」
まるで初めて聞いた単語かのように反芻してしまった。
仄香は恋愛とは無縁である。
告白されたことなど人生で一度たりともない。
目の色やおどおどした性格のせいで異性には常にキモがられていて、好意的な感情を向けられるのは初めてに等しかった。
「え、からかってます?」
だからこそ、言われたことを信用できない。
相手が宵宮ということも相まって、面白がって冗談を言っているのではないかと疑った。
「ほのぴは自信なさすぎだよ。多分なおやんのせいだと思うけど。もうちょっと胸張って生きてもいいんじゃない。じゃあね」
宵宮がエレベーターの中に乗り込み、【閉】のボタンを押してドアを閉めようとするので、慌ててドアに挟み込まれかけながらも中に押し入る。
「……好きなら一緒にいればよくないですか? 離れようとする意味が分からないです」
「ほのぴが味方にならないなら敵ってことになるでしょー? 敵に絆されててどうすんのって話」
「わ、私だって志波先輩とは現状敵同士ですけど志波先輩を好きな気持ち捨てようとか志波先輩のこと避けようとか思ってません」
「ほのぴってナチュラルに無神経だよね? 自分のこと好きって言ってる男の前で堂々と他の男好きとか言うんだ?」
「はい、志波先輩のこと滅茶苦茶好きです。だからこそ、目的のために簡単に捨てられるような貴方の気持ちが恋愛だとは思えないです」
仄香も一度は志波という人間が理解できなくなり距離を置こうとした。
けれど小学生の時からずっと好きだった気持ちはそう簡単に捨てられなかった。
だから今こうして頑張っているのだ。志波が自分とは違う側に行ってしまう未来を変えるためにも。
「僕にとってはその目的の存在がデカすぎるんだよ」
しかし、宵宮は煙草片手にそう呟く。
「ほのぴの目的って、異能力犯罪対策警察になることでしょ。それは夢であって生きる意味じゃない。僕の目的は生きる意味だから。その目的に影響が出るかもしれないほのぴというリスク因子を傍に置いておけるほど愚かにはなれない」
「…………」
「僕は一度死んだ。その時、もし何かの奇跡で生き延びたら復讐のために生きようって誓ったんだ。ここで好きな子への気持ちに尾を引かれて足止めされてたら、わざわざ生き返った意味がない」
エレベーターの画面に表示される数字がどんどん大きくなっていき、ついに宵宮が取っている部屋の階まで着いてしまった。
引き止めたい。けれど宵宮の強固すぎる気持ちを、信念を妨害できるような言葉が、今の仄香の頭には一向に浮かなばなかった。
「言い忘れてたけど。ほのぴなら立派な警察になれると思うよ」
宵宮の背中は、大きくて遠い。
「バイバイ。ほのぴはまともな人間になってね」
凄惨な未来を変えるために必要なピースが。
また一つ、仄香の手の中から抜け落ちていった。
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東雲はまだ遠い。
宵宮千遥は着替えずにホテルの外へ出て、志波高秋のいる駐車場へ向かった。
その頭に何度もちらつくのは、先程別れたばかりの少女の顔だ。
彼女は二度、千遥の命を救おうとした。一度目は、ビルから落下しそうになった千遥の手を躊躇わずに掴み取った。二度目は、己の体を張って命がけで庇った。
――そうされることに自分は弱い。千遥はそれを自覚している。
彼女といると、まるで自分の命に価値があると錯覚しそうになる。
それはきっといつか自分にとっての弱みになる。
だから捨てた。彼女との関わりを。
彼女と居続けることを選択すれば、生きる理由と方針を見失い、心が壊れてしまうと思ったから。
傘にぶつかる雨音がうるさい。
清々したと思う一方で、少し名残惜しいような気持ちにもなる自分が馬鹿らしかった。
ホテルの屋内駐車場の一角、高秋が車を停め直したその場所に寄り、コンコンと運転席の窓を叩く。
窓がゆっくりと開き、高秋が顔を出した。
「高秋、僕夏菜っちのこと送るから、いつも通りほのぴだけ送ってあげて」
「いいのか? 君も怪我をしたと聞いたが」
「治癒班に治してもらったから問題ないよん。自分で運転できないほどじゃない。ああ、あと、僕もうほのぴとは関わらないことにしたから」
「……は?」
高秋が不可解そうに眉を潜める。
当初は千遥の方が、ノリノリで仄香に会いたがっていたのだから、何故突然そのようなことを言い出すのか疑問なのだろう。
そんな彼に、淡々と理由を説明する。
「マジでこれは、僕が油断してたのが悪いんだけどさぁ。僕、ほのぴのこと好きになっちゃったみたいなんだよね」
「……好き?」
高秋が、それをまるで初めて聞いた単語かのように反芻する。さっきの仄香と同じような反応なのが少しおかしかった。
「いや、まさかあんな成人もしてないようなオコチャマに心奪われるとは思わねーじゃん。平時の僕ならこんなミスしないんだけどなぁ。あ、これ言い訳に聞こえる?」
「…………」
「まぁ、と、いうわけで。ほのぴからは撤退することにしましたー。僕は二度と関わりません」
わざとらしく両手を上げてけらけら笑うと、高秋は暗い瞳で見上げてくる。
「君にも恋愛感情というものが備わっていたんだな」
「高秋と一緒にしないでよ。人並みに感情はあるよ? 僕」
千遥は車に一歩近付き、高秋の顔を覗き込んで間近で聞いた。
「――動揺した?」
仄香が好きだと言った時、高秋の目がわずかに見開かれたことを、千遥は見逃していない。その心の内の揺れも、読心能力者だからこそ分かる。
「高秋も、あんまり深入りしないようにね、あの子には」
「――……」
「僕みたいに、呑み込むつもりで呑まれるかもよ」
高秋は千遥の言葉に対し、最後まで何も言わなかった。




