恋のライバル兼良き先輩
いつ殺されるか分からない。そう思うと体が冷えていく。
傘を握って立ち尽くしていると、ようやく夏菜子が治癒班の車両から出てきた。彼女もどうにか掠り傷程度で済んだらしい。
この後はまずホテルで着替えてから、志波の車で送ってもらうことになっている。
仄香は夏菜子に駆け寄り、同じ傘でホテルに戻りながら、ドレスが戦闘でボロボロになってしまったことを謝罪した。
「夏菜子先輩、ごめんなさい。私、夏菜子先輩に借りた服をこんな有り様に……」
「別にいいわよそれくらい。わたし、異犯よお? どんだけ稼いでると思ってんの。他の警察より特段給料良いんだから。すぐ新しいの買うわ」
「……でも」
「わたしの方こそ悪かったわね。こんな危険な任務に同行させておいて、思いっきり出遅れた。さすがに弟と同い年の高校生が死んでたら寝覚め悪すぎなところだったわ。あんな奴を相手にして、よく生きててくれたわね」
隣の夏菜子の言葉に、これまでの緊張が解け、ぶわっと涙が溢れてきた。
そんな仄香を見て夏菜子がぎょっとした顔をする。
「な、何泣いてんのよぉ! さっきまでけろっとしておいて、実はそんな怖かったわけ?」
「う、ううっ、びえっ、めっっっっちゃ怖かったです……。宵宮先輩が死ぬかもしれなくて。夏菜子先輩が助けに来てくれた時、ほんとあの、救世主が来たのかと……異能もめっちゃかっこいいしっ……うう、私、実は夏菜子先輩のこと凄く苦手で、夏菜子先輩を見るだけで嫌な気持ちになったりとか、志波先輩と付き合ってた時の記憶頭打って消してほしいって思うくらい嫉妬してたんですけど、やっぱり夏菜子先輩ってかっこよくてっ夏菜子先輩が志波先輩と付き合ってたっていうの、滅茶苦茶嫌だけど納得っていうか……っう、ううっでもやっぱり嫌だ~! 志波先輩のことさえなければもっと素直に尊敬できたのに、何で夏菜子先輩、志波先輩の元カノなんですか!」
「ちょ、やめ、泣きながらくっつくのやめなさい! 情緒不安定か!」
ホテルのロビーに到着して雨を払った傘を閉じた後、夏菜子はぽつりと呟く。
「……別にわたし、高秋に愛されてたわけじゃないわ。知ってるでしょ。あいつが冷淡な男だってこと」
「はい、知ってます。私の提案一つで気紛れに別れるくらいだから、多分夏菜子先輩も形だけの恋人だったんだろうなってことは……」
「あなた喧嘩売ってるわけぇ!? わたしが言うのはいいけどあなたがそれ言わないでくれる!?」
「ひいっご、ごめんなさい!」
不適切な発言をした仄香は勢いよく怒鳴り付けられ、身を小さくして謝った。
「これは負け惜しみとかじゃなくてね。あの人、わたしのこともあなたのことも、誰のことも好きにはならないと思うわよ。この先ずっと。多分それはわたしとかあなたの魅力の問題じゃなくて、あの人の問題。思い続けたって報われる保証はないわ。それでも好き?」
夏菜子の言わんとしていることはよく分かる。
恋人としてずっと志波の傍にいた夏菜子だからこそ、志波の性質はよく理解している。さすがに小動物を殺すような人間だとは思っていないだろうが、彼の無感情っぷりは少し関われば嫌という程伝わってくるものだ。
その上で、仄香は自信を持って答えた。
「はい。好きになってもらえなくても、私は好きです。これからも片思い歴更新していきたいと思ってます」
「……そう」
夏菜子は小さな声で反応した。そして、まるでやる気が出てきたかのようににやりと笑う。
「じゃあ、わたしも高秋のこと諦めない。年下の女の子がそれだけ頑張ってるのに、あっさり諦めて身を引くなんてわたしらしくないし」
「ええ!? 駄目です、諦めてください!」
「何が駄目なのよ。あなたも諦めないんでしょ?」
「私はいいけど夏菜子先輩は駄目です!」
「何よそれ!? 滅茶苦茶ねぇ。元はと言えば高秋はわたしのものだったんだけどぉ?」
「今は違いますもん! 駄目です、絶対駄目! 夏菜子先輩が諦めるって言うまで毎晩生霊飛ばして枕元に立ちますからね!?」
「怖っ!! やめてよ、わたし心霊系苦手なんだから!」
ホテルのロビーのエレベーター前でぎゃあぎゃあ言い争っていると、呆れたような顔をした宵宮が仄香達の元に歩いてきた。
カジノにいた客達についての近場の警察への引き継ぎと、怪我の治療がようやく今終わったらしい。
「夏菜っち達、何いちゃいちゃしてんの」
「いちゃいちゃしてないわぁ!」
「いちゃいちゃしてません!」
仄香と夏菜子の否定の声が重なる。
そこで仄香はハッと重要なことを思い出した。
――今回頑張っていた理由の一つ。尚弥のことを宵宮にまだ聞けていない。
「夏菜子さん、先に部屋戻っててください。宵宮先輩と話したいことがあります」
「はあ? いいけど……」
夏菜子は怪訝な顔で仄香と宵宮を交互に見た後、宵宮をビシッと指差した。
「千遥、説教はほどほどにね。その子さっきまで結構プレッシャー感じてたみたいだから、あんまいじめるんじゃないわよ」
泣き止んだばかりの仄香を気遣ってくれたらしい。
やはり彼女は面倒見がいいように思った。
夏菜子がエレベーターに乗って上階に登った後、深夜なので誰もいない二人きりのロビーの隅で口を開こうとした仄香は――突然、宵宮にガッと首に腕を回される。
「自分から怒られに来るなんて、殊勝なことだねー? じゃあ遠慮なくいこっかな」
「ぎゃああああっすみませんすみません! 技かけるのやめてください! ギブです!」
夏菜子の忠告がまるで効いていない。
そのまま絞め落とされそうになり、バンバンと宵宮の腕を叩いて限界を訴えた。
やはり相当怒っている。おそらくそれは、仄香が勝手な行動を取ったからではない。
「ごめんなさい。宵宮先輩の前で死にかけて」
「……ふーん。一応理解してるんだ。僕が何で怒ってるか」
宵宮が目を細め、仄香から腕を離す。
――親しい相手に目の前で死なれるのは、宵宮にとってのトラウマだ。
彼は母親の死体を見ている。父親のことも目の前で射殺されている。
仄香が〝三人目〟になりかけたことを、怒っているのだ。
「情けねぇけど、ほのぴが死にかけた時、父さんと母さんのことを思い出して一瞬動けなくなっちゃった」
「……すみません……」
「どうやら僕の中でほのぴの存在って結構デカいみたいなんだよねぇ。どうしてくれる?」
謝ることしかできない仄香をじりじりと壁に追い詰めた宵宮は、不気味な笑顔でとんでもない提案をしてくる。
「やっぱ、一回逮捕するのが一番かなぁ。ほとぼりが冷めたら冤罪ってことにして出してあげる」
「ま、万が一犯罪歴付いたら警察になれなくなっちゃうんで……それはちょっと……」
苦笑いしながら宵宮の案を拒否した。
もうやらない、というような姑息なことは言えない。事実仄香は宵宮に注意された後も、自分の体を使ってセルゲイを弱体化させるという作戦を考案している。その口でもうやらないなどと言ったところで説得力がないだろう。
だから。
「死ぬ時は、必ず宵宮先輩が見ていないところで死にます」
それだけは誓うことにした。




