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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

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志波高秋の過去 ①



 いくつもの双眸が、じっっっっとこちらを見ている。


 無機質な真っ白い空間の中、あるのは大きなテーブルと防護服を着た女性。しかし外には複数人が待機しており、部屋のガラス張りとなっている部分を通して、白衣を着た何人もの人間が俺のことを観察していた。

 テーブルを挟んで正面にいる女性が無彩色のカードと有彩色のカードをそれぞれ五枚ずつ取り出した。

 カードにはインクのシミがあった。ほぼ左右対称の図のようにも見える。


「これは何に見えますか?」


 女性に問いかけられ、黒いインクで染められた紙を手に取った。

 何にも見えない。ただ紙にインクをぶちまけて偶然できたような代物に見える。強いて言うなら、というところで回答した。


「ぐちゃぐちゃに潰された脳」

「はい。この模様のどの部分が脳に見えましたか?」


 女性は何かメモを取りながら俺の答えに頷いている。

 その後も同じようなカードを十枚見せられ、それを見て何に見えるか、どのように見えるか、どのように感じたかなどを確認された。


 次に十三枚、人や景色が描かれた絵を見せられ、その一枚一枚を見て思い浮かぶ物語を作れと指示された。絵の中の人物が何を感じ、どうしているのか、この絵の前にはどんなことがあって、この絵の後日どうなっていくのか。論理的に話を組み立てろと言われたのでそうした。

 退屈な試験だった。俺にとって研究機関で行われる行いは全て、与えられたものをただこなすだけの、退屈凌ぎにもならない、終わるのをひたすら待つだけのものだった。


 ――今日もまた、双眸が並んでいた。

 彼らの目に浮かぶそれぞれの思惑、それが何だか俺には想像しかねるが、ただその視線だけは妙にいつも不快だった。


 研究施設にいる子供たちは大抵四人一組の部屋に入れられる。そんな中俺だけが一人部屋で、常に監視カメラがある場所に泊まっていた。

 布団の中、カメラに映らない角度で職員から奪った盗聴器を再生する。ノイズがした後、今日俺を見ていた研究員やテストを行った女性たちが会話している声が入ってきた。


『……が……そう、知能は問題ないのですが……むしろ異常に賢い方だと思います』

『恒常的にパーソナリティの部分に問題があると?』

『健常とは言えないと思います。凶悪犯罪者の性格傾向に近い。先日もお伝えしましたが、矯正が意味をなすかは不明です。……やはり処分した方がいいのではないでしょうか。あれが人間として生き続けられるかどうか、専門家として保証できません』

『異能力者は使いようだ。処分するにはまだ早い』

『知りませんよ、扱いきれなくなっても』

『なあに、まだ幼い子供だろう。今からきちんと教育すればいずれ我が国にも貢献してくれるさ』


 俺は彼らの会話を聞きながら上体を起こし、冷たい窓の外を眺めた。外は今日も吹雪いており、針葉樹林の枝が大きく揺れている。


 その先――遥か遠くに鉄柵が見える。

 表向き異能力の研究機関であると名乗っているこの場所が、手に負えない異能力者の収容施設も兼ねていることを俺は知っていた。


 この場所にいる異能力者の子供はⅠ群からⅣ群にクラス分けされていて、Ⅰ群が最も安全性が高いとされている。

 俺はこの施設での唯一のⅣ群――〝性質が完全に解明されておらず無力化も見込めない、個人にとっても一般社会にとっても極めて危険性の高い異能力者〟に分類されているらしい。だから俺だけ監視カメラを付けられたり試験の際も職員が防護服を着ていたり、対策が厳重だ。


 俺は物心ついた時から色んな施設をたらい回しにされていた。日本にいたこともあるが今となってはずっとこの施設に閉じ込められている。異能力研究開発が遅れている日本で俺を管理しきれる場所がなかったらしい。


(……つまらない)


 毎日毎日、行動を制限される日々。

 教育はそれなりに――というか、おそらく外の一般的な子供より過剰に受けているが、それを活かす日が来るのかはまだ不透明だ。


 この異能がある以上は将来が見えない。収容されるほど危険人物として扱われている俺がいつか外に出られるとも思えない。

 俺の未来は靄がかかったように黒く閉ざされている。


 先が見えないことに対する恐怖は感じない。何があっても来たる日を受け入れるだけだと思っている。

 しかし、時折思う――もしも自分に未来が見えたら、この退屈がいつ終わるのかも見えるのではないか、と。



 光の当たらない暗い冬が過ぎ、雪で覆われた泥が顔を出す春が過ぎ、束の間の夏が来た。施設の人間たちは俺に独自の教育プログラムを受けさせ、同時に異能の成長も促すようになった。それまでむしろ抑制するように勧めてきた異能を逆に育てるという方向に舵を切ったのは、俺が理性で異能をコントロールできる段階に来たと判断したからだろう。

 その時期から、妙に視線を感じるようになった。俺を常に見つめる不快な視線。他の研究者からのものとは明らかに違う、異質な、舐め回すような視線だ。

 すぐに誰からのものかは把握できた。いつも後を付けてくる、ひょろりとした若い男。研究員の誰でもない。しかし、収容されている人間が着る服を着ていない。ネームプレートにはSergei(セルゲイ)とだけ書かれている。

 一体何者なのだろうと見つめ返せば、セルゲイは俺と目が合った瞬間にやりと笑い近付いてきた。気味の悪い笑顔だった。


「こんにちは。志波高秋。やっと僕を見てくれたね」


 鬱陶しかった。そのギョロギョロとした双眸が。

 だから異能で彼の小指を切り落とした。


「ッぁあああぁあぁぁあぁああああああああ!!」


 彼は叫び声を上げながら指の切断部をもう片方の手で押さえる。

 これでもう寄ってこないだろうと思った。――しかし。


「気持ちいい!! 気持ちいいよ高秋くん!! 高秋くんの異能で与えられる痛みなら私は大歓迎だ!」

「…………」


 セルゲイは思いの外異常者だった。

 彼はそれ以降、何故か俺に付き纏うようになった。以前まではただ遠くから見つめてきているだけだったストーカーが、突然距離を詰めてきたので誤って殺してしまいそうになることが何度かあった。

 しかしそんなことをすればようやく手薄になってきた監視体制がより強化される。殺すのは簡単だが、その後のことを考え思い留まった。



 セルゲイという男は、どうやらこの施設で育った俺の先輩らしかった。どういうわけか今は収容されておらず、施設の職員として働いている。

 彼は俺を秘密裏に何度も自分の実験室に呼び出し、その度におそらく収容されている俺に教えてはいけないであろうことをあっさり教えてくれた。


「度を過ぎた異能力者はね、心がないと言われている。君にも思い当たる節があるんじゃないかな?」


 感情の波という意味なら、俺には昔からそれがない。俺の心はずっと平坦で、職員に見せられる教育番組の中に出てくる子どもたちのように何かに怯えたり楽しんだりするような起伏はなかった。


「異能力が発達しすぎると、脳の扁桃体と眼窩前頭皮質の一部が働かなくなるんだよ。感情の処理にかかわる領域が不具合を起こし、他者の痛みに共感することができなくなる。それを矯正していくのがこの施設。私達は異能に恵まれた代わりに人として大切な部分を失っているらしい」

「なら何故その欠陥品の一つである君は収容を抜けて自由を得られた?」


 俺からセルゲイにする初めての質問が嬉しかったのか、セルゲイはニヤリとまた気味の悪い笑みを深めた。


「私は卒業したのだよ」

「――卒業?」


 ぴくりと己の眉が動く。

 卒業なんてものが、この施設にあるのか。




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