化け物
「なるほど。それすら知らないのか」
老紳士は次のゲームに入りながらからかうように目を細めた。
「異能力の平均発現年齢を知っているかい?」
「ええっと……多くは四歳から六歳ですよね」
仄香のように高校生になってから発現する遅いパターンもあるが、一般的にそこまでに検査に引っかからなければ一生無能力者だと言われている。
「なら、志波高秋はいつ発現したと思う?」
「……分かりません」
「産声を上げた瞬間だ」
志波の話になった途端、老紳士は何だか興奮した様子で早口になっていく。
「彼はこの世に生を成したその瞬間に、周囲にいた人間を殺した。当時その場で出産介助していた助産師が彼の異能の発現によって死に、駆け付けた医師や他の医療従事者も殺された。生き残ったのは彼を産み落とした母親本人だけだ」
仄香はその現場を想像して少しだけ血の気が引いた。
「昼過ぎに現場に向かった別のスタッフは、赤子が血の海の中で泣いているのを見て化け物が生まれてきたと思ったそうだ」
「…………」
「その後、志波高秋は保護という名の隔離をされた。とはいえ異能力を完全に封じるような技術は未だに発明されていない。しばらくは専門機関も手を焼いたらしいね。……私の言いたいことが分かるかな」
カードに視線を落としていた老紳士の目がゆっくりと仄香の方に向けられる。
「私は化け物が作りたいんだ。志波高秋のような、真の化け物を」
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雨が真夜中の静寂を破り、車の屋根にリズムを刻んでいる。
運転席に座る志波高秋は車に表示されている時刻を横目に見た。いつもなら五分前に到着する仄香が来ない。連絡が来ていないことを確認してからシートに身を沈める。
窓の外は闇に包まれ、街灯のぼんやりとした光が雨粒に反射して滲んでいた。ワイパーが規則的に動き、視界を一瞬だけクリアにするが、すぐにまた雨のカーテンが戻ってくる。
無数の雨粒が作り出す一つの大きな流れを十分間ほど見つめていた高秋は、やがてシートから背中を外して千遥の端末に電話をかけた。
「仄香が来ないんだが」
コール音が鳴り止むや否や用件を伝える。
電話の向こうの千遥はまるで事態を把握していたかのように冷静な声音で言った。
『ちょっとやべーんだよね、今。まぁ夏菜っちが外にいるからいざとなれば乗り込ませるけど。ところで高秋さぁ、お前もしかして変な奴に好かれてたりする?』
「心当たりなら色々あるが、つまり俺に関係する人物がそこにいたということか?」
『そうそう。端的に言うとほのぴがカジノのオーナーに捕まったんだけど、そのオーナーが自称高秋の知り合いなんだよねぇ。白髪で片眼鏡のヤツ。映像見る限りは身長高め。流暢な日本語喋ってるけど、顔立ちからして多分この国の人間じゃない。ロシア系かな、多分。高秋みたいな化け物を作りたいって熱く語ってるよ』
――記憶を辿れば、該当する人物が一人いた。
過去、高秋に対して異常な執着を持っていた男。そんな人間は仄香を除けば一人しかいない。老いぼれがまだ生きていたのかと感心する。
「……それが今仄香と対峙していると?」
『そうなんだよね~。今のところただゲームしてるだけで危害を加えてこようとしてる感じはない。二人でずっと高秋の話してる』
ふ、とその現場を想像して笑いが漏れた。
『笑い事じゃないよー? 高秋。こっちの正体バレてるっぽいし、下手すりゃほのぴ殺されちゃうかもよ?』
「いや。あの老いぼれにぶつけるなら仄香で正解だろうと思ってな。あの老いぼれも頭がおかしいが仄香も大概頭がおかしい。頂上決戦のようで見物じゃないか?」
くっくっと低く笑い続ければ、千遥が呆れたような声を出す。
『コロッセオで闘技見てる奴みたいな感想抱くなよ。ほのぴがマジで死んでも知らないからね? まぁ、殺させる気はないけど』
「あの老いぼれ相手に死ぬような女だとは思っていない。終わったら呼んでくれ。仮眠を取る」
シートを倒して千遥との通話を切った。
このところ仕事続きでよく眠れていない。休む時間が取れてちょうどよかったと思いつつ、それにしてもと長く会っていないあの老いぼれの顔を思い出す。
――『君は私が求めていた完成品そのものだ』
ロシアの研究機関で出会った人間は数多くいるが、あれが郡を抜いて高秋に固執していた。
閉じかけていた目を開き、窓を打ち付ける雨を見る。
あの国は雨が少なく、冬の寒さももっと厳しかった。
高秋は郷愁など持ち合わせていない。しかし――彼との記憶ならいくつかあった。
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